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〜宇佐八幡宮の杉巨樹群〜令和三年初夏 宇佐八幡宮と社叢 岩国市錦町宇佐郷
神社のある場所は 国道434号線沿いにある岩国市錦町宇佐郷で、錦川の支流宇佐川の流れる山里
名勝 寂地峡のすぐ近くである。宇佐郷の名は宇佐神宮より賜ったものらしい。
由 緒
天仁元年1186年 鳥羽天皇の御代 この地の住人 常国太郎左衛門が豊前国宇佐八幡より勧請した。
神社で二度の遷座して花園天皇の頃び現在地に鎮座する。
神殿は江戸時代弘化年間 再建。
錦町(現岩国市重要文化財指定)室町時代の南蛮鉄灯篭も(古い災害で)破損しているが神殿横に保存されています。
宇佐の大杉巨樹群=中でも樹齢900年と推定される境内前の最大の巨樹(二の鳥居前向かって左側)樹高60m周囲7.5m)ほか大木が多くある。正和元年1312年この場所へ遷座した頃すでに大杉があったと言います。周囲は鬱蒼とした杉林である。山口県指定天然記念物。
何もないようだが余分なものがない佇まいがいいのです。
〜巨樹の風景〜 県天然記念物「津田の大カヤ」巨樹 広島県廿日市市津田 真幡(まはた)神社内
佐伯地区の津田にある真幡神社の社殿に傘を差しかけたようにそびえる御神木。
たまに行きたくなる。久しぶりの参拝記録。
樹高35mもある常緑針葉樹カヤの巨樹。県下同種で最大の木である。
モミに似ているが葉の先や果実の形状がが違う(もみの木=葉は先が割れ、果実は球形)
カヤの木は用材としては碁盤や将棋盤に用いられることが多い木でもある。
また、カヤの木の実は、楕円形で果実は鮮やかな緑の肉質の仮種皮に覆われているが熟すと紫褐色となる。熟すと割れて種子を落とすようです。
種子=食用になり アク抜きをして そのまま炒る、餅につき込みなどなどして食すようです。
また油が多いので、昔は灯火用の油(灯明)や食用油などに使われたといいますが見たことはないですよね。探偵ナイトスクープでお寺に保存された油で天ぷら?したのを見た記憶がある(曖昧だけど)
カヤの実、自体をあまり見る機会がないので初めて見ました。綺麗な色をしている。
2021 真夏
*文化財の詳細は県の広島大百科サイト津田の大カヤの項を参照しています。
巨樹のある風景 「老松神社」 防府市御茶茶屋町
老松神社は、防府市御茶茶屋町にあり近くには英雲荘があり(昔の毛利藩の公式な御茶屋遺構)三田尻あたりは海の側で毛利水軍の御船倉などがあった。
老松神社=娑婆(さば)氏の氏神として祀られたものが始まりで、須佐神社と言われたものが、のちに貞観年間に老松神社と号したと言われている。
娑婆氏=土師氏(はじし)のことだと思われます。wikiで見ますと土師猪手という方が周防で娑婆連を賜ったと言われているそうで奉斎者はその一族なのでしょうか?
古代豪族 菅原氏も土師氏に連なり同族であった。
菅原道真が太宰府に流されたおり暖かくもてないしたのは国司の土師氏で、日本で最初に菅原道真を祀ったと言われる防府天満宮が鎮座するまち。
天神さまも祭神として合祀されている。
前に長い動画で1回作ったがデーターが出てきたので個別に改めて作り直した。
【車載】 大きな樹を見に行った 【のち散策?】
目的地;埼玉県越生町「上谷の大クス」。東京近郊でもこんなに大きな樹があります。何度か行ったことがある場所だけど、久々に行きたくなった。せっかくなのでテストを兼ねて車載動画に挑戦。・・・カメラをもっとがっちり固定しないとね、、、orz
山口県の神社巡り 清流の町錦町 府谷・須川 河内神社三社巡拝編 岩国市錦町
清流錦川流域錦町の神社巡りと日本の風景 河内神社三社の紹介。
前回は旅動画・・今回は神社編です。二ヶ所の画像データ追加しました。
府谷の河内神社 川沿いの道の駅ピュアラインにしきにあり。明るくひらけている。
須川 河内神社 社殿も古いが彫刻もいい。大杉が多い 手水鉢がも面白い。
江龍寺 俊道様 下の病を癒す徳のある寺院。俊道大和尚の墓所へお酒を供えて祈願する。
上須川 河内神社 宇佐川沿いの上須川にある渓流沿いの御社。境内に岩国市重要文化財指定の大杉がある。スズメバチが飛んできたので本殿の写真は無しです。国道から少しだけ入った場所でちょっとだけわかりずらいです。
領主(開拓者?)讃井清原兼道により創建されたと伝わるらしいです。神木の高さなどデーターがサイトにより違いがあるが岩国市のHPを参照しています。
<天然記念物ツクバネガシ巨樹と冬姿の鎮守の森> 友田「速田(はやた)神社」 広島県廿日市市友田
蔓延防止で遠出できないので旧佐伯町の神社。広島県西部 廿日市市友田 速田(hayata)神社へ。雪が数日前に降り寒い天気だった。節分は過ぎたが冬の姿。ここは季節ごと定期的に観測に行っています。
すいませんタイトル間違ってた(以前の初夏の頃のタイトルよみこんだので)訂正した^^;人
ここは広島県天然記念物ツクバネガシの巨樹が参道入り口にある。樹高27メートル(広島文化大百科のHPでは37M?の記載ありどっちだw)もあるもので県内で同種では一番大きい。
廿日市市の宮内から県道30号線(旧津和野街道)を上り津田の手前の友田地区にあり。
昔は確かこの辺は友和村と言われていたところで、県道沿いに友和公民館が近い(裏にPあり)
神社すぐ手前に岩組バス停、友和公民館前にバス停があった。神社は駐車場無し。
境内は鎮守の森があり背後も山。拝殿は絵馬がかかり吹き抜け。本殿も流造のいい姿です。
本殿の脇障子には彫り物が見える。基本行事でもないと普段は誰もいないみたい。
雰囲気は良い。今回5目かな。
令和4年 寒の明けに
獺祭〜千年杉【岩国市周東町の山間】「川越地区」を行く!(1)〜獺越(おそごえ)三瀬川(さんぜがわ)〜 山口県探検 岩国市周東町(川越地区)
日帰りで岩国市周東町へ半日ほどの初見探検です。この地域は川上地区までしか行ったことがないので初めて。国道2号線から県道5号周東美川線を行く予定が道を間違えてしまいまして、まずは蓮華山の麓にある谷津地区へ
県道5号へ入ると獺越地区〜三瀬川地区まで行きました。初めてなんで見落とし、いけなかったところもあると思います。
その1の内容
1玖珂町の谷津・比叡神社 2隕石発見石碑 3丹生河内神社(さんざん探してニノ鳥居まで・・スズメバチがきたあああ。残念)3旭酒造 獺祭ストアの風景。
その2の予定 獺越 河内神社周辺 三瀬川の川越大神宮辺り 川上の鮎原劔神社へ
撮ったつもりが間違って削除したか・・集落あたりの写真がない また行くつもり。
蛇漬渕とか三瀬川 河内神社へ行き損ねておる。檜余地(ひよじ)地区もいってないです(八代に近いあたりらしい400m越えの標高)東川(島田川系)、根笠川(錦川系)の源流地帯。
獺越(おそごえ)とは周北小学校のサイトによれば、昔々下の川上村でカワウソが人をよく馬鹿して里人が追いかけこの辺りまできたから獺越え・・と言われたという話もあるそうです。
【広島県の神社巡り】 筒賀(筒賀)大歳神社の大銀杏と大瀛(だいえい)和上生誕地 安芸太田町筒賀
安芸太田日帰り散策の2 筒賀大歳神社=昔、鶴のお陰で耕作に良い土地が見つかりそこの大銀杏に祠を建てたのが始まり。落穂大明神ともいわれたお社で治承年間(1177~80年)頃の創建 だそうです。
御祭神は天真鶴の命 以上広島大百科HP参照
大銀杏=樹齢1000年以上の御神木。
後半
浄土真宗の偉人です。
大瀛和上(だいえいわじょう)=浄土真宗の学僧で芸轍(げいてつ)浄土真宗安芸学派の指導者的存在の僧侶。江戸時代に起こった本願寺の大事件〜三業惑乱事件で活躍した人。
真宗を異端説から守った学僧である。真宗=自力の心を振り捨てての絶対他力ですからね。
安芸太田町筒賀の出身でありその最初に修行(学んだ)寺も今も残る。また分骨の墓所が設けられている。
注釈 三業惑乱事件〜江戸中期、本願寺の学林で三業安心説が唱えら=三業(身、口、意)により阿弥陀へ帰命すると救われるとする説に対し、自力的な教説であると古義派(芸轍の代表大贏〜だいえい〜)など在野の学僧が大論戦し僧、門徒を含め揉めて流血事件まで起きたたと云う最後は幕府介入により論争が江戸で行われ古義派が勝利し異安心は退けられた。
本願寺は100日の閉門処分を受けたと云う。また関係した何人もの僧が遠島処分や牢獄で拘留中で亡くなるなどした。 wki記事による。
【西国街道 廿日市宿場跡】厳島神主家 桜尾城の鎮守「 廿日市 天満宮 」(二)旧別当寺正覚院と「巨樹 千年楠 」
後半は旧別当寺正覚院と山頂の千年「大楠」など 少しパワスポ編です。*西側の眺め〜鐘楼〜正覚院〜千年楠巨樹〜参道を下る。参道大鳥居近くの今が盛りの蝋梅(2月12日に再度訪れた終わってました)
旧厳島神主家の守護神で、廿日市駅の南側にあり電車からも見える目立つ天神山(篠尾山)
明治後、天満宮と真言宗 正覚院(寺伝では行基開基とも言われ相当古いようです)に分離された。
天神の創建は古く鎌倉時代承久2年(1220年)文官の中原親能(大江広元の兄)の一族中とも言われるている鎌倉幕府・御家人藤原親実が、厳島神主に任命され、桜尾城に着任 天福三年(1233年)笹尾山に荏柄天満宮より守護神として神霊を勧請したものと伝わる。
のち藤原氏は鎌倉末期安芸国へ下向し国人領主化した。
篠尾山は厳島神主家の居城「桜尾城」(三方を海に囲まれていた)の支城の一つであったという。今山は小さくなっていますが・・・。
戦国末期 厳島神主家が滅んだ後も大内氏が祭祀を命じていたらしいですが、大内氏も滅び次第に衰微してしまう。江戸時代の慶安5年町の氏子の寄進がおこなわれ社殿が再興され傍らの神宮寺と共に神仏習合しており「別当寺天神坊」と呼ばれた。のちに新宮神社(下平良)、八幡宮(佐方)も勧請され〜 旧廿日市全域の鎮守・総氏神として続いてきたという。 神社庁、廿日市天神HP縁起参照。
廿日市総氏神 廿日市天満宮(1)(新宮社も勧請されている)sm38258080
新宮神社(藤掛城主が建立した〜下平良の氏神)sm38156694
西国街道を少し進んだ宮内にある 宮内天王社(宮内上組の氏神)sm37969384
桜尾城支城があった藤掛山の広田神社 sm36972757
少し西にある厳島神社外宮 地御前神社 sm3738415
上平良にある二ノ宮 延喜式内社名神大社 速谷神社 sm35298947
<天然記念物ツクバネガシの巨樹と紫陽花> 友田「速田(はやた)神社」R3 広島県廿日市市友田
緊急事態明け今年初めて旧佐伯町の神社。広島県西部 廿日市市友田 速田(hayata)神社へ。天気で暑すぎず蒸し蒸しもせずいい日和でした。ここは季節ごと定期的に観測に行っています。
ここは広島県天然記念物ツクバネガシの巨樹が参道入り口にある。樹高27メートル(広島文化大百科のHPでは37M?の記載ありどっちだw)もあるもので県内で同種ではおそらく一番大きい。
廿日市市の宮内から県道30号線(旧津和野街道)を上り津田の手前の友田地区にあり。
昔は確かこの辺は友和村と言われていたところで友和公民館が近い(Pあり)
神社すぐ手前に岩組バス停、友和公民館前にバス停があった。
境内は鎮守の森があり背後も山。拝殿は絵馬がかかり吹き抜け。本殿も一間社流造のいい姿です。
本殿の脇障子には彫り物が見える。基本行事でもないと普段は誰もいないみたい。
雰囲気は良い。今回4目かな。
今年は緊急事態で錦帯橋の紫陽花や菖蒲の花を見損ねたので紫陽花が見れてよかった。
この日は湿気も少なく紫陽花も満開で、もみじの色も新緑も上々。
令和三年梅雨の合間に
☆☆【広島市の神社巡り】♪♪ 太田川左岸「大歳神社」神社詳細版 広島市佐伯区湯来町下836(広島市飛び地)
西中国山地の山あいの里 広島市佐伯区湯来町下 広島市神社巡り紹介。
よろしくお願いします^^;人 この雰囲気上ここは音楽と字幕・映像のみ
(この前に湯来町下の大歳神社を出て)国道433号で国道191号沿いの太田川左岸へ出てJR水内駅跡へ
→太田川と水内川の合流点に位置する湯来町飛び地 旧可部線水内駅跡
大歳神社と広島市天然記念物=ムクロジの大木
この辺りでは水運(昔は産品の運搬には川舟による舟運の輸送が盛んで従事する人も多かったようです)
田園地帯の鎮座する湯来町下松原 大歳神社 sm41731873
次は津浪河内神社詳細版 voice peakが来るのでをテストしてみるかな。
関ヶ浜 妙見山~和木町指定天然記念物「大ヒノキの巨樹」を訪ねて 玖珂郡和木町
山口県玖珂郡和木町の関ヶ浜 妙見山。小瀬川沿いにあり旧吉川氏領。あいにく曇りなのであるが10年ぶりに20分くらい登山してきた。登りやすい山ですね^^階段きついけど。晴れたらまた行こう。
妙見神社 旧社殿の残る山頂下境内にある和木町指定天然記念物「大ヒノキ」の巨樹です。
神社が麓へ降ろされてからだいぶたち以前にくらべ境内はだいぶ荒れてた感じ木の枝や落ち葉が積もる静かなんだが米軍機が時折爆音を立てる。
妙見社〜戦国期の1556年(弘治2年にはすでにあったようです)〜(妙見神社)山上に今も拝殿、本殿の建造物はそのまま神社を遷座した。登山口から3分〜5?
程度登ったところの鳥居側に新しく(もう大分前だが)小さな社殿を建立している。
昔々地元の禅僧が妙見菩薩の霊夢を見て掘り出した神鏡を神体とし村人が守り神として妙見様を祀った神社。
この日は曇りで森の中は暗くて写りが悪い、この数日前事前調査で少し歩いたが森が綺麗でしたまた登りたい。
真言宗の古刹 「上不見山 極楽寺」 広島県廿日市市(極楽寺山山頂付近)
廿日市市の極楽寺山693m山頂付近にある古刹。1200年を超える歴史がある。
本堂は毛利元就の寄進で再興されたもの。天明年間大きな修理が行われているらしいので、現存する本堂建立時の永禄年間の木材は少ないという。
周囲はモミの原生林があり大変自然豊かな場所。時に野猿の姿もある。
正規の参道は登山道であります。この日も登山客が何組かいましたね。
残念なのはよく知らないため寺務所横の赤樫の巨樹を見忘れたこと^^; 何度来てるかダメだね。
境内展望所からは広島湾の島々が見える。
他に蛇の池があり、睡蓮が夏には咲いて綺麗です。周りを散策できます。
阿弥陀大仏様 は今期は参拝せず。
同山にいたナナフシsm39550620
音楽
のる様作 ニコニコ・モンズより
「雫 ~優しく穏やか メロディックなピアノソロ~」
旧山陽道沿いを散策〜「防府の国分寺から佐波神社・多々良大仏〜周防国衙跡へ」 山口県防府市
山口県防府の国分寺〜古代の周防国衙跡(すおうこくが)古代政庁の遺跡跡 まで行きました。
ダイジェストで。やや解像度は落ちます。720p
武光家(防府天神 旧大宮司の邸宅あと)
国分寺(聖武天皇が日本の各国へで建立したもの)
周防国衙跡
佐波神社
毛利庭園(毛利邸)
多々良大仏堂(お寺は廃寺毛利邸の場所にあったらしい)
防府天満宮
宮市観音(天神さん門前町にある)
音楽 のる様作 ニコニ・コモンズ
mountain breeze~爽やか&軽快なピアノソロ~
忘却の都~ノスタルジックなBGM~
山口県天然記念物 宇佐 八幡宮「大スギ群」 岩国市錦町宇佐
宇佐八幡の大杉群 岩国市錦町宇佐の鎮守社。寂地峡近くにある神社で宇佐神宮を勧請した古社。
天仁元年1186年 鳥羽天皇の御代 この地の住人 常国太郎左衛門が豊前国宇佐八幡より勧請した。
神社で二度の遷座して花園天皇の頃び現在地に鎮座する。
神殿は江戸時代弘化年間 再建。
錦町(現岩国市重要文化財指定)室町時代の南蛮鉄灯篭も破損しているが神殿横に保存されています。
今年5月に参拝した。
宇佐の大杉巨樹群=樹齢900年と推定される境内前の巨樹(樹高60m周囲7.5m)ほか大木が多くある。正和元年1312年この場所へ遷座した頃すでに大杉があったと言います。周囲は鬱蒼とした杉林である。山口県指定天然記念物。
別垢の神社動画から巨木関係を整理編集し直した。
夏の終わりに西ノ松原を抜け「厳島神社」境外 摂社「大元神社」と大元公園にある楠の大木
宮島の大元浦大元公園入口に鎮座します。厳島神社境外 摂社 大元神社
御祭神=国常立尊、大山祇神、保食(うけもち)神。
相殿=最初に社殿を立てた佐伯鞍職)
諸説あるらしいですが厳島神社よりも古いとも云われ、島の地主神を祀るともされる神社。
大元浦(水族館の少し西の大元公園入口あたりにある)大元浦は厳島合戦における陶晴賢と大内軍団の上陸地点でもある。
七つの摂社末社をめぐる御島廻神事の最後の配所でもある。また夏の大祭〜管弦祭でも管弦船が寄港し祝詞や管弦が奏される。
厳島神社HP記載にによれば 創建は不詳ながら仁安三年(1168)の佐伯氏の記録に大伴社として記載されているそうです。
社殿も古く大永三年(1523年)再建。屋根が独特で長板葺=六枚重ね三段葺(他になく大元葺きとも云われるそうです)。
本殿内陣の玉殿=柿葺で一間社流 見世棚造りで三殿あり 嘉吉三年建立(1443年)本殿より古い。
大祭は一月二十日の百手祭(弓の神事)
音楽=のる様作 鎮守の森~和風&アンビエントなピアノソロ~&KANADE ~ゆったりリラックス系 ピアノソロ~