Youtubeからの転載です( https://www.youtube.com/watch?v=7MU14tyNkyg )。ピアノ教則本で有名なヨハン・ブルグミュラーの弟であるノルベルト・ブルグミュラー(1810 - 1836)は、優れた音楽の才能を嘱望されながら、26歳の若さでこの世を去った悲運の作曲家として知られています。1830年、20歳のノルベルトは婚約者から破談を宣告されました。大きな衝撃を受た彼に、更に追い打ちをかけたのが、この婚約者がその年の10月に死亡したことでした。もともと控えめな性格であったノルベルトは度重なる衝撃に耐えられず、失意のどん底に陥り、ほどなくしててんかんを発症する(これが彼の間接的な死因となります)など、後遺症に苦しめられます。しかし、この失意から回復した後のノルベルトは再び創作活動に入り、2年の月日を掛けて1833年に念願の交響曲第1番 ハ短調 作品2を完成させました。これは時期的にはベルリオーズの「幻想交響曲」(1830年)とメンデルスゾーンの交響曲第4番「イタリア」(1833年)の間にあたりますが、曲想はむしろ後年のシューマンの交響曲第1番(1841年)に近く、彼の才能の片鱗を示していると同時に、その早すぎる死が惜しまれる作品でもあります。フリーダー・ベルニウス指揮シュトゥットガルト・ホープカペレ