有り難き志 『徒然草 気まま読み』#85

有り難き志 『徒然草 気まま読み』#85

今回扱うのは、第四十七段。全文を紹介すると…ある人清水へ参りけるに、老いたる尼の行きつれたりけるが、道すがら、「嚔(くさめ)嚔」といひもて行きければ、「尼御前(あまごぜ)何事をかくは宣(のたま)ふぞ」と問ひけれども、答へもせず、猶(なお)言ひ止まざりけるを、度々問はれて、うち腹だちて、「やゝ、鼻ひたる(くしゃみをする)時、かく呪(まじな)はねば死ぬるなりと申せば、養ひ君の、比叡の山に兒にておはしますが、たゞ今もや鼻ひ給はむと思へば、かく申すぞかし」といひけり。有り難き志なりけんかし。ある老尼の、ちょっと不可解な行動。なぜ彼女はそれをやっていたのか?その老尼の行為をどう解釈し、どういう感想を持つかは、人によって分かれるところ。そもそも、原文も写本によっては最後の「有り難き志」が「わりなき志」になっているものもあり、正反対の解釈も可能となっている。しかし、これはやっぱり「有り難き志」と取るべきでは?

http://www.nicovideo.jp/watch/so37018801