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【生放送アーカイブ】まだゴロンシティ周辺をうろついてるティアキン生放送16回目【3/8】
この動画は2/22に行った生放送のアーカイブ動画です。
今回は異変解決後のゴロンシティ周辺探索回。
生放送は週1回13時からする予定なので、お暇な方はぜひ遊びに来てね!
【鈴蘭の剣】まったり鈴蘭の剣【2/22 交わる航跡 本源の闇③ フェーズ1 Stage3】
・。・v配信15周年!・。・v
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【今日のひとこと】
少し動画投稿に余裕が出てきたので鈴蘭の剣の切り抜き動画を上げることにしました!
本編はYoutubeでほぼ毎日投稿しています!
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【DEATH VERSE】対人勝利 (PS5)
23/2/22 近接バトロワ DEATH VERSE_LET IT DIEをプレイします
最近だと多い方
初プレイ → sm41279350 音聞かない縛り勝利 → sm41279363
チキンオブチキンズ → sm41279376
【生放送アーカイブ】まだゴロンシティ周辺をうろついてるティアキン生放送16回目【1/8】
この動画は2/22に行った生放送のアーカイブ動画です。
今回は異変解決後のゴロンシティ周辺探索回。
生放送は週1回13時からする予定なので、お暇な方はぜひ遊びに来てね!
【生放送アーカイブ】まだゴロンシティ周辺をうろついてるティアキン生放送16回目【5/8】
この動画は2/22に行った生放送のアーカイブ動画です。
今回は異変解決後のゴロンシティ周辺探索回。
生放送は週1回13時からする予定なので、お暇な方はぜひ遊びに来てね!
【生放送アーカイブ】まだゴロンシティ周辺をうろついてるティアキン生放送16回目【6/8】
この動画は2/22に行った生放送のアーカイブ動画です。
今回は異変解決後のゴロンシティ周辺探索回。
生放送は週1回13時からする予定なので、お暇な方はぜひ遊びに来てね!
【夕刊シチ2月18日号 325年09月】庾氏権勢! 江南がきしむ
【325年09月】
資治通鑑原文1457文字(272/365位)
【登場人物】
・メインキャスト
1/4-慕容廆-2/26
1/26-王導-3/5
1/27-石勒-2/26
2/3-石虎-3/14
・準メインキャスト
1/25-李雄-2/27
1/25-陶侃-2/27
1/26-劉曜-2/22
2/10-李寿-3/9
2/11-蘇峻-2/21
2/12-張駿-3/12
2/14-慕容皝-3/14
2/14-拓跋什翼犍-4/13
【できごと】
先に北方の話をしておきましょう。石勒にべこべこにされた段部を慕容廆が支援、その勢力を回復させました。拓跋部では拓跋賀傉が死亡、弟の拓跋紇那が立ちました。この両名は拓跋猗㐌系で、拓跋弗系の拓跋翳槐と対立、再び内紛が起こります。あと石勒はお忍びで夜間徘徊をしたら町の役人につかまり、「こいつは職務に忠実だ!」とほめたたえています。
これ以外の内容は、全部東晋のいざこざです。成帝が立ったわけですが、なにせ当時五歳。まともに政務など取れるはずもありません。このため明帝皇后、つまり庾亮の妹である庾文君が皇太后として政務の取り仕切りにつくことになりました。言い換えれば庾亮が権勢を握った形です。王敦の乱のおかげで王導は大いに存在感を宮中から消す方向で動いていました。そうなると政務の方針は庾亮次第となり、そしてこれが、悪い意味で厳格でした。
この厳格さには、一名の能吏もいっちょ噛みしています。彼の名は卞壼。その性格は極めて剛直であり、誰もが卞壼からの糾弾に怯える状態に。庾亮との直接の絡みはあまり書かれてもいませんが、おそらく両名の相性はかなり良かったことでしょう。
さて、この庾亮。お国のために謹厳に職務を全うする、だったらまだよかったのですが、残念ながらパワーゲームも大好きでした。荊州を厳しくも確かに統治し、成とも切った張ったを繰り広げている陶侃が反逆をもくろむのではないかと疑い、その監視として温嶠を建康と荊州の中間、武昌に配します。さらには祖逖の弟である祖約を国政から締め出して不満を募らさせました。これで祖約に蘇峻と組まれてはことだ、などと言い出すのですから、なかなか、なかなかです。
こうした状態を見て、竹林七賢の阮咸の子である阮孚は「この国早くもやばくね?」とばかりに広州刺史、即ち東晋南限の長官の座を求め、そこで死亡しました。うーん、ザ先見の明。
【19日 326年09月】宗族不穏! 蘇峻、皇族とつるむ
【326年09月】
資治通鑑原文965文字(316/365位)
【登場人物】
・メインキャスト
1/4-慕容廆-2/26
1/26-王導-3/5
1/27-石勒-2/26
2/3-石虎-3/14
・準メインキャスト
1/25-李雄-2/27
1/25-陶侃-2/27
1/26-劉曜-2/22
2/10-李寿-3/9
2/11-蘇峻-2/21
2/12-張駿-3/12
2/14-慕容皝-3/14
2/14-拓跋什翼犍-4/13
【できごと】
司馬宗、という宗族がいました。成帝とも仲が良く、さらには蘇峻ともつながりのある人物でした。パワーポリティクス大好き庾亮さんには脅威にしか映りません。そこで謀反の罪を着せ、処刑。すると成帝は大泣きの上庾亮への不信を訴え出ますし、蘇峻は司馬宗の配下を匿うしで、庾亮、あっという間に窮地です。
北では、石勒は晋に対する圧力を高めます。ついに本格的に両国の中間を流れる川、淮水を渡り始め、寿春を守っていた祖約を攻撃。ここにまともな救援がよこされなかったため、いよいよ祖約は建康への恨みをつのらせます。しかも、ここで最終的に後趙軍を撃退する功績を挙げたのが、よりにもよって蘇峻でした。ここに建康、なかんずく庾亮への不信が爆発する種まきがいよいよ整ってきました。
こうした中、劉曜は失陥した仇池を再び奪わんと軍を動かしますが、失敗。この有様を見て、張駿はこれ以上前趙の風下に居続けると危ういと判断、前趙から得た涼王の地位を蹴り、ふたたび晋の涼州牧を名乗りました。加えてこの頃にもなると、張駿は李雄のもとに使者を派遣し、連携を取るようにもなっています。ただでさえ泥舟を引き受けてしまった劉曜でしたが、自身で穴を広げてしまっていたのもあり、いよいよ詰みに近づいてきた印象です。張駿の裏切りに怒った劉曜は討伐軍を涼に向かわせましたが、いや、それ今やること?
一方、石勒もそれほど安泰というわけではありません。張賓という無二のブレインを喪った後の統治体制再編に苦労しており、張賓のサブ的な役割を果たしていたふたりの人物のうち徐光については不敬が目立ったので免職の上収監、程遐については石虎をぞんざいに扱ったため恨みを買う。その統治体制にも嫌な気配が漂い始めます。
こうしてみると世襲統治って当たり前のように見えて、それを成立させる条件を揃えるのがとてつもなく難しいのだと実感させられます。そうして考えると幼帝を担ぎ出して、曲がりなりにもまわってしまう東晋という国の不思議さ、不気味さが改めて際立ちます。
てんしゃばフェスタ踊り子隊 夢煙火 足利YOSAKOI祭り
2026/2/22(日)に行われた足利YOSAKOI祭りでの演舞様子です。
3年ぶりの足利YOSAKOI祭りのご開催おめでとうございます!!
いろいろお世話になっている足利のよさこいチームてんて鼓舞さんが場所を変えて3年ぶりに足利YOSAKOI祭りを開催してお誘いしていただきました。今回は歴代の足利よさこいの中でも最少人数になりましたがとても素晴らしい演舞ができました。
今回の1曲目は久しぶりに豊川のおいでん祭の総演舞曲『夢煙火』を踊りました。前々回にてんて鼓舞さんに誘っていただいた大2夏フェスで一番人気だったのでAパートが1人でしたが何とか踊り切れました。また、普段ではできない特別な夢煙火を見せられるかなと思います。
【鈴蘭の剣】まったり鈴蘭の剣【2/22 星海の開拓 航海 - 開拓シーズン 開拓チャレンジ 栄光の戦い 金城鉄壁】
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【リバース:1999】まったりリバース1999【2/22 クリッタークラッシュ リメカップステッカーエディション⑨】
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【今日のひとこと】
少し動画投稿に余裕が出てきたのでリバース:1999の切り抜き動画を上げることにしました!
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【DEATH VERSE】イーグルⅠ昇格 (PS5)
23/2/22 近接バトロワ DEATH VERSE_LET IT DIEをプレイします
初 イーグル踏めました
初プレイ → sm41279350 音聞かない縛り勝利 → sm41279363
チキンオブチキンズ → sm41279376
【DEATH VERSE】9キル勝利 達成 (PS5)
23/2/22 近接バトロワ DEATH VERSE_LET IT DIEをプレイします
ハンマーつんよ
初プレイ → sm41279350 音聞かない縛り勝利 → sm41279363
チキンオブチキンズ → sm41279376
【生放送アーカイブ】まだゴロンシティ周辺をうろついてるティアキン生放送16回目【2/8】
この動画は2/22に行った生放送のアーカイブ動画です。
今回は異変解決後のゴロンシティ周辺探索回。
生放送は週1回13時からする予定なので、お暇な方はぜひ遊びに来てね!
【生放送アーカイブ】まだゴロンシティ周辺をうろついてるティアキン生放送16回目【4/8】
この動画は2/22に行った生放送のアーカイブ動画です。
今回は異変解決後のゴロンシティ周辺探索回。
生放送は週1回13時からする予定なので、お暇な方はぜひ遊びに来てね!
【生放送アーカイブ】まだゴロンシティ周辺をうろついてるティアキン生放送16回目【7/8】
この動画は2/22に行った生放送のアーカイブ動画です。
今回は異変解決後のゴロンシティ周辺探索回。
生放送は週1回13時からする予定なので、お暇な方はぜひ遊びに来てね!
【生放送アーカイブ】まだゴロンシティ周辺をうろついてるティアキン生放送16回目【8/8】
この動画は2/22に行った生放送のアーカイブ動画です。
今回は異変解決後のゴロンシティ周辺探索回。
生放送は週1回13時からする予定なので、お暇な方はぜひ遊びに来てね!
【APEX実況】爆弾魔達のチャンピオン (PS5) with ふぁるさん goさん
24/2/22 ランクマをふぁるさんとgoさんとでやっていきます
最後やりあってくれたの助かる
【シーズン12】
ブラハ → sm40299332 事故 → sm40303816 ソロハイド → sm40327729
ダイア昇格戦 → sm40344395
【シーズン13】
15年来のコンビネーション → sm40606627 神ポジ ハイド → sm40652376
シーラで破壊 → sm40694889 車両事故 → sm40732582
自己最高ダメ 前半 → sm40753207 後半 → sm40753338
ニューキャッスル 初チャンピオン 前半 → sm40780544 後半 → sm40780949
スパレジェ → sm40984671
【始めたて・カジュアルetc】 → series/224326
【ハンマー取得】→ series/311291
【APEX実況】シア 全員帰還 (PS5) with ふぁるさん goさん
24/2/22 ランクマをふぁるさんとgoさんとでやっていきます
勝てそうだった
【シーズン12】
ブラハ → sm40299332 事故 → sm40303816 ソロハイド → sm40327729
ダイア昇格戦 → sm40344395
【シーズン13】
15年来のコンビネーション → sm40606627 神ポジ ハイド → sm40652376
シーラで破壊 → sm40694889 車両事故 → sm40732582
自己最高ダメ 前半 → sm40753207 後半 → sm40753338
ニューキャッスル 初チャンピオン 前半 → sm40780544 後半 → sm40780949
スパレジェ → sm40984671
【始めたて・カジュアルetc】 → series/224326
【ハンマー取得】→ series/311291
めじろう自虐「無責任にも程がある!覚悟を持った上で体の関係を持ったんでしょ?未来の性犯罪者だよ!」
2025/2/22ニコ生
卒業証書の再発行を拒否する学歴詐称疑惑のめじろう ※再発行は郵送でも安価で簡単にできるがこれも拒否
2025/2/22ニコ生
【夕刊シチ デイリー両晋南北朝 1月30日号】307年09月~308年07月
資治通鑑原文2640文字(168/365位)
【登場人物】
・メイン
1/1-劉淵-2/2
1/4-慕容廆-2/26
1/12-劉琨-2/10
1/17-拓跋猗盧-2/8
1/26-王導-3/5
1/27-石勒-2/26
・準メイン
1/11-司馬熾-2/4
1/13-司馬越-2/2
1/21-王敦-2/16
1/23-張軌-2/6
1/25-李雄-2/27
1/25-陶侃-2/27
1/26-劉聡-2/10
1/26-劉曜-2/22
1/27-司馬睿-2/15
【できごと】
司馬睿、江南に! 東晋の萌芽
八王の乱がにぎにぎしかった頃、穎に睨まれていた宗族の一人、司馬睿は監視の手を逃れつつ自身の封地である琅邪に脱出、そこから王導の勧めを受け、長江を渡り、建鄴に到達します。この地にいるのは晋が滅ぼした呉の旧臣たちでしたが、その中心人物であった顧栄と賀循を引き込み、瞬く間に呉の人心を収攬しました。何やったんだ王導。
中原で肩身を狭くしつつあった越は石勒と対峙します。ここで越が派出した将軍の名は、苟晞。先に越が長安奪取に派出した祁弘と並び、西晋末期で五胡諸勢力にもっとも恐れられていた将です。ここでも苟晞は石勒をほぼ壊滅レベルにまで追い込みました。石勒はほうほうの体で脱出、しかしながら各地で諸勢力を吸収していきます。石勒はどのタイミングでもそうですが、負けた後のほうが恐いです。そして劉淵に接近。すると劉淵より輔漢将軍・平晋王という官位を授けられました。この官位は劉淵が石勒を「晋滅殺の最先鋒」と見なしていた、として良いのでしょう。また東方で決起していた王弥については祁弘が撃滅。王弥もまた劉淵の元に駆け込みました。
それにしても越は厄年だったのでしょうか、ここで苟晞の慰撫にも失敗します。苟晞を東方、つまり、もと王弥が闊歩していたあたりに配したのです。見かけは昇進、実質は左遷。このため苟晞は越より離反し、懐帝に近付きます。
北では慕容廆が鮮卑大単于を自称、拓跋禄官から拓跋猗盧に代替わりした拓跋部と連携を取ります。西では張軌が病に倒れ政情不安に陥りかけますが、なんとか持ち直します。また中央の情勢を危ぶんだ張軌は、ここで涼州きっての名将である北宮純を洛陽の援軍として派遣しました。この年より劉淵はその攻勢を本格的なものとしますが、その多くをこの北宮純が跳ね返しています。
中央の戦乱が加速していく中、晋には祁弘、苟晞、北宮純。対する匈奴漢には劉聡、劉曜、石勒、そして王弥。きら星のような名将たちが、その火花を散らしています。
【夕刊シチ デイリー両晋南北朝 1月31日号】308年08月~309年07月
【308年08月~309年07月】
資治通鑑原文2135文字(215/365位)
【登場人物】
・メインキャスト
1/1-劉淵-2/2
1/4-慕容廆-2/26
1/12-劉琨-2/10
1/17-拓跋猗盧-2/8
1/26-王導-3/5
1/27-石勒-2/26
・準メインキャスト
1/11-司馬熾-2/4
1/13-司馬越-2/2
1/21-王敦-2/16
1/23-張軌-2/6
1/25-李雄-2/27
1/25-陶侃-2/27
1/26-劉聡-2/10
1/26-劉曜-2/22
1/27-司馬睿-2/15
【できごと】
守る晋の紛糾! 龍は帝位に
北宮純の活躍もあり、洛陽を落とせないままでいる漢軍の将は、王弥でした。国体を弱らせきれていないと判断したか、石勒と合流し、矛先を鄴周辺に切り替えます。その隙を突いて司馬越が洛陽に戻りました。この移動は宮中人事の鉈入れのためでした。肩を落として宮中を後にしたり、ひどいものに至っては殺されすらしていた士人らを見て、才気及び血気盛んな懐帝が何を思ったことでしょうか。
ここで、劉淵が皇帝即位を宣言します。この段階で晋は、ぱっと見洛陽に逼塞、劉琨も漢軍によって洛陽から孤立している状態でしたから、ほぼ勝ちを見た、と認識していたのかもしれません。一方で劉淵が、その迫る寿命に焦っていたのかもしれませんが。
こうした情勢に抗うように、劉琨は各地で匈奴漢軍と勝敗をあいなかばしています。というのも劉琨は鮮卑段部とも親交を結んでいたため、決して孤立していたわけでもなかったのです。段部にしても、劉琨はやはり匈奴漢に対する重要な城壁。利害は一致していました。
とはいえ、匈奴漢のメインターゲットは、あくまで洛陽。晋からの投降者が情勢不安定を暴露し、今が攻めどきだ、と勧めます。これに応じた劉淵は滅晋大将軍の劉景を派遣。すごい官名です。劉景はこの官名に恥じない大虐殺を延津で繰り広げました。びっくりしたのは劉淵です。「滅ぼすのは国であって民じゃねーから!」と激怒、劉景を降格しました。つけた官位が悪い。
こうした状況に連動するように、荊州では劉弘が死亡。後任の総督は荊州情勢を悪化させました。一方で蜀の李雄は天府の地に着々と統治体制を固めていました。この状況であれば、多くの人士が中央から辺地を目指したことでしょう。
同時期、石勒は鄴を中心とした地域にいた才人らを招集しました。ここで石勒は、その右腕として名高い張賓を獲得、いよいよ本格的な国体運営の構築に乗り出します。
【夕刊シチ2月5日号 313年05月】策謀の石勒! 王浚墜つ
資治通鑑原文5314文字(59/365位)
【登場人物】
・メイン
1/4-慕容廆-2/26
1/12-劉琨-2/10
1/26-王導-3/5
1/27-石勒-2/26
1/17-拓跋猗盧-2/8
2/3-石虎-3/14
・準メイン
1/21-王敦-2/16
1/23-張軌-2/6
1/25-李雄-2/27
1/25-陶侃-2/27
1/26-劉聡-2/10
1/26-劉曜-2/22
1/26-司馬睿-2/15
2/3-司馬鄴-2/9
【できごと】
段部の勢力を削り、いよいよ本丸である王浚打倒に石勒が動きます。まずは劉琨に対して「王浚のクソを倒してこれまでのことをお詫びしますね」と断りを入れた上で、作戦開始。その手立ては「よっ、あんたが大将!」とでも言わんばかりのおべんちゃらでした。しかも王浚、このおべんちゃらを信じ、よし宴だ! と言い出しました。そこを石勒が強襲。殺します。この電撃作戦の成功で、石勒と匈奴漢の立場が逆転したと言っていいでしょう。
とはいえ匈奴漢もやられっぱなしではありません。軍勢を北に進め、劉琨拓跋連合軍を撃破します。ただ、負けを少し取り返した程度でしかなく、しかも南ではこっそり愍帝政権と司馬睿が連絡を取っています。愍帝が、司馬睿に「一緒に匈奴漢を討とうぜ」と誘ったのです。もっとも、これは司馬睿に断られてしまいましたが。南は南で安定にもほど遠く、中原攻略に兵を割く余裕がなかったのです。たとえば長江中流の荊州では杜弢が引き続き暴れまわっていました。
この事態を憂慮した武将がいます。劉琨のベストフレンド、祖逖と言います。未だ戦乱が顕在化していなかった頃、二人は夜通し軍略について語り合い「荒れ狂った天下を治めることができるのは、我ら二人を置いておらぬだろう」と述べ合っていました。このときも北土で孤軍奮闘する友を思ってか、司馬睿に北伐を願い出ます。なんとか司馬睿から最低限の援助を引っ張り出すと、祖逖は出征。天下を取り戻すまで建業には戻るまいぞ、と誓いました。
天下が荒れ狂う中、成漢は安定した統治を展開していました。これは、羅尚を退けたあたりで八王や匈奴漢の侵攻など、晋がもはや蜀に構っている余裕がなくなったのも幸いしたのでしょう。中央の争乱が蜀の平穏に資するとは、皮肉な結果もあったものです。ひとまずの平穏を手に入れた李雄はその統治を平時体制に切り替えます。この結果、町中に落し物があってもあえてネコババするものもなく、周辺からは次々と帰属者がやってきていたそうです。
この統治が、ずっと続けばよかったのですが。
【夕刊シチ2月6日号 314年05月】涼州、世代交代! 奇跡の統治
資治通鑑原文2248文字(199/365位)
【登場人物】
・メイン
1/4-慕容廆-2/26
1/12-劉琨-2/10
1/26-王導-3/5
1/27-石勒-2/26
1/17-拓跋猗盧-2/8
2/3-石虎-3/14
・準メイン
1/21-王敦-2/16
1/23-張軌▲
1/25-李雄-2/27
1/25-陶侃-2/27
1/26-劉聡-2/10
1/26-劉曜-2/22
1/26-司馬睿-2/15
2/3-司馬鄴-2/9
【できごと】
中原が騒がしくしている頃、涼州を守っていた張軌が死亡しました。代わって長子の張寔が涼州刺史の地位を継ぎます。統治の世襲をしている時点でもはやほとんど独立勢力のようなものですが、とは言えそれを咎められるほどいまの晋は強くもありませんので仕方がありません。長安の愍帝は引き続き匈奴漢に圧されている状態。一部戦線では匈奴漢軍を跳ね返したりもしていますが、その大勢は終端までの緩やかな下り坂でした。とは言えその匈奴漢もまた劉聡の乱政淫行が大きく取り沙汰され、その先行きの怪しさがこれでもかと強調されます。ついでにいうと必要以上に怪異が盛られているのも、この頃の劉聡政権の状況です。その語り口には「こんなやつら滅びて当然だ」という怨念がべったりしみついている印象です。
この頃、東で石勒は戸籍体勢を整えていよいよ国家運営を本格的とし、北で拓跋猗盧はそのきわめて厳格な統治により匈奴漢に対しての圧力をふたたび強めていました。愍帝政権としてはこれ以上なく心強い援軍です。このためこのタイミングで拓跋猗盧を代王に封じました。この代という封爵地は後々も、拓跋珪が国号を魏と改めても代の国号も併用されていたそうです。中華圏進出としてのきわめて重大な一歩であった、と言えるでしょう。
引き続き江南政権は、愍帝政権を支援している暇がありません。杜弢も暴れていたのに加え、さらには斉万年の乱で悲劇的な散り方をした周処の孫、周勰が決起しました。これは司馬睿政権が地元の者たちを抑えこみ流寓者で政権運営をなした事による不満の爆発でしたが、しかし脅威の寝業師・王導が周氏一門を離間させ、その勢力を無力化させ鎮圧しました。ただしここでとんでもないのが、他ならぬ首謀者であるはずの周勰については決起の罪を問いませんでした。なんでしょうか、このアメとムチぶりが異常です。
各地の情勢が、緩やかですが固まり始めました。ただしどこも気は抜けない、はずです。なのにここで劉聡が皇后を同時に三人立てました。わけがわかりません。マジで何やってんだこいつ。
【夕刊シチ2月12日号 320年01月】マージナルな男! 祖逖、勇躍!
資治通鑑原文4095文字(96/365位)
【登場人物】
・メイン
1/4-慕容廆-2/26
1/26-王導-3/5
1/27-石勒-2/26
2/3-石虎-3/14
・準メイン
1/21-王敦-2/16
1/25-李雄-2/27
1/25-陶侃-2/27
1/26-劉曜-2/22
1/26-司馬睿-2/15
2/8-司馬紹-2/18
2/10-李寿-3/9
2/11-蘇峻-2/21
張駿-3/12
【できごと】
両趙と東晋、周辺に涼、成、拓跋、慕容。西晋崩壊後の情勢が整ってきました。このタイミングで存在感を目立たせるのが、後趙と東晋の間にいる祖逖と、塢主たちです。祖逖の強さは本物であり、石勒がこの段階で劉曜との決戦に臨めずにいたのも、祖逖の南からの押し上げがあったればこそ。一方で両名は認め合ってもおり、敵対しながら通交は禁じないなど、複雑な関係性を築いてもいました。なおこうした戦乱の真っ只中では、洛陽は図体の大きな窓にしかなりません。ある者は趙に、ある者は祖逖らのもとに流れ、街も空虚となったそうです。
この関係性に助けられたのが劉曜です。ひとまず東に急を要さずに済んだため、関中で起こった民族反乱の鎮圧に労力を割くことがかなっています。なおこの頃のタイミングで、のちの前秦につながる蒲洪、および後秦につながる姚弋仲が劉曜の旗下に加わっています。なお劉曜もまた贅沢好みを始め、臣下に諫言を食らって激怒して諫言者を幽閉、さらにまわりから諌められて釈放という、劉聡と同じループにハマっています。懐帝愍帝の呪いでしょうか。
この頃、涼州では統治を開始したはずの張寔が早速殺されました。早すぎる。しかしすぐに下手人を張寔の弟、張茂が捕縛、処断。張寔の嫡子である張駿がまだ幼かったことから、張茂が涼州統治を代行しました。統治者に恵まれすぎている。
では、この当時の東晋はどうだったでしょうか。東晋の建立はふたりの王があったればこそ。東晋建立まわりで言われる有名な言葉、「王と馬、天下を共とす」は、このタイミングで紹介されています。しかしこれ王が先なんですね、やべえ。というわけで王導、王敦がどんどん幅を利かせるようになったため、元帝は恵帝の二の舞になりかねないことに怯え始めました。そこで王導らを冷遇し始めます。すると王導は「やっちまった!」とばかりになんとか権勢のレールから降りようとする振る舞いをするのですが、王敦は態度をむしろ硬化。いよいよ元帝からの下命を拒否し始めます。そして周辺の警戒をよそに武力持てる人材も集め始めます。早くも東晋側に、不吉な気配が漂い始めました。
