ストコフスキーからのメッセージ ショスタコーヴィチ 歌劇「ムツェンスク郡のマクベス夫人」より間奏曲

ストコフスキーからのメッセージ ショスタコーヴィチ 歌劇「ムツェンスク郡のマクベス夫人」より間奏曲

(色々調べ直して全面的にタイトルと説明文を書き直しました。)ショスタコーヴィチ作曲の歌劇「ムツェンスク郡のマクベス夫人」より第3幕、第6場と第7場の間奏曲です。 この「ムツェンスク郡のマクベス夫人」はプラウダ批判により1936年から30年間上演禁止だったいわくつきの作品です。録音当時1958年は「雪どけ」と呼ばれた時期でストコフスキーは積極的にソビエト連邦の作曲家の作品を紹介しています。 この年、ストコフスキーはモスクワでショスタコーヴィチの交響曲第11番を指揮しましたが、この公演にショスタコーヴィチが立ち会っていました。もしかしたら、ストコフスキーは作曲家本人から「ムツェンスク郡のマクベス夫人」の改訂の話を聞いたのかもしれません。(スコアを入手した可能性もあります) ショスタコーヴィチとの会見後の12月、ストコフスキーは、ショスタコーヴィチの初期作品を収録したアルバムを出します。当時、交響曲第1番(1926年初演)は32年前、更に「ムツェンスク郡のマクベス夫人」は上演禁止、かつ20年前の作品であるため忘れられた存在になっていたと思われます。ストコフスキーは、このアルバムで体制に翻弄されていない「真ショスタコーヴィチ」を伝えたかったのではないかと思います。「ムツェンスク郡のマクベス夫人」を収録したのは、その様な意味が込められている様に感じます。1934年:「ムツェンスク郡のマクベス夫人」初演1936年:プラウダ批判により「ムツェンスク郡のマクベス夫人」の上演が禁止1939年:第二次世界大戦~開戦1945年:第二次世界大戦~終戦1945年:アメリカ合衆国とソビエト連邦との間で「冷戦」が始まる。1953年:スターリンが亡くなる。1956年:スターリン批判1956年:「ムツェンスク郡のマクベス夫人」の改訂に着手1956年:改訂稿「カテリーナ・イズマイァ」完成するも上演許可されず。1957年:交響曲第11番完成・初演1958年:4月7日 ストコフスキー 交響曲第11番をアメリカ初演1958年:4月9日,12日 ストコフスキー 交響曲第11番を録音1958年:6月7日 ストコフスキー モスクワにて交響曲第11番を指揮1958年:10月 ストコフスキー 交響曲第5番を録音1958年:12月13日 ストコフスキー 交響曲第1番,前奏曲第14番変ホ短調(ストコフスキー編)「ムツェンスク郡のマクベス夫人」間奏曲を録音1961年:交響曲第12番完成・初演1963年:「カテリーナ・イズマイァ」上演(「ムツェンスク郡のマクベス夫人」の改訂)

http://www.nicovideo.jp/watch/sm36092600