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小室圭さんバッシングについて考える 「ゆきりん♡もくれん 淑女我報」#64
4月11日に新潟圏ゴー宣道場「皇室スキャンダルと国民」が開催されたが、その3日前という驚くべきタイミングで、小室圭さんの文書が発表された。
それ以降、マスコミ・大衆は小室さんバッシング一色! あの文書をきちんと読めば小室さんの事情はよく分かるのに、もはや理解する気などさらさらない、どこまでも悪意のみで解釈して叩いてやろうという、とんでもない有様。特にひどいのは女性週刊誌!!
今回は、そんな週刊誌の歪曲記事の実例などを紹介しつつ、この騒動について考えるとともに、新潟圏ゴー宣道場についても振り返る。
あまりの曲解のすさまじさについ笑ってしまうけれども、これは全く笑いごとじゃない!!
「祟りを怖れるな」徒然草気まま読み#128
今回扱うのは、第二百七段。
全文を紹介すると…
龜山殿〔嵯峨龜山の仙洞御所〕建てられむとて、地を引かれけるに、大きなる蛇(くちなは)數もしらず凝り集りたる塚ありけり。この所の神なりといひて、事の由申しければ、「いかゞあるべき。」と敕問ありけるに、「ふるくよりこの地を占めたるものならば、さうなく掘り捨てられがたし。」とみな人申されけるに、この大臣一人、「王土に居らむ蟲、皇居を建てられむに、何の祟りをかなすべき。鬼神は邪なし。咎むべからず。唯皆掘りすつべし。」と申されたりければ、塚をくづして、蛇をば大井川に流してけり。更にたゝりなかりけり。
天皇の御所を建てるための地ならしをしていたところ、大きな蛇がうじゃうじゃいる塚があった。
蛇を神として崇め怖れる信仰から、これを掘って捨てることは憚られると、誰もが言っていたが…
中世の人は誰もが迷信深かったかというと、そんなことはない。合理的な考え方をする人はこの時代にもいたし、もっとさらに時代をさかのぼっても合理的な人がいたことが、文献に残されている。
逆に現代が合理的な人ばかりかというと、決してそんなことはないわけで…
第96回ゴー宣道場 語らいタイム
第96回ゴー宣道場は令和3年4月11日(日)、新潟市内で開催された。
テーマは「皇室スキャンダルと国民」
初の新潟開催、テーマが皇室ということで、会場が埋まるかどうかが心配されたが、結果は満席、しかも地元新潟の参加者が半数を占め、これだけでも大成功。
会場は熱気にあふれ、10代の子供も熱心に参加していた。
延々と続けられている皇室バッシング記事について、その変遷をここまで明確に分析した研究はおそらくこれが初めて。入念に下調べをした門下生の努力が見事に結実した。
さらに第2部では、倉持麟太郎師範が弁護団長を務めるグローバルダイニング訴訟における、重要なポイントを確認。
語らいタイムでは、そんな道場を振り返り、会場からのアンケートを紹介し、さらに道場本編で触れられなかったことについても語る!
コロナ全体主義をぶっ飛ばせ! よしりん・もくれんのオドレら正気か?関西LIVE2/2
2021年3月14日、大阪で開催された公開生放送!
ゲストは
倉持麟太郎(弁護士)
宮沢孝幸(京都大学ウイルス・再生医科学研究所准教授)
藤井聡(京都大学大学院工学研究科教授)
森田洋之(南日本ヘルスリサーチラボ代表・医師)
萬田緑平(緩和ケア 萬田診療所院長・医師)
そしてリモートで
泉房穂・明石市長が登場。
欧米とは比べ物にならないほど被害の少ない新型コロナに怯えて、欧米に準じる規模の自粛政策を採り、経済に出さなくても良かった被害を出し、それでいて、欧米が採っているような経済回復策は全然やっていない日本。
日本人って……アホなん!?
そんな絶望的な現状の中で、泉・明石市長のパワフルな語り口が、参加者の心をわしづかみ!
見識と覚悟のある政治家がいれば、世の中はまだ変えられる!
その他、もはや「信仰」の域に達しているワクチン、それは一体どういうものなのかということなど、全国民が知っておかなければならないはずなのに、マスコミが決して伝えない真実を満載、語って語り尽くせない4時間の議論!
コロナ全体主義をぶっ飛ばせ! よしりん・もくれんのオドレら正気か?関西LIVE1/2
2021年3月14日、大阪で開催された公開生放送!
ゲストは
倉持麟太郎(弁護士)
宮沢孝幸(京都大学ウイルス・再生医科学研究所准教授)
藤井聡(京都大学大学院工学研究科教授)
森田洋之(南日本ヘルスリサーチラボ代表・医師)
萬田緑平(緩和ケア 萬田診療所院長・医師)
そしてリモートで
泉房穂・明石市長が登場。
欧米とは比べ物にならないほど被害の少ない新型コロナに怯えて、欧米に準じる規模の自粛政策を採り、経済に出さなくても良かった被害を出し、それでいて、欧米が採っているような経済回復策は全然やっていない日本。
日本人って……アホなん!?
そんな絶望的な現状の中で、泉・明石市長のパワフルな語り口が、参加者の心をわしづかみ!
見識と覚悟のある政治家がいれば、世の中はまだ変えられる!
その他、もはや「信仰」の域に達しているワクチン、それは一体どういうものなのかということなど、全国民が知っておかなければならないはずなのに、マスコミが決して伝えない真実を満載、語って語り尽くせない4時間の議論!
「事を成し遂げるには」徒然草気まま読み#127
今回扱うのは、第百八十八段。
冒頭を紹介すると…
ある者、子を法師になして、「學問して因果の理〔佛教の一教義、善因に善果、惡因に惡果ある理〕をも知り、説經などして世渡るたづき〔方法手段〕ともせよ。」といひければ、教のまゝに説經師にならむ爲に、まづ馬に乘りならひけり。
徒然草の中でも最も長文ではあるが、言いたいことは極めてシンプルで明快。
何か成し遂げたいことがあったら、回り道をしてはいけない、先送りにしてはいけない、やるなら今しかない! ということを、様々な例を出して説いている。
今やらなければならないことをやる、それ以外のことは思い切って捨てる。
それができる人が、事を成し遂げる人なのだ!
「乗馬の達人」徒然草気まま読み#126
今回扱うのは、第百八十五段。
全文をご紹介すると…
城(じゃうの)陸奧守泰盛〔城は出羽秋田城、城介で陸奧守を兼ねた、義景の子、北條時宗の舅〕は雙なき馬乘なりけり。馬を引き出でさせけるに、足をそろへて閾(しきみ)をゆらりと超ゆるを見ては、「これは勇める馬なり。」とて鞍を置きかへ〔他の馬へ置きかへる〕させけり。また足を伸べて閾に蹴あてぬれば、「これは鈍くして過ちあるべし。」とて乘らざりけり。道を知らざらむ人、かばかり恐れなむや。
天下無双の馬乗りのエピソード。
名人であるからこそ、事前に慎重な判断をしてから場に臨むもの。
そこが達人の達人たるゆえんである。
ほかのいろんなジャンルにおいても、同じことが言えるのではないだろうか?
「煽りマスコミとの苛烈な戦い!」 よしりん・もくれんのオドレら正気か?#57
2021年2月27日放送。
一億総発狂の時代に、正気を保つ番組はこれだけだ!
「 オドレら正気か?」
「いろんな問題がおこるけれども、なぜかいつもわしは少数派になる」
と嘆くよしりん。
2月14日開催のゴー宣道場では、森喜朗の「女性蔑視」発言を巡り、壇上でひとり孤立する事態にまでなった。
その日ヘルパンギーナで欠席し、「違うのに~!」と思いつつ生放送を見ていたもくれんさんと、改めて森発言を考える。
道場も、会場と生放送とで反応が異なることもある。
そもそもフェミが言っているのは、女を代表した意見か?
一方、コロナ騒動は混迷を増すばかり。
PCR検査なんて意味がない!
リバウンドはするのが当たり前!
ウイルスが変異するのも当たり前!
飲食店狙い撃ちはおかしい!
専門家が馬鹿で政治家が馬鹿で、
被害の大きさを全くわかっていない。
マスコミが最も罪深い!
マスコミを最も警戒せよ。
戦い抜くしかない!
「宝剣と御剣」徒然草気まま読み#125
今回扱うのは、第百七十八段。
全文をご紹介すると…
ある所の侍(さぶらひ)ども、内侍所〔宮中内侍所、鏡を奉安せる所〕の御(み)神樂を見て人に語るとて、「寶劒〔三種の神器の一なる天叢雲劒〕をばその人ぞ持ち給へる。」などいふを聞きて、内裏なる女房の中に、「別殿の行幸(ぎゃうかう)には、晝御座(ひのござ)の御劒(ぎょけん)にてこそあれ。」と忍びやかにいひたりし、心憎かりき。その人、ふるき典侍なりけるとかや。
宮中の故実に関わるお話。
宝鏡を安置している内侍所で行われる御神楽を見たある侍が、貴重な経験に興奮し、そのことについて話をしていたが、知識が足りないため間違ったことを言っていた。
それが耳に入った女官、その間違いを訂正しながら、侍が気を悪くしないようにしようとして行ったこととは?
細やかな心配りも、そしてそこに共感する兼好にも微笑ましさを感じる一段。
オドレら正気か?関西LIVEに行ってきた! 「ゆきりん♡もくれん 淑女我報」#63
3月14日、大阪で「オドレら正気か?関西LIVE コロナ全体主義をぶっ飛ばせ!」が開催され、ホール会場に入場定員(通常定員の半数)400席満席の大盛況となった。
そこで今回は、出演した泉美さんと、生放送で視聴した笹さんの感想戦。
特に見どころだったのは、リモート出演した泉房穂・明石市長。政治家として話しにくいこともあるだろうと事前に質問項目などを用意していたら、全く不要だった!
さらに、藤井聡氏、宮沢孝幸氏、萬田緑平氏、森田洋之氏、倉持麟太郎氏によしりんという、一癖も二癖もあるパネリストたちの議論の司会役を務めた泉美さんの苦労話には、毎回のゴー宣道場の司会を務める笹さんも思わず同感!
そして、ここで初めて明かす裏話とは?
新潟道場に集まれ!
日本海側で初となる第96回ゴー宣道場は4月11日、新潟で開催される。
テーマは「皇室スキャンダルと国民」
秋篠宮さまの言葉から天皇陛下の言葉まで、メディアはいちいち曲解して、デタラメな憶測を流している。
眞子さまと小室圭氏との関係も、とにかく破たんさせようと悪意の記事ばかり書きなぐって、それに大衆が反応して、バッシングだらけである。
何でここまで底意地が悪く、皇室を貶めたいのだろうか?
極左勢力が暗躍しているのではないかと思うほどである。
国民は果たして皇室を戴く資格があるのだろうか?
女性宮家はどうなるのか?
愛子さまは皇太子になれるのか?
最新の情報と、皇室の歴史と伝統からの考察によって、皇室と日本の未来を思い描こう!
参加応募締切は3月31日。
お申し込みはこちら!
https://www.gosen-dojo.com/application/
「小野小町の偽書」徒然草気まま読み#124
今回扱うのは、第百七十三段。
全文をご紹介すると…
小野小町がこと、極めてさだかならず。衰へたるさまは、玉造といふ文に見えたり。この文清行(きよゆき)が書けりといふ説あれど、高野大師の御作(おんさく)の目録に入れり。大師は承和のはじめにかくれ給へり。小町が盛りなる事、その後のことにや、なほおぼつかなし。
絶世の美女として名高い小野小町だが、その晩年は美貌も衰え、極めて不遇だったと伝えられている。
その様子を書いたとされるのが『玉造小町壯衰書』という漢文の著作だが、現在ではこれは小野小町のことを書いたものではないとされている。
そして、『玉造』が小野小町に関しては「偽書」であるとした、最初かも知れない指摘が徒然草のこの段。では、その根拠は?
日本における、極めて古い文献検証の一例をご紹介。
「若者と老人」徒然草気まま読み#123
今回扱うのは、第百七十二段。
一部をご紹介すると…
若き時は血氣内にあまり、心物に動きて、情欲おほし。身をあやぶめて碎け易きこと、珠を走らしむるに似たり。美麗を好みて寶を費し、これを捨てて苔の袂にやつれ、勇める心盛りにして物と爭ひ、心に恥ぢ羨み、好む所日々に定まらず
若者と老人の比較、考察をする一段。
若者は何かと血気にはやって「若気の至り」というようなことをやってしまうものだが、老いると精神が衰え、そう心を動かすこともなくなるもの。
ただ、老人には決して若者には及ばぬものがあり、若者には決して老人にはない優れたものがある…というのだが、若者の利点は現代でも変わらないのに対して、老人の利点の方は、現代には果たして存在しているだろうか…?
「馬鹿の『まん延』を阻止せよ!」 よしりん・もくれんのオドレら正気か?#56
2021年1 月30日放送。
一億総発狂の時代に、正気を保つ番組はこれだけだ!
「 オドレら正気か?」
新型コロナ対策の特措法改正がろくな議論もないままに成立してしまい、緊急事態宣言の前段階に「まん延防止措置」なるものが新設され、これによって自粛要請に従わない者には罰則まで科すことが可能になってしまった。
全く留まるところを知らない狂気の暴走。冬は死者が増えるという、毎年誰も注目もしていなかった当たり前のことで、日本中が大騒ぎ。病人が自宅で死んだら首相が陳謝する変な風潮。どこもかしこも馬鹿が「まん延」している!
何よりもバカバカしいのは「まん延防止措置」、「蔓延」の「蔓」をひらがなで書くな!
「尊い罵倒」徒然草気まま読み#122
今回扱うのは、第百六段。
一部をご紹介すると…
高野の證空上人京へ上りけるに、細道にて馬に乘りたる女の行きあひたりけるが、口引きける男あしく引きて、聖の馬を堀へ落してけり。聖、いと腹あしく咎めて、「こは希有の狼藉かな。四部の弟子〔四衆とも云ふ、釋迦の弟子の四種〕はよな、比丘よりは比丘尼は劣り、比丘尼より優婆塞〔俗のまゝなる男の佛弟子〕は劣り、優婆塞より優婆夷〔俗のまゝの女の佛弟子〕は劣れり。かくの如くの優婆夷などの身にて、比丘を堀に蹴入れさする、未曾有の惡行なり。」
高野山の身分の高い僧侶である證空上人が京に上った時の話。細い道でトラブルに遭ってしまった上人、思わず逆上してしまって…
徳を積み、いとやんごとなき位に就いた僧侶といえども、とっさの時にはどんな言動をするかわからない。むしろ、何の修行もしていない無学な男の自然な態度の方が超然としているようにさえ見える。
ふとしたことから人の本性が現れる瞬間、まさに兼好の「大好物」ともいえる場面を描いた一段。
実録・ヘルパンギーナの恐怖 「ゆきりん♡もくれん 淑女我報」#62
泉美木蘭さんは「ヘルパンギーナ」のために、2月のゴー宣道場を師範になってから初めて欠席。
ヘルパンギーナという聞き慣れない病名に、多くの人の脳裡に「?」の嵐が舞うことになったが、これはコクサッキーウイルスA群によって引き起こされる感染症。
といってもまだわからないので平たくいえば、主に乳幼児が罹る「手足口病」「プール熱」と並ぶ「三大夏風邪」のひとつ。
コロナがこれだけ話題となっている時に、よりによって大人は稀にしか罹らない、しかも夏風邪にこの時期になるなんて、さすが木蘭さん!という感もあるけれども、子供の風邪と言ったって、罹ってしまったらそりゃつらい。
そういうわけで、今回はヘルパンギーナから生還した木蘭さんの、壮絶なる闘病報告。壮絶なはずなんだけど、なぜか爆笑!!
「いないはずの人の手助け」徒然草気まま読み#121
今回扱うのは、第百一段。
全文をご紹介すると…
ある人、任大臣の節會の内辨〔節會の時、承明門内の諸事を掌る役〕を勤められけるに、内記〔中務省の官吏、詔敕を作り禁中の記事などを録す(*る)役〕のもちたる宣命〔任大臣の辭令をかいたみことのり〕を取らずして堂上せられにけり。きはまりなき失禮(しちらい)なれども、たちかへり取るべきにもあらず、思ひ煩はれけるに、六位の外記〔太政官の官大小公事の詔書奏文を案じ局中に記録する役〕康綱〔中原康綱〕、衣被の女房をかたらひて、かの宣命をもたせて、しのびやかに奉らせけり。いみじかりけり。
ある人が大臣に任命されて、そのお祝いの格式ある宴が催される際に、最も大切な大臣任命の辞令を書いたみことのりを持たないで宮中に参上してしまった。
大変な失態であるが、かといって、今さら取りに帰るわけにもいかない。この窮状を救ったのは、「そこにいないはずの人」だった!
「怒れ!戦え!免疫力上げろ!!」 よしりん・もくれんのオドレら正気か?#55
2021年1 月16日放送。
一億総発狂の時代に、正気を保つ番組はこれだけだ!
「 オドレら正気か?」
1月9日に開催された新春LIVEには、2度目の緊急事態宣言発令直後であるにもかかわらず欠席者もほとんどなく、満員の観客が来場した。
そして、それから1週間。
時短要請に従わないことを表明した焼き鳥店「鳥田むら」に応援消費に出掛けたもくれんさんが出会った客が言ったこととは?
「リベラル」が権力に加担して全体主義を形成し、言論の自由を捨てさせようとしている!
その陰で、本当の弱者が見殺しにされている!
ストレスをため込んで、かえって感染症に罹りやすい人が増えている!
もう黙ってはいられない。
みんな血をたぎらせろ!
戦うしかない!!
「虚空よくものを容る」徒然草気まま読み#120
今回扱うのは、第二百三十五段。
一部をご紹介すると…
主(ぬし)ある家には、すゞろなる人、心の儘に入り來る事なし。主(あるじ)なき所には道行人(みちゆきびと)みだりに立ち入り、狐梟やうの者も、人氣(げ)にせかれねば、所得顔に入り住み、木精(こだま)などいふけしからぬ形もあらはるゝものなり。
人の心に関する、ちょっと面白い分析。
心に様々な思念が浮かんで気持ちが揺らぐことがあるのはなぜだろう?
仏門に入りながら、なお情緒豊かに様々なことを思い感じ取ってきた兼好だからこそ思い至った、心の謎についての詩的な考察。
コロナ禍は誰が終わらせるのか? よしりん・もくれんのオドレら正気か?新春LIVE 2/2
2021年1月9日公開生放送で開催された「オドレら正気か?」特別版!
ゲストは
藤井聡(京都大学大学院工学研究教授。クライテリオン編集長)
萬田緑平(緩和ケア 萬田診療所 院長。死生観のプロ)
木村もりよ(元厚生労働省医系技官。医師。ノンフィクション作家)
宮沢孝幸(京都大学ウィルス・再生医科学研究所・准教授)
中川淳一郎(PRプランナ—。ネットニュース編集者。フリーライター)
倉持麟太郎(弁護士。「ゴー宣道場」師範)
コロナ・インフォデミックを見抜くオールスター集結!
コロナ脳には「邪教のミサ」に見えるのだろうが、正気なのはこっちだ!
テレビにも政府分科会にも、本物の専門家はいない!
今の世の中は、敗戦日本の劣化の成れの果て!
ウイルスにはちゃんと感染した方がいい!
怒るべき時に怒るのが本当の品位!
決して考えることを放棄しない、全体主義に立ち向かう人々がこの時代にもいたと後世に残すことができる、白熱の4時間!
コロナ禍は誰が終わらせるのか? よしりん・もくれんのオドレら正気か?新春LIVE 1/2
2021年1月9日公開生放送で開催された「オドレら正気か?」特別版!
ゲストは
藤井聡(京都大学大学院工学研究教授。クライテリオン編集長)
萬田緑平(緩和ケア 萬田診療所 院長。死生観のプロ)
木村もりよ(元厚生労働省医系技官。医師。ノンフィクション作家)
宮沢孝幸(京都大学ウィルス・再生医科学研究所・准教授)
中川淳一郎(PRプランナ—。ネットニュース編集者。フリーライター)
倉持麟太郎(弁護士。「ゴー宣道場」師範)
コロナ・インフォデミックを見抜くオールスター集結!
コロナ脳には「邪教のミサ」に見えるのだろうが、正気なのはこっちだ!
テレビにも政府分科会にも、本物の専門家はいない!
今の世の中は、敗戦日本の劣化の成れの果て!
ウイルスにはちゃんと感染した方がいい!
怒るべき時に怒るのが本当の品位!
決して考えることを放棄しない、全体主義に立ち向かう人々がこの時代にもいたと後世に残すことができる、白熱の4時間!
「笛を吹く男」徒然草気まま読み#119
今回扱うのは、第四十四段。
一部をご紹介すると…
怪しの竹の編戸の内より、いと若き男の、月影に色合定かならねど、つやゝかなる狩衣に濃き指貫、いとゆゑづきたるさまにて、さゝやかなる童一人を具して、遙かなる田の中の細道を、稻葉の露にそぼちつゝ分け行くほど、笛をえならず吹きすさびたる、あはれと聞き知るべき人もあらじと思ふに、行かむかた知らまほしくて、見送りつゝ行けば、笛を吹きやみて、
前回、徒然草の中でも何が言いたいのか理解しかねる異色の段を紹介したが、今回はそのすぐ次の段。
そしてこれがまた、前段と同様の不可解な話。
よく読んでみると、兼好は相当おかしなことをやっているのだが、本人はそれを自覚もしていない様子で風流を味わっている。
二段続けてこんな話が出て来るとは、兼好法師って、こういう奇行をする癖があったのだろうか?
「清げなる男」徒然草気まま読み#118
今回扱うのは、第四十三段。
短いので、全文をご紹介。
春の暮つかた、のどやかに艷なる空に、賤しからぬ家の、奧深く木立ものふりて、庭に散りしをれたる花見過しがたきを、さし入りて見れば、南面の格子を皆下して、さびしげなるに、東にむきて妻戸のよきほどに開(あ)きたる、御簾のやぶれより見れば、かたち清げなる男(をのこ)の、年二十ばかりにて、うちとけたれど、心にくくのどやかなる樣して、机の上に書をくりひろげて見居たり。いかなる人なりけむ、たづね聞かまほし。
徒然草の中でも、いったい何が言いたいんだろうと首をかしげてしまう、なんとも不可解な話。
ある晩春の頃、のどかで優雅な雰囲気の空の下を歩いていた兼好。特に気になる家が目に入って、それで取った行動とは…?
もしかして兼好って、アブナイ人だったのか?
あまりに奇妙なため、様々な解釈を生んでいる異色の段。
こんな一面もあったのかという、不思議な兼好をご紹介。
「コロナしかない?1年の総括!」 よしりん・もくれんのオドレら正気か?#54
2020年12 月19日放送。
一億総発狂の時代に、正気を保つ番組はこれだけだ!
「 オドレら正気か?」
今回の話題は…
〇本の力『コロナ論2』発売!
〇東京都、陽性者800人の「地を這うミミズ」の衝撃?
〇去年末のインフルエンザと新コロを比較しよう。
〇全体主義と戦う記者はいた。
〇コロナ脳の言論封殺。
〇ライジング版・流行語大賞で一年を振り返る。
〇新春おどれらLIVEのこと
笹幸恵さんをゲストに、「世界のゴー宣ファンサイト」の読者企画
「ライジング版流行語大賞」&「今年の出来事」の
結果を見ながら、コロナに明け暮れた2020年を 総括する!
「古さの名誉」徒然草気まま読み#117
今回扱うのは、第九十九段。
短いので、全文をご紹介。
堀河の相國は、美男のたのしき人にて、その事となく過差を好み給ひけり。御子基俊卿を大理(だいり)になして、廳務を行はれけるに、廳屋の唐櫃見苦しとて、めでたく作り改めらるべきよし仰せられけるに、この唐櫃は、上古より傳はりて、そのはじめを知らず、數百年を經たり。累代の公物、古弊をもちて規模とす。たやすく改められ難きよし、故實の諸官等申しければ、その事やみにけり。
どんなに経済的に裕福であろうと、あるいは権力を持っていようと、踏み越えられない一線がある。
簡単に変えてはいけないものがある。
そのことを、誰もが自然にわきまえていたということがわかる一段。
日本に保守主義というものがあるとしたら、その源流だともいえるような話だが、現代の日本の「保守」に、この感覚はあるだろうか?
「琵琶の名器を壊した話」徒然草気まま読み#116
今回扱うのは、第七十段。
短いので、全文をご紹介。
玄應の清暑堂の御遊に、玄上は失せにしころ、菊亭の大臣、牧馬を彈じ給ひけるに、座につきてまづ柱(ぢゅう)を探(さぐ)られたりければ、ひとつ落ちにけり。御懐(ふところ)に續飯(そくひ)をもち給ひたるにて付けられにければ、神供(じんぐ)の參るほどに よく干て、事故(ことゆえ)なかりけり。
いかなる意趣かありけん、物見ける衣被(きぬかづき)の、寄りて放ちて、もとのやうに置きたりけるとぞ。
後醍醐天皇の大嘗祭の後の余興の催しで演奏される琵琶の名器が、壊されていた。
何の意図があったのか、ことによると、後醍醐天皇に対して何か思うところがあったのかとも考えられるが、ここではそれについては深く考察しない。
それよりも注目すべきは、琵琶を壊した者がどうやって侵入したのかだが、そのセキュリティ感覚の甘さというか、大らかさというかに驚かされる。
初めて客席で参加してみた 「ゆきりん♡もくれん 淑女我報」#61
1月9日に開催された「オドレら正気か?新春LIVE」は大盛況!
そしてその客席には、笹幸恵さんの姿が。
笹さんはゴー宣道場では第1回から1度も欠席することなく司会を務めているため、ゴー宣道場を一度も客席から見たことがない。
そして今回初めて、道場ではないけれどもその「番外編」的なものともいえる「オドレらLIVE」を客席で観戦!
その初の体験にどんな感想を抱いたか、存分に語っていただきました。
ライブの醍醐味って、やっぱりこれ! リモートじゃこれは絶対に味わえない! 生の会場に足を運んで、「密」の状態になってこそのものがあるということを再確認!
これを聞いて「ライブっていいな~」と思ったら、ぜひゴー宣道場に参加申し込みをしよう!
https://www.gosen-dojo.com/application/
「配所の月」徒然草気まま読み#115
今回扱うのは、第五段。
短いので、全文をご紹介。
深う愁(うれえ)に沈める人の、頭(かしら)おろしなど、ふつゝかに思ひとりたるにはあらで、有るか無きかに門さしこめて、待つこともなく明し暮らしたる、さるかたにあらまほし。
顯基(あきもと の)中納言のいひけん、「配所の月、罪なくて見ん事」、さも覚えぬべし。
こういう生き方こそ望ましい、羨ましいと兼好法師が思う態度を語る。
中世の知識人たちにとって、憧れの境地とされたという、その生き方とは?
出家の身である兼好が、深い悲しみをどう受け止めるのがよいと見ていたのか。
小手先の対処などせず、包み隠さずふるまう兼好の生き方がよくわかって興味深い。
「コロナ後のリベラル」 第94回ゴー宣道場2/2
2020年12月6日開催。
「最も自由を愛するのはリベラルではなく、わしだった!」(小林よしのり)
コロナ禍は、日本の「リベラル」の本性を露わにした。
「自由」を第一の価値とするはずのリベラルが、コロナ感染防止の名の下には自由はいらないと言い、個人の自由を権力が制限することを容認したのだ!
基調講演は、著書『リベラルの敵はリベラル』(ちくま新書)で日本の「リベラル」の現状を突いた倉持麟太郎師範。ゲストは評論家・宇野常寛氏。
「もうリベラルって言葉を使うのはやめよう」
「いまいるのは『リベラルゾンビ』。リベラルはもう30年前に死んでいる」
「リベラルという『空位の玉座』が祭り上げられている』
…等々、宇野氏の鋭く刺激的なフレーズも続出。
全体主義が出来上がってしまった今こそ、「自由」「リベラル」を考え直そう!
レジュメはこちら!
https://www.gosen-dojo.com/wp-content/uploads/cc4f0db20b1d8f39bced8d6880a3fb70.pdf
「コロナ後のリベラル」 第94回ゴー宣道場1/2
2020年12月6日開催。
「最も自由を愛するのはリベラルではなく、わしだった!」(小林よしのり)
コロナ禍は、日本の「リベラル」の本性を露わにした。
「自由」を第一の価値とするはずのリベラルが、コロナ感染防止の名の下には自由はいらないと言い、個人の自由を権力が制限することを容認したのだ!
基調講演は、著書『リベラルの敵はリベラル』(ちくま新書)で日本の「リベラル」の現状を突いた倉持麟太郎師範。ゲストは評論家・宇野常寛氏。
「もうリベラルって言葉を使うのはやめよう」
「いまいるのは『リベラルゾンビ』。リベラルはもう30年前に死んでいる」
「リベラルという『空位の玉座』が祭り上げられている』
…等々、宇野氏の鋭く刺激的なフレーズも続出。
全体主義が出来上がってしまった今こそ、「自由」「リベラル」を考え直そう!
レジュメはこちら!
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「人の亡き跡」徒然草気まま読み#114
今回扱うのは、第三十段。
動画では冒頭部分だけのご紹介ですが、ここでは全文を掲載します。
人の亡き跡ばかり悲しきはなし。
中陰(ちゅういん)の程、山里などに移ろひて、便りあしく狹き所にあまたあひ居て、後のわざども營みあへる、心あわたゞし。日數(ひかず)の早く過ぐるほどぞ、ものにも似ぬ。はての日は、いと情なう、互にいふ事もなく、我かしこげに物ひきしたため、ちりち゛りに行きあかれぬ。もとの住家にかへりてぞ、さらに悲しきことは多かるべき。「しかじかの事は、あなかしこ、跡のため忌むなる事ぞ」などいへるこそ、かばかりの中に何かはと、人の心はなほうたて覺ゆれ。
年月經ても、露(つゆ)忘るゝにはあらねど、去るものは日々に疎しといへる事なれば、さはいへど、その際(きは)ばかりは覺えぬにや、よしなし事いひてうちも笑ひぬ。骸(から)は、けうとき山の中にをさめて、さるべき日ばかり詣でつゝ見れば、程なく卒都婆も苔むし、木の葉ふり埋みて、夕の嵐、夜の月のみぞ、言問ふよすがなりける。
思ひ出でて忍ぶ人あらむほどこそあらめ、そも又ほどなくうせて、聞き傳ふるばかりの末々は、哀れとやは思ふ。さるは、跡とふわざも絶えぬれば、いづれの人と名をだに知らず、年々の春の草のみぞ、心あらむ人は哀れと見るべきを、はては、嵐にむせびし松も、千年を待たで薪にくだかれ、ふるき墳(つか)はすかれて田となりぬ。その形(かた)だになくなりぬるぞ悲しき。
人の死というものについて、まず身内の葬儀の話から始まり、さらに年月を経ていくにつれての変化を語っていく。
決して長くはないこれだけの分量で、ここまでミクロからマクロまで視点を変化していく文章はなかなか見られるものではない。
徒然草の中でも屈指の名編、じっくり味わっていただきたい。
「はっきりと答えよう」徒然草気まま読み#113
今回扱うのは、第二百三十四段。
冒頭部分を紹介すると…
人の物を問ひたるに、知らずしもあらじ、有りのまゝにいはむはをこがましとにや、心まどはすやうに返り事したる、よからぬ事なり。
人がものを聞いて来た時は、それが誰でも知っているような、わかりきったことであっても、ぞんざいな答え方をしてはいけない。じっくり、はっきりと答えるべきであると兼好法師は言う。それはなぜなのか?
「ごーまんかましてよかですか?」に匹敵するような兼好の決めゼリフも登場し、日常で誰もがついやってしまいそうな行動を戒める。