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Hudson Strategic Technologies
Hudson strategic technologies: Your trusted Texas managed service provider delivering premier managed IT services in Texas. We specialize in cybersecurity solutions, cloud computing services, and IT support for businesses across Texas. Safeguard your operations with our network security, data backup and recovery, and ransomware protection. We offer Microsoft 365 support, Microsoft Azure cloud services, and VoIP phone systems. Ensure compliance with HIPAA compliance IT and PCI compliance solutions. Serving healthcare, finance, and small businesses, we provide affordable IT consulting in Texas, disaster recovery planning, and virtual CIO services. As a Microsoft partner IT services provider, we’re your go-to for IT support in Texas
Hudson Strategic Technologies
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【偽サウンドノベル】さよならまでの365日間|syuP・愁P
さよならまでの365日間-冬の章-の一コマです。
予定では
プロローグ
春の章
夏の章
秋の章
冬の章
エピローグ
の予定です。
やる気が出たらゲーム化チャレンジしてみます。
#偽サウンドノベル
#サウンドノベル
#サウンド述べる
国道365号【国道365号線】の自動車オートバイ歩行者トラック自転車バイク高齢者外国人の衝突事故クラッシュ大破全焼警察逃走逮捕交通事故追突接触危険運転飲酒運転飲酒検問検挙居眠り運転死傷重傷暴走死亡事故
セル齋藤による安全運転を願う祈祷ドライブ。日本国内で誰かが悲惨な交通死亡事故を起こさないように願う祈祷の運転。
国道365号【国道365号線】自動車トラック歩行者バイク自転車オートバイ高齢者ドライバー外国人子供が犠牲の運転ミス過失致死運転手逮捕の右折死亡事故左折巻き込み事故出会い頭衝突交差点死亡事故右直事故運転
セル齋藤による安全運転を願う祈祷ドライブ。日本国内で誰かが悲惨な交通死亡事故を起こさないように願う祈祷の運転。
国道365号【国道365号線】自動車トラック歩行者バイク自転車オートバイ高齢者ドライバー子供外国人の横断歩道事故逆走事故横転事故正面衝突死亡事故すり抜け事故雨で濡れた路面雪凍結路面スリップ死亡事故運転
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セル齋藤による安全運転を願う祈祷ドライブ。日本国内で誰かが悲惨な交通死亡事故を起こさないように願う祈祷の運転。
国道365号【国道365号線】高齢者ドライバー大事故発生認知症老人高齢男性高齢女性ドライバー交通事故死亡事故逆走事故アクセルとブレーキ踏み間違い自動車暴走死傷事故衝突追突危険運転巻き込み多重自動車事故
セル齋藤による安全運転を願う祈祷ドライブ。日本国内で誰かが悲惨な交通死亡事故を起こさないように願う祈祷の運転。
国道365号【国道365号線】自動車トラック歩行者オートバイ外国人バイク高齢者運転手バス高齢者ドライバー対向車線はみ出し脇見運転正面衝突死亡事故スマホ見ながら運転警察逮捕パトカー救急車轢き逃げ犯人逃走
セル齋藤による安全運転を願う祈祷ドライブ。日本国内で誰かが悲惨な交通死亡事故を起こさないように願う祈祷の運転。
県道365号線・都道365号線・府道365号線・道道365号線の全面通行止め事故発生情報死亡事故重傷重体大怪我大きな交通事故衝突事故飲酒検問場所警察パトカー警察官救急車事故現場事故処理交通誘導
セル齋藤による安全運転を願う祈祷ドライブ。日本国内で誰かが悲惨な交通死亡事故を起こさないように願う祈祷の運転。
仲良くなってる。-送電塔のミメイ-part10
フリーノベルゲーム「送電塔のミメイ」をゆるりと遊んでいます。
作者:里見しば様(HP:http://true-re.sakura.ne.jp/ )
第二章始まりました。
毎週金曜日更新を目安に頑張っていきますので、応援してください!
※時々ゴトンという音がするのは、机にスマホを置いた時の音です。
X:https://x.com/365_nemutai_
前秦南侵! 不安な足場【夕刊シチ 4月14日号 377年12月】
【377年12月】
資治通鑑原文1002文字(314/365位)
【登場人物】
・メインキャスト
3/4-慕容垂-5/3
3/15-苻堅-4/22
3/26-謝安-4/22
3/29-謝玄-4/25
4/7-拓跋珪-5/17
・準メインキャスト
3/17-姚萇-5/1
3/24-呂光-5/7
4/3-慕容徳-5/13
4/9-桓玄-5/11
【できごと】
郗超、死亡。桓温を大いに支え、その北伐の原動力ともなるも、枋頭の大敗を予見しつつ止めきれずにあった才人が、ここで力尽きました。息子に先立たれた郗愔は嘆き悲しみかけますが、郗超は敢えて自身が桓温の簒奪謀議を提唱していたと郗愔にばれるよう仕向けていました。この怒りのため、郗愔は「あの不孝者のことなぞ知らん!」と激怒。これにより郗愔は憔悴せずに済んだ、と言うのですが……ずいぶんとねじくれたパパ愛ですね。最高です。
朱序が守る襄陽城に、前秦軍が迫ります。動員将は苻丕・苟萇・楊安・慕容垂・姚萇ら。その攻め手は凄まじいながらも、朱序もよく城を守ります。しかしそうした中、襄陽の北西の城壁が崩壊してしまいます。ここについては、あらかじめここが危ういと予見していた朱序の母、韓氏が城壁の崩壊を取り囲むように別途バリケードを設けており、これによって敵軍の侵入を防ぎました。これを当時の人は「夫人城」と呼び、讃えています。襄陽をすぐに落とせないと悟った前秦軍はここで城攻めそのものをいったん諦め、周囲の侵略に作戦を変更しました。このタイミングで、桓沖は救援の軍を送りませんでした。ひどい、とは言いたいのですけど、下手にそれをやると蜀方面から襲われかねないのですよね。なんともしんどい局面です。
前秦の侵攻はそれだけに留まりません。前燕の滅亡によって手薄となった河淮エリアについてはいつの間にやらだいぶ晋軍が抑えていたのですが、ここにも前秦軍が迫ります。その標的は、彭城。ちょうど黄河と淮水との間、真ん中ぐらいです。さらに漢中と襄陽とを繋ぐ経路上を守る西城も包囲。恐ろしいまでの全面作戦です。
とは言えこうした中、巴西、つまり蜀の中央辺りで趙宝と言うものが叛旗を翻したり、洛陽では苻堅のいとこに当たる苻重が反乱を企てたりもしています。ただ洛陽については副官として呂光がつけられていたため、計画段階で呂光が動き、苻重を捕縛。長安に送り込みました。
天下統一のために動いているはずでありながら、内部統治が緩んでいるのを感じます。慕容の若武者たちの指摘が、ここで形になっているのを感じるのです。
勇将謝玄! 秦軍退く【夕刊シチ 4月15日号 378年11月】
【378年11月】
資治通鑑原文1628文字(257/365位)
【登場人物】
・メインキャスト
3/4-慕容垂-5/3
3/15-苻堅-4/22
3/26-謝安-4/22
3/29-謝玄-4/25
4/7-拓跋珪-5/17
・準メインキャスト
3/17-姚萇-5/1
3/24-呂光-5/7
4/3-慕容徳-5/13
4/9-桓玄-5/11
【できごと】
前秦軍、全然襄陽を落とせません。勇将名将を勢揃いさせているのにもかかわらずです。このため苻堅、自分が指揮を執る! と言いだして止められたため、苻丕に対して「お前いいかげん落とさないとどうなるかわかってんだろうな、あ?」とおこの手紙を書いて送りました。さらに苻融に命じて東方の兵も寿春に集結させよと言い出し、これについては苻融から「やり過ぎです兄上」と言われて思いとどまっています。
さて、襄陽を守る朱序。引き続き奮戦し、幾度となく敵を退けます。とは言え軍資も士気も無限ではありません。やがて守り疲れによる倦みが出てきたところで、朱序の督護、言ってみれば護衛官のひとりである李伯護と言う人物が苻丕に内応。これをきっかけとして攻め込んだ苻丕が、ついに襄陽城を落としました。朱序は捕らえられ、長安に送り込まれます。そしてその忠烈を讃えられ前秦の度支尚書に任じられました。そして李伯護は不忠のかどで斬首となりました。桓沖はこの事態を受けて自身の責任であると辞職を願い出るも、却下されました。
さて、彭城です。謝玄は一万余りの兵で北上。すると前秦軍は彭城の包囲を一部解きました。結果彭城の守将は彭城を脱出、謝玄に合流。こうして彭城は陥落しました。ちなみに彭城は寿春より結構北にあり、この当時の東晋と前秦の勢力圏がかなり入り組んでいたっぽいことがほのめかされています。
この事態を受け、晋でもさすがに完全に戦時体制に入るべく詔勅が下されます。前秦軍は更に南下、いよいよ広陵、ここを抜かれると大軍が長江に接岸してしまう、と言う場所にまで迫ります。更にここには、襄陽に注ぎ込まれていた軍までもが合流しました。絶体絶命のピンチと言うしかないのですが、しかし結果から言うと、謝玄、前秦軍を大破。苻堅を激怒させるほどの戦果を挙げています。
ここには謝玄の統率力ももちろんなのですが、のらりくらりとしながらも巧妙に適材適所の人材を配置し、その余裕綽々の態度でもって中央で指揮を執る謝安の振る舞いもまた、人々の賞賛の的となっていたそうです。
前秦分封! 鮮卑は手元【夕刊シチ 4月16日号 379年11月】
【379年11月】
資治通鑑原文1865文字(244/365位)
【登場人物】
・メインキャスト
3/4-慕容垂-5/3
3/15-苻堅-4/22
3/26-謝安-4/22
3/29-謝玄-4/25
4/7-拓跋珪-5/17
・準メインキャスト
3/17-姚萇-5/1
3/24-呂光-5/7
4/3-慕容徳-5/13
4/9-桓玄-5/11
【できごと】
あと一回だけ擦ります。王猛が死亡した後に文治宣言をしていた苻堅、各方面に盛大に手をのばし、内部不安を醸成し、更にここで兵法教育に出ようとしたためさすがに「もうちょっと文治に舵を切って下さい」と怒られました。
しかし、時すでに遅し。代攻めで功績を挙げていた宗族の苻洛の扱いを軽んじたため決起されます。ここには先日許された苻洛の兄、苻重も合流しました。この決起は周辺からの反対を押し切っての強行であったため初動から勢いは微妙だったようですが、それでも七万もの規模となり和龍から長安に向けての進軍となりました。ここで苻堅は「ここで兵を引くなら幽州を永遠の封爵地とするぞ」と言うのですが、苻洛は一笑に付します。「俺が高祖の業を継ぐ、お前こそ東海に引っ込めば良いのだ」、ここで高祖は苻堅の祖父の苻健を指します。日本人にはややこしいことこの上ないですね。ちなみにピンインだと健康なほうがfu2jia4n、堅いほうがfu2jia1nとのことで……あっピンインでもかなり厳しそうです。
この戦いは苻融が呂光を率いて迎撃、大破。苻重についてはさすがに誅されましたが、苻洛は処刑されず、遠流で済まされました。そして司馬光さんが登場です。「まーたそういうことする。貴様のその甘さこそが滅亡を招いたのだ!」とのことです。
ここから苻堅は、それでもなお自身の親族を、いわゆる周の時代の諸侯のように各地を統治させようと考えます。中でも重要なのが鄴の苻丕、洛陽の苻暉。他にも宗族であったり、姻戚であったりが各地の重要拠点に配されます。こうした事態を受け、趙整という文人が「鮮卑を手元に置き、宗族を遠方に置かれるのですか」と歌で苻堅を諫めましたが、苻堅はただ笑うだけでした。
晋では謝安と桓沖が前秦の「いったん」撃退の功を讃えられ、両名が人臣の極みレベルの官位につけられました。一方で、ここで司馬道子の名前も挙がります。孝武帝の弟です。「頼りになる弟に政務を補佐してもらいたかった」ようです。晋、ずっと権臣のターンでしたからね。前秦と言う圧から解放されたら、では、どうなるのでしょうね。
嵐の前の静けさ【夕刊シチ 4月17日号 380年10月】
資治通鑑原文263文字(358/365位)
【登場人物】
・メイン
3/4-慕容垂-5/3
3/15-苻堅-4/22
3/26-謝安-4/22
3/29-謝玄-4/25
4/7-拓跋珪-5/17
・準メイン
3/17-姚萇-5/1
3/24-呂光-5/7
4/3-慕容徳-5/13
4/9-桓玄-5/11
【できごと】
交州、つまり今で言う北ベトナムあたりで反乱が起きたという話が載ります。「いやそこはベトナム史だろ」と思ってしまうのですが、とは言えこの頃、そのすぐ北にある寧州まで前秦の勢力圏内ですし、北からなんらかの援助をもらって東晋の注意を少しでも南に向けようとした誰かがいた、のかもしれません。もちろんただの反乱だった可能性もあります。
前秦における人事異動の話が書かれます。特に目立つのが都貴を荊州刺史として彭城に、毛当を東豫州刺史として許昌に駐屯させたこと。共に伝統的な州区分から離れています。許昌はむしろ西豫州ですし、彭城に至っては荊州にかすりもしません。この当時の刺史や太守、いわゆる地方長官たちの官位は「征伐した先の土地の責任者」みたいなノリでつけられることも多いのですが、その原則からも離れていて正直よくわかりません。また前秦に囚われていた晋将ら二百人あまりが解放して晋に戻されもしました。とは言え朱序は手放してもらえませんでした。
対する、晋です。高僧伝を読むと穆帝の時代のあたりから帝室にだいぶ仏教も浸透しているのが見えるのですが、孝武帝の時代になって特にその傾向が甚だしくなった、と紹介されます。宮殿内に寺院を設け、そこに僧侶を住まわせるなどして側近に諫められますが、聞き入れません。資治通鑑は基本的に儒の規範を柱として世界を描きますが、この当時の晋は儒と道と仏がせめぎ合う世界でした。それどころか儒はかなり押し込まれており、こうした部分に太学が上手く機能できなかった背景もありそうです。
またここで謝安の弟のひとりである謝石が尚書僕射、すなわち宰相格に任じられました。かなり謝氏の勢力が宮中に浸透してきている形です。このあたりについては「謝安の意見を通りやすい体制を組み上げようとした」と考えるのが良いのでしょうか、これだけでの判断は禁物ですけれど。
そして資治通鑑は、この年、この際だって記述の少ない年に、わざわざ目立つように「日食があった」と紹介しています。まるで何かが起こる予兆であった、とでも言わんばかりに。これ、この先の流れを知っている身とすれば「それはまぁ、確かにそう」としか言いようがありません。まあ、演出と見ておけばいいのかもしれませんけどね。
前秦南侵! ぬかるむ足元【夕刊シチ 4月18日号 381年09月】
【381年09月】
資治通鑑原文715文字(334/365位)
【登場人物】
・メインキャスト
3/4-慕容垂-5/3
3/15-苻堅-4/22
3/26-謝安-4/22
3/29-謝玄-4/25
4/7-拓跋珪-5/17
・準メインキャスト
3/17-姚萇-5/1
3/24-呂光-5/7
4/3-慕容徳-5/13
4/9-桓玄-5/11
【できごと】
前秦、諦めません。襄陽から兵を発し、襄陽と江陵の間にある城、竟陵を攻撃します。……いやふけんとふけんも大概ですがこうりょうとこうりょうときょうりょうも大概ですね。建康の北にある「広い」広陵が北府としての重要拠点、「長江のほう」の江陵が西府の拠点です。そして、そのちょっと北に竟陵。
ここで一点、俯瞰的な補足をしておきます。西晋の司馬炎と隋の楊堅はその圧倒的武力を蜀、襄陽、広陵にぶち込むことで呉を、そして陳を滅ぼしています。つまりこのときの前秦、それとほぼ同じことをやっているわけです。ここで桓沖が折れたら、晋だって呉や陳と同じ運命を辿ったかもしれません。実のところ淝水本体よりもこちらの方がよっぽどヤバいです。逆に言えば「ここで桓沖が見事に持ちこたえた」からこそ淝水が起こったと言えるわけで、対前秦軍略というスコープで見れば、桓沖の軍功はとんでもないレベルです。
またここでいい仕事をするのが桓豁の息子、桓石虔や桓石民なのがイケています。ここで、ひとつエピソードを挟み込みましょう。桓豁の生きていた頃「苻堅を倒すのは名に石がある者だ」という噂が立ちました。なので桓豁、自身の子らみなに「石」字を与えています。打倒前秦の気合いのほどがうかがえますね!
さて、そんな前秦。例によってまた苻氏が反乱を起こしました。しかも今度は王猛の息子まで一緒という欲張りセットです。今度謀反を起こしたのは苻法の子、苻陽。毒殺された苻堅の庶兄、苻法の子です。決起の理由は「あなたが私の仇だからです」と、実にストレート。一方の王皮は「うちが貧乏なので一発逆転を狙いました」と、こちらもまたストレートです。そして苻堅、彼らについても殺さずに追放でおしまいにしました。
ここで興味深い事績が載ります。苻堅が鄴から銅駝・銅馬・飛廉・翁仲を長安に移した、と言うものです。これらは過日石虎が洛陽から持ってきたものです。正統としての権威、あるいは霊異を我が元に、という意欲が見て取れます。またここで苻融を征南大将軍、「晋征伐大元帥」みたいな官位につけます。淝水の日が、いよいよ近付いているのです。
人。-送電塔のミメイ-part18
フリーノベルゲーム「送電塔のミメイ」をゆるりと遊んでいます。
作者:里見しば様(HP:http://true-re.sakura.ne.jp/ )
今回の閑話はめちゃくちゃ私に刺さりました。
どうして私には語彙がないのか。悔やまれます。
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綺麗。-送電塔のミメイ-part21
フリーノベルゲーム「送電塔のミメイ」をゆるりと遊んでいます。
作者:里見しば様(HP:http://true-re.sakura.ne.jp/ )
突然の展開すぎてびびりました。
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美LaVie トーク術#6 365日違う話ができるネタ収集法
話題が少なくて困る……話題を増やしたい!という方必見のネタの拾い方を教えます。日常生活のふとした瞬間にもネタはたくさん転がっています。そんなネタの集め方をレクチャー!
日替わりラジオ-#365【ラッキートリガーのおすすめ機種】
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20240705_あと、365日!
このチャンネルにお越しくださり、ありがとうございます。
私、直家GO®は、2019年10月からYouTubeにて活動をしております。
ご存じのとおり昨今は言論弾圧が厳しくなり、ユーチューバーにとっては
YouTubeからの警告と同義である「広告はがし」を何度もされてきました。
時には「投稿禁止」とされてしまったこともあります。
2023年年末には、言論弾圧がより厳しくなったことを受け、
YouTube「直家GO」チャンネルを保護するために、
これまで投稿した動画やライブ配信動画を3動画のみ残して、
他はすべて削除せざるを得ませんでした。
私が運営する他のYouTubeチャンネルにおいても、多くの動画を削除しました。
しかしながら、削除した動画を見返してみると、
このままお蔵入りさせるには、あまりに惜しい動画がたくさんありました。
例えば平岡直家チャンネルにおいては
2018年にはパンデミックを予想した放送をしておりました。
また、安倍晋三元首相の暗殺事件の前の参議院選挙については、
私が運営する複数のYouTubeチャンネルにおいて、1か月以上前から
「今回の選挙は何かが起こる! 選挙前48時間を切ったら要注意!」
と言い続けておりました。
また直家GO®の個人的なことにはなりますが、
3.11の地震の前に、何かが計画されているのを感じて備蓄をしておりました。
そのため3.11が起きた時には、既に1年分以上の備蓄を用意してありましたので、
何かが無くて困る、ということはありませんでした。
こういった経緯を踏まえ、YouTube「直家GO」チャンネルにて放送した動画を
こちらにて公開することにしました。
動画の端々に将来起こりうることを予測した内容がちりばめられています。
その未来予測は大きく分けると、下記の2つになります。
・シナリオが変わったので、現在は気にしなくても良い未来予測
・単純にまだ起こっていない未来予測
果たして、この動画はどちらなのか?
そういう視点で見ていただきますと、より有用と存じます。
各動画の動画タイトルの冒頭に、YouTubeで放送した日付が組み込まれておりますので、
ご参考になさってください。
なお、疑問点がある場合にはご連絡いただきますと、
動画やオフ会にてお話しさせていただくかもしれません。
死体いびり! 姚萇怒る【夕刊シチ 4月24日号 387年06月】
【387年06月】
資治通鑑原文1664文字(254/365位)
【登場人物】
・メインキャスト
3/4-慕容垂-5/3
3/29-謝玄▲
4/7-拓跋珪-5/17
・準メインキャスト
3/17-姚萇-5/1
3/24-呂光-5/7
4/3-慕容徳-5/13
4/9-桓玄-5/11
姚興-5/25
【できごと】
秦王と名乗った姚萇ですが、まわりは敵だらけです。とは言えその戦争指導力は本物で、嫡子の姚興に拠点たる長安の守りを任せ、自身は出征し各地の敵を次々と撃破。その西では苻登が前秦の旗印のもと勢力を急拡大しますが、そのせいで動きが鈍ると見なし東方を制圧して帰還、改めて苻登と対峙します。このあたりの動きは実に神がかり的なのですが、その後姚萇は苻堅に戦勝祈願をして苻登と戦い、敗北。怒って苻堅の墓を暴き、その死体を鞭打ち、裸に剥き、墓穴にトゲを敷いてその上に安置して埋め直しましたました。えっ。
北魏は前身である代の滅亡後に旧代領を統治していた両部、鉄弗部および独孤部と対立していました。なので後燕と結び、慕容垂の有能な息子たちのひとりである慕容麟の援護を受け、まずは独孤部を徹底的に攻撃、大破。その勢力を併呑します。一方で慕容垂は病がちとなっていたため大権を嫡子の慕容宝に委譲し始めます。慕容垂の姉妹が拓跋珪の祖母という関係であり、両国は半ば親族のような関係、でした。ええ、この頃は。表向きは。なおこのタイミングで翟遼は魏王と名乗っています。国号を冉閔にかぶせてくるあたりがロックです。
西方では呂光が前涼の復興を目指す勢力をはじめとした各勢力を次々と撃滅。こうして見ると慕容垂・姚萇・呂光の揃っていた苻堅帝国って何者だよと思わずにおれません。ただ呂光は法の運用があまりに峻厳でありすぎたため、のちに北涼を起こした「と言うことになっている」段業に諫められています。ここに段業出てくるんだ。
各地、どこもダイジェストするしかない感じですね。この当時の晋では謝玄が死亡、司馬徳宗すなわちのちの安帝の立太子、朱序の洛陽鎮守、譙王司馬恬の北府統括などがトピック。とは言えどれもあまり細かく紹介する余白がありません。大づかみに言えば「謝玄の死亡を契機とし、晋でも最終幕が始まった」と見ていただくのがいいのでしょう。
なおのちの主役、劉裕ですが、このあたりで謝玄にその学識を見込まれた人物、臧燾の妹と結婚しています。
大界の戦い! 苻登に楔【夕刊シチ 4月26日号 389年05月】
【389年05月】
資治通鑑原文2477文字(182/365位)
【登場人物】
・メインキャスト
3/4-慕容垂-5/3
4/7-拓跋珪-5/17
・準メインキャスト
3/17-姚萇-5/1
3/24-呂光-5/7
4/3-慕容徳-5/13
4/9-桓玄-5/11
4/24-姚興-5/25
【できごと】
苻登、この年までは基本的にイケイケです。しかし、ここで状況の覆る事態が起こってしまいました。それが大界の戦いと呼ばれます。苻登は大界を拠点に引き続き姚萇を押し込みます。しかし姚萇、ここに苻登の気の緩みを見て取ります。本陣の守りはそのまま、自身が別働隊を率い、もぬけの殻であった大界を自ら襲撃、陥落させてしまいます。ここには苻登軍の主だった軍資があったため苻登にしてみれば単純に大損害だったのですが、しかしそれ以上に、以降の苻登は常に戦いの時に後背を気にするようになりました。しかも姚萇もちょくちょくこのトラウマをえぐる攻撃を仕掛けるしで、以降、前後秦の戦いは一気に後秦有利に傾いていきます。
こうした中、乞伏氏は勢力を伸ばしますし、またここまで前秦軍に協力的であった仇池系の武将、楊定が仇池方面に勢力を移動し、隴西王を自称しました。のちの後仇池です。苻登はこうした半自立化の動きを容認するよりほかなく、その軍事力を日に日に削減させていきます。
後燕は確実に勢力を広げますが、一方で南で翟遼がわちゃわちゃしており、どうにも北に集中しきれません。太行山脈を挟んだ向こうには相変わらず西燕がよくわからない動きをしていますし。そんな西燕は洛陽を襲撃するも朱序に跳ね返されています。ただ、ここに更に翟遼も迫ってきたので、朱序自身は拠点を襄陽に移しました。
さて、前年に桓石虔が死亡すると、荊州の守り、その後任が王忱に決まります。彼は太原王氏で、その兄は司馬道子に阿諛追従することで大権を得た奸臣の王国宝。そして北府の統括には、やはり太原王氏ですが、別系統の王恭がつきます。ともに軍事的実績はほとんど載りません。この頃の孝武帝は酒と仏教に入れあげていたということで、司馬光さん、特にコメントはしませんがかなりご不満の様子です。この様子を憂う人物のひとりに車胤というひとがいました。このひとは誰あろう「蛍の光、窓の雪」のうち蛍の光のほうの元ネタの方です。学問に邁進して官途に就いた結果がこんな乱脈の只中とは、車胤さん、一体当時の朝廷に何を思っていたことでしょうか。
赫連勃勃! 復讐の鬼【夕刊シチ 4月28日号 391年03月】
【391年03月】
資治通鑑原文1849文字(245/365位)
【登場人物】
・メインキャスト
3/4-慕容垂-5/3
4/7-拓跋珪-5/17
・準メインキャスト
3/17-姚萇-5/1
3/24-呂光-5/7
4/3-慕容徳-5/13
4/9-桓玄-5/11
4/24-姚興-5/25
赫連勃勃-6/3
【できごと】
この年、何故か焦点が鉄弗部に集まります。前秦に協賛していた没奕干という人物が一度乞伏氏に合流するも、間もなくして離反、鉄弗部の劉衛辰のもとに逃げ込みました。その劉衛辰ですが、相も変わらず北魏を攻撃します。この頃の北魏は賀蘭部を撃破し、後燕と断交、そして北方で唯一従っていなかった柔然に攻撃を仕掛け大破、ただしのちに柔然を束ねることになる郁久閭社崙をはじめとした中核部は逃がしてしまい、これが後々の北魏をずっと蝕み続けます。とは言えいまは南。拓跋珪は西燕と連携をとりつつ、劉衛辰に攻撃を仕掛け、大破すると、さらにそのまま劉衛辰の本軍めがけて進撃しました。劉衛辰はここで臣下に殺されますが、その末の息子であった劉勃勃、すなわち後の赫連勃勃はなんとか逃げおおせ、没奕干に匿われました。ここで拓跋珪の追撃はかなり苛烈なものであったようであり、劉勃勃は北魏に対し強烈な復讐の念を抱きます。
姚萇は苻登との戦いで引き続き途轍もない人を見る目を発揮し、ある時は苻登の躊躇を衝いたり、かと思えば降ってきた勢力相手に偽装降参を疑う臣下の声を無視して単身堂々と会見したり。あるいは姚萇に加勢するふりをしてその後背を討つつもりでいた勢力の意図を読んで姚興に撃退させたり。その上宴会で臣下から「姚襄様が生きておられたら苻登なぞとっくに平定していたでしょうにな!」と当てこすられれば「そりゃそうだ、俺が兄上に勝てるわけがない、お前たちと共に策を巡らせてるからこうしてなんとか生き延びられてんのさ」と言い返し、感服させています。苻堅に対するこじらせた感情さえなければ本当にこのひと、一級の英雄とも呼べるんだろうになあ、と言う気分です。
これ以外の話をざっとまとめておきましょう。北魏の援護を受けた西燕は洛陽を攻撃するも失敗しました。翟遼が死に、子の翟釗が軍府を継承しました。また晋では謝安の息子である謝琰が宰相となりました。北が相も変わらず賑やかであるため、この年の晋まわりは引き続き控えめです。
苻登絶望! 姚萇神采配【夕刊シチ 4月29日号 392年03月】
資治通鑑原文1960文字(233/365位)
【登場人物】
・メインキャスト
3/4-慕容垂-5/3
4/7-拓跋珪-5/17
・準メインキャスト
3/17-姚萇-5/1
3/24-呂光-5/7
4/3-慕容徳-5/13
4/9-桓玄-5/11
4/24-姚興-5/25
4/28-赫連勃勃-6/3
【できごと】
赫連勃勃は没弈干に引き連れられ、後秦に降伏。このとき姚萇は重病に伏せっていたため「何が来たのか」を把握できませんでした。いっぽう太子の姚興は姚萇の病を機会とばかりに前秦から後秦へと帰順していた将帥ら、つまり自分の時代に統御が利かなくなりそうな将帥らをひとところにまとめ、殺害。姚萇はこの措置に怒りこそしましたが、姚興を罰したとは特に書かれません。こわい。
この病を喜ぶのは誰でしょうか。そう、苻登です。ここを姚萇撃滅のチャンスと決意、進軍。この頃にもなると姚萇の病状も少し回復してきていたため、自ら防衛の指揮を執りつつ、別働隊に例によって拠点を叩かせました。苻登は慌てて引き返しますが、姚萇、そんな苻登の後を陣払いの上で追跡します。苻登が拠点に戻って改めて姚萇軍の様子を調べさせれば、そこはもぬけの殻。苻登はついに「どうしてあのような男と同じ時代に生まれてきてしまったのだ!」と叫び、別拠点に引き返しました。その様子を見届け、姚萇もまた自身の拠点に戻るのでした。
ここ最近すっかり影の薄かった慕容垂ですが、この年、ついに翟釗撃滅に動きました。翟釗は追い詰められ、西燕に逃れます。翟釗のもとにはのちに北魏の宰相となる崔宏をはじめとした前秦から亡命した漢人官僚が多くおり、慕容垂はこうした人物を吸収しました。翟釗は西燕ではじめ厚遇されましたが、間もなくして殺されました。
晋では荊州で王忱がいきなり死亡。その後任は殷仲堪、殷浩さんの親族で、孝武帝のお気に入りです。ただ政治軍事センスは微妙であったようで、誰もが「なんでこいつが西府の長なんだ?」と疑問を抱いていたそうです。こうした中、桓玄は荊州で一大派閥を築いていました。晋から提示された官位については「なんだそのけちな官位は」と一蹴。殷仲堪はそんな桓玄を大人物と見て厚遇します。胡藩と言う人物が「いやあいつヤバいですよ」と諫めましたが、気にも留めません。ちなみにひとつ未来を語っておくと、この胡藩はのちに劉裕の配下将となります。また朱序が引退、郗鑒の孫のひとりである郗恢がその後任となります。
あと呂光がこの年各方面に軍を発してのきなみ失敗したと書かれます。このひとは将軍のままでいたほうが輝いていたのでは?
姚萇死亡! 苻登歓喜【夕刊シチ 4月30日号 393年02月】
【393年02月】
資治通鑑原文1180文字(298/365位)
【登場人物】
・メインキャスト
3/4-慕容垂-5/3
4/7-拓跋珪-5/17
・準メインキャスト
3/17-姚萇-5/1
3/24-呂光-5/7
4/3-慕容徳-5/13
4/9-桓玄-5/11
4/28-赫連勃勃-6/3
4/24-姚興-5/25
【できごと】
前秦対後秦の戦い、いよいよ最終局面です。前年より病がちであった姚萇が容態を悪化させました。この頃両国の境目あたりで独立勢力がうごめいていたのですが、前秦に攻められたため後秦に救援依頼をしてきます。ここで姚萇は臣下の言葉を受け入れ、姚興に援軍の将として向かわせ、武勲を立てさせました。また晋が洛陽と長安を結ぶ重要拠点である潼関にまで攻め寄せましたがこれは撃退。こうした状況を受けて安心したのでしょうか、姚萇は姚興の支援体制を確立した上で「こいつらを誹るやつがいても聞く耳は持つな、恩・礼・信・仁をもって臨め」と言い残し、死亡。ところで資治通鑑は姚萇の死に様を美しく描いていますが、死亡直前に姚萇は苻堅に襲われる夢を見てキンタマを腫れ上がらせて「だーから! 陛下を弑したのは兄貴であって俺じゃありませんってば!」とうわごとを言っています。ダメでしょ司馬光さんそれスルーしちゃ。
そして姚萇死亡の報を受けて苻登は「やったぜ、これで勝った!」と言いだしています。苻登さん、それはいけない。フラグ台詞にすぎます。
後燕では、慕容垂が慕容永討伐を決意します。臣下らは慕容永に然したる落ち度がないこと、兵らが連戦に疲弊していることなどを理由に反対しましたが、この中で慕容徳のみが賛成意見を唱えます。慕容垂は「わしの子孫に禍根を残すわけにはゆかぬのだ」と慕容徳の言葉を歓迎し、出征。慕容永のいる長子と太行山脈を挟んだ向こう側である鄴に陣取り、向かい合います。
西方では鮮卑禿髪部の禿髪烏孤が勢力を広げる中、ひとまず呂光に臣属を誓ったりをました。だいぶ落ち目のような気もしますが、誓ったそうです。なお、この禿髪烏孤がのちに南涼を建てることになります。ゆっくりと五胡十六国時代の最大カオスポイント、四涼乱立の時が近付いていますね。また乞伏乾帰が子の乞伏熾磐を太子に立てています。この国も周辺が戦乱に次ぐ戦乱の中、したたかさが際立っている印象です。乞伏はここからの動向が面白いので、要注目です。
前秦西燕 同時滅亡!【夕刊シチ 5月1日号 394年02月】
【394年02月】
資治通鑑原文2114文字(217/365位)
【登場人物】
・メインキャスト
3/4-慕容垂-5/3
4/7-拓跋珪-5/17
・準メインキャスト
3/24-呂光-5/7
4/3-慕容徳-5/13
4/9-桓玄-5/11
4/28-赫連勃勃-6/3
4/24-姚興-5/25
【できごと】
苻登、姚萇の死を受け、喜び勇んで最終決戦に向かいますが、残念ながら姚興は英主でしたし、それ以上に姚興を支える宰相の尹緯ができものすぎました。尹緯は前秦軍の補給線が乏しいことを見て取り進軍ルート上の水源を封鎖。これで前秦軍は尹緯を倒さねば水を確保できない状態となり、恐慌状態となりました。ここで尹緯は突撃を仕掛け、大破。苻登は単騎乞伏乾帰のもとに逃れ、再起を図りますが、姚興軍本隊と衝突し、敗死。弱り目に祟り目と言いますか、残された息子の苻崇は、今度は乞伏乾帰に命を狙われます。そこで苻崇は仇池の楊定のもとに逃れましたが、乞伏乾帰の軍は両名を打ち破り、殺害。ここに前秦が滅亡しました。いきなり王を失った仇池は楊盛が後を継ぎます。これがいわゆる後仇池。なお前秦を滅ぼした乞伏乾帰はここで秦王を名乗ります。西秦です。
東では西燕も最終局面に陥っています。鄴に出てきた慕容垂を防がんと備えた慕容永は、しかし後燕軍が敢えて「どのルートから進軍しているか」を盛大にアピールしながら進んできたため本命を見出しきれず、翻弄されるがままとなりました。こうなっては恥も外聞もありません。「このまま後燕が大きくなったらこまるでしょう?」と、北魏や東晋に救援依頼を飛ばしますが、然したる援護も得られないまま包囲され、滅ぼされました。このとき西燕の主要将はのきなみ殺され、長安より持ち運んでいた天子の車や装束、楽 隊、珍宝がことごとく後燕の手中に収まりました。こうなると後燕の勢いは止まりません。青州一帯もあわせて攻撃、陥落させ、最大版図を築きます。こうした事態を受け、姚興からは和親の使者が遣わされました。中原二大国の結託とか、周辺国にとっては悪夢としか言いようがありません。なお主要将がのきなみ殺されたとは言いますが、その中で馮安という西燕将はむしろ厚遇を受けています。この人物は、そう。のちの北燕、馮跋の父親です。
この年柔然の郁久閭社崙が柔然王国を正式に立ち上げたり、晋では劉裕の義理の兄に当たる臧燾が皇太后追尊の議論で発言したりもしています。このあたりはおまけの話ですが、ともあれ劉裕最底辺説いい加減にしろよってことです☆
