日米開戦編その2。企画院事件から松岡洋右の日米諒解案反対まで。 井上成美は永野修身を推薦したことを一生の不覚として後悔するが、実は及川に聞かれた時には既に伏見宮の意向で永野になることが内定しており、井上の進言で永野に決まったというわけではない(それでも見立てを誤ったことに変わりはないが)。 『日米諒解案』については、結論的には乗るしかなかったのだけれども、そう簡単な話ではないということがわかっていただければ。※訂正7:35 商工大臣✕→国務大臣○後(2/2)→ sm28027957 前章「松岡訪欧と日米諒解案」 sm27242188 次章「対日全面禁輸発動」 sm28997308