平成十年、四月五日。妻・植草富士子は八百日の闘病の末、六十六歳の生涯を終えた。しばらくして私は、その夏を最後の甲子園にすることを決めた。決勝戦の実況を担当しなくなってからちょうど十年、八十回目の記念大会でいい区切りだと思った。若いつもりでいたがいつまでもマイクに向かえるわけではない。もう、いいだろう。甲子園ラストゲーム、妻からプレゼントされたネクタイを締め彼女の遺骨を胸に放送席へ向かう。「白球無常!」…白球がスタンドに歓喜を巻き起こす一方で同じ白球がもう一方を失望させる。残酷な明と暗のコントラストを伝えるのがアナウンサーの役目なのだ。「智弁和歌山、二年連続制覇ならず!」甲子園に別れを告げる瞬間が近づく。四十四年間のアナウンサー生活をどんな言葉で締めくくればいいのか。甲子園の空はどんより曇っている、しかし私の目には真っ青な空と大きな白い雲が浮かんで見えた――。「残念ながら今日は見ることは出来ませんでしたが、『青い空・白い雲』を私の心の中にしまって四十四年間の実況を終了したいと思います。長い間、ありがとうございました」…それが、私が甲子園の放送席で発した最後の言葉だった。【青い空 白い雲】 植草 貞夫 (著) より実況集バックナンバー1→ sm24813966 2→ sm26849319 ※2以降は series/39362 からどうぞ※現アカ→ mylist/54485099 ※旧アカ(停止中)→ mylist/4471836