ラロ:バレエ音楽「ナムーナ」抜粋(10曲)

ラロ:バレエ音楽「ナムーナ」抜粋(10曲)

Youtubeからの転載です( https://www.youtube.com/watch?v=5lip18YZgS8 )。1881年、エドゥアール・ラロはパリ・オペラ座から新作バレエの作曲依頼を受けました。当時、ラロは代表作「スペイン交響曲」をはじめとする管弦楽曲・協奏曲の大家として世に知られていましたが、バレエの作曲経験はありませんでした。18世紀イタリアの著名な冒険家・漁色家ジャコモ・カサノヴァの自伝『我が生涯の物語(カサノヴァ回想録)』に基づくシナリオをオペラ座から渡されたラロは同年11月から作曲を開始しますが、翌月に病に倒れて一時作曲が中断してしまいます。その状況を知ったオペラ座は、作曲途中の未完成楽譜を渡すようラロに要求し、両者の対立は先鋭化しましたが、ラロの友人グノーが作曲に協力することで対立は回避され、翌1882年2月に全23曲からなる作品が完成しました。これが、ラロが完成させた唯一のバレエ音楽「ナムーナ」です。このバレエは1882年3月6日にオペラ座で初演されましたが、周囲の反応は賛否両論に分かれ、観客は劇場でブーイングし、多くの新聞の評論家たちも酷評記事を書き、結果として公演はわずか15回で打ち切られてしまいました。これは凡庸なシナリオと踊り手たちの熱意のなさ、技量の低さが原因だったとされています。一方、シャブリエやフォーレなどの作曲家たちはラロの色彩的な管弦楽技法に注目し、作品を絶賛しました。中でも特に絶賛したのは当時19歳のドビュッシーで、劇場内で周囲の聴衆たちの冷ややかな反応に対して熱烈に作品を弁護し続け、劇場から追い出されてしまったという逸話が残されています。ドビュッシーの評価は初演から20年後の1901年の評論記事においても変わらず、「数え切れないほどのつまらないバレエ作品の中に、ある種の傑作と呼べるものが一つあった。エドゥアール・ラロの『ナムーナ』だ。一体どのような陰湿な残酷さが、この作品をこれほど深く葬り去ってしまったのか、もはや誰もそのことを口にしない……音楽にとって、それは悲しいことだ」と書いています。現在においては、多くの評論家たちが「ナムーナ」をラロの管弦楽技法の頂点として高く評価しています。なお、ラロはバレエの初演後に曲を抜粋して3つの管弦楽組曲を作りました。現在において「ナムーナ」はシナリオの凡庸さもあってバレエ版が上演されることはほとんどありませんが、組曲版はフランス国内で演奏会の定番レパートリーとして現在でも演奏され続けています。この動画は、第1組曲から4曲、第2組曲(全5曲)、そして3つの組曲に含まれなかった「幽霊のワルツ」の10曲をバレエの上演順に演奏した抜粋版となります。ジャン・マルティノン指揮フランス国立放送管弦楽団

http://www.nicovideo.jp/watch/sm46559172