(拔粹) Steph : この度は、充實した内容のプレゼンテーションをありがたうございました。 あなたはコーネル大學出身の數少ない現實主義者です。 最初の質問は、あなたの理論的思考がどのやうに發展してきたかに就いて、少しお話いただけますか? あなたの理論的思考はどこで發展したのでせうか。 あなたの理論的な基礎はどこから來てゐるのでせうか。 今現在、西側の計劃に就いて多くの不滿があるのです。 西ヨーロッパが東ヨーロッパにロシアの物語を押し附けてゐたこと。 東歐の人々を非合理的な感情で反ロシア的だと言つてゐます。 地域研究の役割は何なのか?國内政治の役割は何なのか? ウクライナ國内の政治的な聲は、中立的なウクライナを許さないでせう。 國内には、あなたが言ふやうな特定の解決策を強く求めてゐる勢力があるやうです。 ウクライナに民族主義者がゐなくなれば、ゼレンスキーはウクライナに戻り、ウクライナは中立になります。 JM ありがたう、ステファニー。 この質問に就いて何時間でも話すことができますが、それはやめておきます。 彼女はまづ、私のリアリズムの理論はどこから來たのか、と聞きました。 なぜ現實主義に興味を持ち、現實主義者の理論家になつたのか? 實はコーネルにゐた頃は現實主義者だと自認してゐませんでした。ましてや現實主義理論の研究などしてゐません。 當時は國際關係論には3つの主要な理論がありました。 現實主義理論、自由主義理論、 そしてマルクス主義。時代の流れとともにマルクス主義はレーダーから消え去り、社會構成主義に取つて代はられました。 シカゴ大學では、現實主義、自由主義、社會構成主義の3つの理論を教へました。 社會構成主義でしたが、兔に角私はマルクス主義はすべて知つてゐたし、リベラリズムもリアリズムも知つてゐましたが、正直なところ、私はリアリズムを自認してゐませんでした。現實主義者だとは思つてゐなかつた。なぜなら、私は壯大な理論をやつてゐなかつたからです。 コーネル大學に行き、1982年にシカゴ大學へ行きました。 最初の講義のひとつがIR理論で、教へる人が必要だつたから教へました。 ロバート・ギルピンやケネス・ウォルツを讀んだのを覺えてゐます。 これは80年2月、83年に私がウォルツを教へたときのものです。 彼の本は1979年に出版されたのですが、その頃からウォルツの本と取り組み始めました。