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3月5日のラッキー市町村「石岡市」
古くは常陸国の中心地として栄え、商業都市として発展してきた石岡市は、霞ヶ浦と筑波山塊をもつ歴史と自然を楽しめるまちです。
霞ヶ浦の高浜入り江は釣り人たちや野鳥愛好家が訪れます。
その自然を生かしたナシ、カキ、クリ、ブドウ、ミカン、イチゴ、ブルーベリーなどの果樹栽培も盛んで、フルーツパラダイスとしてシーズン中にはもぎとり体験もできます。
茨城県フラワーパークは世界のバラ3万本が咲き誇り、香りに酔いしれることができるバラの楽園です。
東筑波ユートピア、ダチョウ王国など親子で楽しめる施設も点在します。
また、関東の灘の異名をとる清酒造りや醤油や味噌などの味覚も豊富。
9月に行われる石岡のおまつりは、関東三大祭りに数えられ、いさましく元気な幌獅子(ほろじし)や山車など40台が市内を巡行し、3日間のまつり期間中40万人以上の観光客が訪れます。
3月5日は「スチュワーデスの日」
東京航空輸送社が1931年2月5日に実施した日本初のスチュワーデス採用試験の結果がこの日に発表されたことに由来しています。客室常務員という表現が現在では正式とされていますが、初期には男性乗務員は「スチュワード」「パーサー」、女性乗務員は「エアホステス」「エアガール」と呼ばれていました。
最近までは「スチュワーデス」と呼ばれていましたが、1980年代以降アメリカにおける「ポリティカル・コレクトネス」という言葉や用語に社会的な差別・偏見が含まれていない中立的な表現や用語を用いることになりました。
そして性別を問わない「Flight Attendant(フライトアテンダント)」という単語に言い換えられた影響で、この和訳である「客室乗務員」という言葉が正式とされるようになりました。
3月4日のラッキーキノコ「シイタケ」
キノコを思い浮かべて下さいと言われたら、ほとんどの人はシイタケをイメージするのではないでしょうか。
グルタミン酸などの旨み成分が豊富で、数あるキノコの中でも知名度、人気ともに高いもののひとつですよね。
キノコは秋の味覚のイメージが強いですが、実は、シイタケは秋以外の3月から5月の春も美味しい季節です。
美味しい上に日本料理の出汁にも欠かせない食材のシイタケは、茨城県では常陸大宮市や城里町といった県北地域で栽培されています。
シイタケは、およそ9世紀頃に中国から伝来して、当時は高級な食材でした。
それは、現在のように栽培が出来なかったため、自生したものを採取するしかなかったためです。
江戸時代の頃から、原木に傷を付けるなどの工夫をした半栽培が行われるようになりました。
しかし、シイタケの胞子が原木に付着して、シイタケ菌の生育が見られるかどうかは全くわかりませんでした。
当時のシイタケ栽培は、成功した場合の収益は相当なものでしたが、失敗した場合は全財産を失うほどの損害となる、一種の博打だったそうですよ。
3月4日は「バウムクーヘンの日」
バウムクーヘンは、ドイツ語で「木のケーキ」という意味で、樹木の年輪を思わせる切り株のような形をしたケーキです。
年輪が延々と歳を重ねる縁起の良さを連想することから、日本ではめでたい贈答品の贈り物として好まれ、結婚式や祝い事の引き出物として使われることがあります。
記念日の由来は1919年3月4日に、広島県にあった広島県物産陳列館で行われた「ドイツ作品展示会」にて、カール・ユーハイムという人物がバウムクーヘンの製造販売をしたことに因んでいます。
このカール・ユーハイムは、兵庫県神戸市中央区三宮町にて「株式会社ユーハイム」の前身である「ユーハイム」という喫茶店を開店した人物として知られています。
世界大戦や関東大震災などの被害を受けつつも、彼が残した洋菓子の味や精神は今日も受け継がれています。
3月3日は「雛祭り」
雛祭りは、女の子のすこやかな成長を祈る年中行事です。
雛人形、桃の花を飾ってお祝いをする節句のお祭り。
雛あられや菱餅を供え、甘酒を飲んだりもしますよね。
雛祭りには、祭りが終わった後も雛人形を片付けずにいると結婚が遅れるという話は昭和初期に作られた俗説があります。
これは、旧暦では梅雨が間近にあるために、早く片付けないと人形や絹製の細工物に虫喰いやカビが生えるから、というのが理由だとされています。
ですが、地域によっては「おひな様は春の飾りものなので、季節の節できちんと片付けるなどのけじめを持たずにだらだらとしていると、嫁の貰い手も現れない」という、躾の意味からもいわれていたりするそうです。
3月3日のラッキー雛祭り「真壁のひなまつり」
「真壁のひなまつり」は、真壁の地を訪れる人をもてなしたいと、住民の呼びかけによって初められたもので、回を重ねる毎に規模が大きくなり、今年12回目となります。今では、人形を飾る家が160軒にも上るそうです。江戸時代から文化・産業の中心地として栄えた面影が色濃く残る市街地には、266棟を越える見世蔵、土蔵、門などが独特の町割りのなかで息づき、そのうち99棟もの建物などが国の有形文化財に登録されています。春の訪れを感じながら、優しいもてなし、華やかなひな人形、文化財に登録されている家も多い古い町並みのを楽しむことができるなんてとっても贅沢なおひなさま巡りですね。
2月28日のラッキー工芸品「粟野春慶塗」
春慶塗(しゅんけいぬり)は漆塗りの技法の一つで、天然の木目の美しさをそのまま活かし、透き漆と呼ばれる透明の漆が用いられています。
軽くて丈夫なのが特徴で、盆などの板物・重箱などの曲物、茶托などの挽き物などに多く用いられています。
粟野春慶塗は、岐阜の飛騨春慶(ひだしゅんけい)、秋田の能代春慶(のしろしゅんけい)とともに、日本三春慶の一つに数えられる伝統の漆工芸です。
室町時代、稲川山城主・源義明が現在の城里町で始めたといわれる粟野春慶塗(あわのしゅんけいぬり)は、最も古い歴史をもつ春慶塗として知られています。
別名「水戸春慶」とも呼ばれていて、徳川光圀公も、御用塗り物師を召し抱えて奨励していました。
2月28日は「ビスケットの日」
ビスケットの日は全国ビスケット協会が1980年に制定しました。
1855年のこの日、パンの製法を学ぶために長崎に留学していた水戸藩の柴田方庵(しばたほうあん)が、水戸藩の萩信之助(はぎ・しんのすけ)にパン・ビスケットの製法を書いた「パン・ビスコイト製法書」を送りました。
これが、ビスケットの製法を記した日本初の文書とされています。
また、ビスケットとはラテン語で「2度焼かれたもの」という意味であることから、「に(2)どや(8)かれたもの」の語呂合わせの意味も持たせています。
2月27日のラッキー公園「水戸市森林公園」
水戸市森林公園は昭和43年に明治100年を記念して、水戸市の市有林を使って整備が始められ、公園遊具が設置されました。
昭和57年には恐竜広場が完成、更に平成に入ってからは、森のシェーブル館や、公園事務所も入っている森の交流センターが建てられました。
水戸市森林公園は、東西に長く約140ヘクタールの丘陵地帯に広がり、自然の起伏がそのまま生かされています。
毎年水戸市主催の植樹祭が続けられ、市民が植えた木は1万本近くになるのだとか!
今年の植樹祭は3月1日土曜日。
植樹の申し込みは残念ながら終わってしまいましたが、緑あふれる公園になるよう、ウメ子も参加者の皆さんを応援しています!
2月27日は「ポケットモンスター赤・緑が発売になった日」
1996年の2月27日、ゲームボーイのソフトとして「ポケットモンスター赤」と「ポケットモンスター緑」が発売になりました。
ポケットモンスター、通称「ポケモン」は自分が主人公になって冒険をする「ロールプレイング」ゲームです。
ポケモン、と呼ばれるふしぎな生き物があちこちにいる世界。
プレイヤーはマサラタウンにすむ少年になって、「カントー」と呼ばれる地方を冒険します。
旅の中でさまざまなポケモンと出会い、それらを捕獲してポケモン図鑑を完成させることがおおまかな目標です。
アニメやグッズなどの展開もあり、今もなお世界中の人たちに愛されているポケモン。
皆さんが初めて出会ったポケモンは何でしたか?
初代ポケットモンスター発売日の今日は、あの頃の冒険を思い出してみてはいかがでしょうか?
2月26日は「脱出の日」
1815年のこの日、エルバ島に流刑されていたナポレオンが島を脱出してパリに向かったことに由来しています。
ナポレオンはコルシカ島の出身。
フランスの士官学校を出て若い頃から戦術の天才として注目されていました。
やがて皇帝となってヨーロッパの大半を支配下に置く大帝国を築きましたが1812年冬のロシアで惨憺たる戦績となったのを境に運勢が降下。
1814年退位に追い込まれて、地中海のエルバ島に流されました。
『余の辞書に不可能の文字はない』といっていたナポレオンですが、このエルバ島にきて
「Able was I ere I saw Elba.(エイブル ワズ アイ エル アイソー エルバ)(訳:エルバ島を見るまでは、私に不可能はなかった)」
といったと言われています。
この文章じつは回文になっているんですよ!
2月26日のラッキー市町村「ひたちなか市」
ひたちなか市は茨城県のほぼ中央部からやや北東に位置し、上野駅から特急で約70分の距離です。
東京から仙台を結ぶ国道6号はひたちなか市の西側を、海岸寄りには国道245号が通じており、ともに交通の中心となっています。
近年、常磐自動車道に加え北関東自動車道、東水戸道路と高速道路も整備され、首都圏や北関東からのアクセスも便利です。
夏にロックフェスティバルが行われることで有名な国営ひたち海浜公園や那珂湊おさかな市場、現在は第三セクターで運営しているひたちなか海浜鉄道なども観光客の人気を集めるスポットですが、ここひたちなか市の大島公園には多くの白鳥が飛来し、優雅に泳ぐ姿を身近で観察することができます。
寒波の影響などで数の増減があるといわれますが,ここ数年10羽程度ずつ増加しているようです。
飛来時期の10月中旬から3月下旬ごろまでは白鳥が羽を休め、人々の目を楽しませてくれます!
2月25日は「ルノワールの生誕日」
ルノワールは、フランスの印象派の画家です。
本名は、ピエール=オーギュスト・ルノワール。
風景画、花などの静物画もありますが、代表作の多くは人物画で、特に晩年は豊満な裸婦像などで独自の境地を開拓しました。
日本など、フランス国外でも人気の高い画家として知られています。
ルノワールは、17歳の時に磁器の絵付け職人としての仕事を失っています。
それから画家を目指し、4年後に「エコール・デ・ボザール」という国立の美術専門学校に入学します。
そこで先生から「君は自分の楽しみのために絵を描いているようだね」と言われたところ、ルノワールは「楽しくなかったら絵なんか描きませんよ」と答えたそうです。
まさに「好きこそものの上手なれ」ですね。
2月25日のラッキー美術館「笠間日動美術館」
1972年に創業した日動画廊の創始者・長谷川仁氏の故郷である笠間に建設されたのが、この笠間日動美術館。
もともと画商から始めた美術館のため、地方美術館としては飛び抜けたコレクションの数を誇っています。
なだらかな丘に沿うように建てられた笠間日動美術館は、敷地内に3つの展示館があり、それぞれテーマごとに展示を行っています。
日本近現代の作品をはじめ、フランス印象派からエコール・ド・パリの巨匠の作品のほか、洋画、彫刻、写真など、年間を通じて幅広いジャンルの作品を展示しています。
そんな「笠間日動美術館」のコレクションの中でもユニークな物と言えば、パレットコレクションです。
長谷川氏が親交を深めた画家たちから譲り受けた340点以上という世界に例のない美術史的にも貴重なコレクションなので必見!
国内外の著名な画家が愛用したパレットには、その画家の好む主題が描かれていて、とても見応えのある展示になっています。
2月24日は「鉄道ストの日」
1898年のこの日に日本初の鉄道ストライキが実施されたことに由来しています。
このストライキは、賃上げ等の待遇改善にくわえて、「機関方」を「機関手」、「掃除夫」を「機関生」というような職名改称による労働者の地位向上もかかげ、日本鉄道の機関士ら400人がストライキに突入し、東北本線上野駅から青森駅間の全線で約二週間列車が運休する事態におちいりました。
「今日は、バス会社でストライキがあるから、途中まで歩かなくちゃならないよ」なんて会話が以前はあっただなんて、なんだか想像できないウメ子なのでした。
2月24日のラッキー鉄道「東北本線」
東北本線は、東京都千代田区の東京駅から岩手県盛岡市の盛岡駅を結ぶ東日本旅客鉄道の鉄道路線です。
かつては国鉄・JRの在来線の中では営業キロ最長を誇っており、東北新幹線開業までは昼行特急では上野と仙台を結ぶ「ひばり」、上野と盛岡を結ぶ「やまびこ」、上野と青森を結ぶ「はつかり」、夜行寝台特急では「はくつる」、「ゆうづる」をはじめとした優等列車群が頻繁に走る特急街道でした。
みなさんは、東北本線にも、茨城県に存在する駅があるのをご存知ですか?
古河駅は、茨城県古河市本町一丁目にある東北本線の駅です。
東北本線は区間でその愛称を定めていて「宇都宮線」と呼ばれています。
古河駅には、上野駅発着系統と、新宿駅経由で横須賀線に直通する湘南新宿ラインが停車します。実は、1885年7月16日に日本鉄道の駅として開業し、茨城県内で最初に設置された駅でもあるんですよ!
2月21日のラッキー美術館「つくば美術館」
茨城県つくば美術館は、水戸市にある茨城県近代美術館の分館です。
絵画・陶芸・写真・書道など、ジャンルを問わず様々な作品が楽しめる参加型美術館です。
つくば美術館には貸しギャラリーがあり、第1第2展示室を借りることができるので、個展やグループ展などの展覧会活動にうってつけです。
今日現在の貸しギャラリーでは、23日日曜日まで、筑波大学の修了制作が展示されています。
筑波大学大学院博士前期課程芸術専攻の学生による修了制作展で、洋画・版画・日本画・彫塑(ちょうそ)や、ビジュアルデザイン・プロダクトデザイン・建築デザインなどの作品が展示されています。
つくば美術館は「つくば文化会館アルス」の建物内にあり、周辺には「つくば市立中央図書館」やコンサートなどを開催できる「アルスホール」もある、いわばアートスポット。
散策ついでに、気軽にアートに触れられ参加できるつくば美術館に足を運んでみてはいかがでしょうか?
2月21日は「漱石の日」
作家・夏目漱石に文学博士の称号を贈ると文部省が伝えたのに対し、漱石は「自分には肩書きは必要ない」として、博士号を辞退する旨を書いた手紙を1911年の今日、時の文部省専門学務局長に送ったことに由来しています。
なかなか勇ましい由来ですね。
博士号を辞退した1911年8月、漱石は
「戦争以降一等国になったんだという高慢な声は随所に聞くようである。なかな気楽な見方をすれば出来るものだ」
と、ある講演会で述べました。
その頃、日露戦争に勝利した日本は次第に大国意識をもつようになっていました。
しかし現実は、多大な犠牲をはらい国力の疲弊化と閉塞感は大きなものでした。
かつては日露戦争を支持した漱石も、それらを感じ取り、国家を敵とする見方が芽生え始めていたようです。
2月20日のラッキー豆「常陸大黒」
「常陸大黒(ひたちおおぐろ)」は、平成14年に茨城県が育成したベニバナインゲンのオリジナル品種です。
その名の示すとおり、一粒の重さが約2gと大粒で、光沢のある美しい黒色が特徴です。
常陸大黒は、茨城県の特産品となっており他県では生産されていません。
茨城県だけのオリジナルブランド豆なんです。
涼しい気候を好む常陸大黒は、茨城県の中でも北部の中山間地域に位置する「北茨城市」、「高萩市」、「常陸太田市」、「大子町」、「常陸大宮市」を中心に栽培されています。
今日、常陸大黒を使ったお菓子を食べたあなたは?
黒大豆の3倍含まれているアントシアニンの効果で、いばラッキーな若さを手に入れられるかも!?
2月20日は「メトロポリタン美術館が開館した日」
メトロポリタン美術館はニューヨーク市マンハッタンにある世界最大級の美術館。
その歴史は1866年にまでさかのぼります。
当時アメリカ合衆国には国際的規模の美術館が存在していませんでした。
このことを憂えた法律家ジョン・ジェイが、パリのアメリカ独立記念日を祝う会合の席上にて、美術館の設立構想を訴えたのが設立のきっかけです。
その4年後の1870年2月20日に多くの芸術家、美術収集家や実業家たちの努力が実り、メトロポリタン美術館が開館することとなりました。
当時、メトロポリタン美術館は現在の位置よりも南にありました。
1880年3月30日に現在の場所で開館し、1888年現在と同じ外観をもつこととなりました。
2月19日のラッキー市町村「北茨城市」
北茨城市は茨城県最北端に位置し、北は福島県いわき市に隣接しています。
北茨城市の東は太平洋に面し、西は阿武隈高地があり、大北川(おおきたがわ)、塩田川(しおたがわ)、里根川(さとねがわ)などの河川が発達しています。
シャクナゲの群生で知られる花園神社を中心に、新緑や紅葉の美しい花園渓谷はハイキングをする人たちの人気スポットとなっています。
また、美しい海岸線には平潟(ひらかた)漁港や五浦(いづら)海岸、二ツ島(ふたつしま)などの見所もあり、多くの観光客でにぎわいます。
良質な温泉・鉱泉が湧き出し、北茨城温泉郷としても知られ、中郷、磯原、五浦、湯の網などの温泉地に民宿、旅館が建ち並び、ほとんどの宿では冬の味覚の王様・アンコウ鍋が味わえます。
2月19日は「天地の日」
ポーランドの天文学者で地動説を提唱したコペルニクスの1473年の誕生日に由来しています。
地動説とは、地球が動いている、という学説のことで天動説に対義する学説です。
15世紀に入って大航海時代が始まると、星の見え方から船の位置を知るという実用上の理由で、天文学がいっそうさかんに研究されるようになりました。
観測技術が進歩するにつれて、惑星の位置予測がずれるなどプトレマイオスの天動説では説明できない事柄も明らかになりはじめ、天動説に疑問をいだく学者も出てきました。
そんな中で、地球が宇宙の中心にあり天球が回転しているとするプトレマイオスの天動説のつじつま合わせ的な説明に疑いをもったのがコペルニクスです。
コペルニクスは、宇宙は数学的にもっと合理的な運動をしているのではないか、と考え、太陽を宇宙の中心におき、そのまわりを地球をはじめとした惑星が回転しているという宇宙の姿を考えました。これが地動説です。
2月18日のラッキー鉄道「ひたちなか海浜鉄道」
「ひたちなか海浜鉄道」は、2008年に茨城交通から湊線を引き継ぎ、ひたちなか市と茨城交通が出資する第三セクター方式の鉄道です。
勝田駅から旧那珂湊市街を経由して、阿字ヶ浦駅までの合計9駅・14.3キロを運行しています。
車窓からは、のどかな田園風景を抜けると海が見えてくる、とっても景色のよい路線なんですよ。
沿線には、ロックフェスの開催でも有名な「国営ひたち海浜公園」や、茨城県内でも屈指の鮮魚市場である「那珂湊おさかな市場」、年間100万人の観光客が訪れる「アクアワールド大洗水族館」などの観光名所があります。
「ひたちなか海浜鉄道」の車両は、全国的にも珍しくなった昭和中期製造のディーゼルカーがいまだに現役で頑張っています。
2月18日は「冥王星が発見された日」
冥王星は、1930年2月18日、アメリカにあるローウェル天文台に務めていたクライド・トンボーによって発見されました。
この星はプルートと名付けられました。
プルートとは、ローマ神話において自らの姿を消すことができる、冥界を司る神の名前に由来しています。
また、発見の14年前である1916年に、計算でその存在を示唆したローウェル天文台の所長、パーシヴァル・ローウェルのイニシャルであるP.L.にも因んでいます。
このパーシヴァル・ローウェルは、存在を示唆した同じ年の1916年にこの世を去っており、クライド・トンボーが彼の意思を継いで発見に至ったのでした。
2月17日のラッキー水産物「シラウオ」
明治から昭和の時代に、霞ヶ浦と北浦の風物詩として知られた帆びき船がありますが、この帆びき網漁で獲っていた魚の一つがシラウオです。
シラウオは、体長10cmほどの魚で、普段の体色はほぼ無色透明、死後には白く不透明に変色するという特徴を持っています。
シラウオは、茨城県では霞ヶ浦や牛久沼に生息しています。
料理では天ぷら、卵とじ、お吸い物などで食べられていて、高級食材としても扱われていますが、煮干しで食べるのが地元流なんですよ!
2月17日は「天使の輝きの日」
「天使の輝きの日」は、1978年に北海道の幌加内町(ほろかないちょう)母子里(もしり)地区にて、非公式ながらも日本での最低気温記録となる、氷点下41.2度を記録したことに因んでつけられました。
「天使の輝き」とは、「細氷」、「ダイヤモンドダスト」のことを指します。
ダイヤモンドダストとは、大気中の水蒸気が凍ってできた、ごく小さな氷の結晶が空から降ってくること。
このダイヤモンドダスト、本来は北海道などのとても寒い地域で発生するのが一般的なんですが、実は、茨城県でも観察されたことがあるんです!
2005年2月9日、早朝のつくば市で、気温が-2℃だったにもかかわらず、短時間ではありますが、ダイヤモンドダストが出現しました。
2月14日のラッキー捕獲場「ウミウ捕獲場」
日立市十王町(じゅうおうまち)にある「ウミウ捕獲場」。
その名の通り、ウミウを捕獲できる場所なんですが、皆さんは「ウミウ」を知っていますか?
ウミウは海岸に住む鳥で、ペリカンの仲間。
鳥を操って魚を捕る漁「鵜飼」に使われる鳥でもあります。
その鵜飼に使うウミウを捕獲できるのは、全国でただ一箇所、日立市十王町の「ウミウ捕獲場」だけ!
日本全国で鵜飼が行われる12ヶ所の川のうち、11ヵ所の川にウミウを供給しています。
約1300年の伝統がある岐阜市長良川の鵜飼にも、ここで捕獲されたウミウが使われているんですよ。
2月14日は「バレンタインデー」
バレンタインデーの歴史は、ローマ帝国の時代にさかのぼります。
当時の皇帝クラウディウス2世は、愛する人を故郷に残した兵士がいると士気が下がるという理由で、ローマでの兵士の婚姻を禁止したといわれています。
これに反対したバレンタイン司祭は、命令に反し、多くの兵士たちを皇帝に秘密で結婚させました。
このため皇帝の怒りをかい、ついに処刑されてしまいます。
この殉教の日が西暦270年の2月14日で、バレンタイン司祭は聖バレンタインとして敬われるようになり、この日をローマカトリック教会では祭日としているんです。
日本では、1958年ころから流行し始めたバレンタインデー。
女性が男性にチョコレートを贈るのは、日本独自の習慣で、欧米では恋人や友達、家族などがお互いにカードや花束、お菓子などを贈っています。
チョコレートはどこから出てきたかというと、1958年に東京都内のデパートで開かれたバレンタイン・セールで、チョコレート業者が行ったキャンペーンが始まりだそうです。
今ではチョコレートといえばバレンタイン・デーの象徴のようになっていますよね。
2月13日のラッキー旅スタイル「金いば」
「金いば」とは、都内からの近接性を活かし、土日の日帰りや宿泊観光ではなく、金曜日の夜のうちに茨城県へ訪れ、土曜日の朝から県内観光を楽しむ、という金曜日泊観光事業のことです。
土曜日をめいっぱい遊んでも、「金いば」なら日曜日は丸一日ゆっくりと過ごせますよね。
疲れを残さず、ゆとりを持って月曜日を迎えられるから、お仕事や学校にも元気に向かうことができそうです。
2013年2月から茨城県が旅行会社と協力して進めているこの事業。
観光誘客や消費拡大をめざし、県内を訪れる観光客の皆さんに茨城をめいっぱい満喫してもらえるよう、様々なプランが用意されています。
皆さんも是非「金いば」で茨城の魅力をたくさん味わってみてくださいね!
2月13日は「銀行強盗の日」
2月13日は「銀行強盗の日」です。
「銀行強盗の日」といっても、「今日はみんなで銀行強盗をしましょう!」なんていう日じゃありませんよ。
1866年の今日、アメリカ西部開拓時代のガンマン、ジェシー・ジェイムズが初めて銀行強盗に成功したことにちなんでいます。
場所は、ミズーリ州クレイ郡リバティ。
白昼に銀行が襲撃されました。
被害額は、60万~70万ドル。
銀行員に怪我などはありませんでしたが、銀行の前を通りかかった若者がとばっちりで殺されてしまったそうです。
犯人はジェシーを含めて10人ほどで、彼が加わった最初の事件だったと言われています。
ジェシー・ジェイムズの伝説は映画の題材にもよく用いられ、2008年にブラッド・ピット主演・プロデュースの映画、「ジェシー・ジェームズの暗殺」が公開されています。
アニメ『ポケットモンスター』に登場する敵役、ムサシとコジロウは、英語圏ではジェシーとジェイムズという役名で放送されているそうですよ。
2月12日のラッキー市町村「桜川市」
桜川市は、真壁・大和地区を南北に連なる筑波、足尾、加波山の山塊と、北に栃木県との境を接する高峯(たかみね)、雨巻(あままき)、富谷山(とみやさん)を背景に、山の景色と里山の光景が織りなす自然があふれる地勢が魅力となっています。
市の中心を流れる桜川は謡曲「桜川」にもうたわれていて、サクラに加え、山あり、川あり、田んぼありと、日本の原風景が残されている場所です。
古くから山岳信仰の対象となった山々があり、行基を開基とした富谷観音、マダラ鬼神祭が行われる雨引山楽法寺、禅定の山・加波山神社、椎尾山の中腹にある薬王院、「どっこい真壁の伝正寺」で有名な天目山伝正寺など、由緒ある古い寺などには国などの重要文化財に指定されている建造物も多く残されています。
また、中世に真壁・大和地方を治めた真壁氏が住んでいた真壁城は戦国時代の城郭の形態を残し、城下町としての町割りが現存する真壁町には104棟の商家などが国の登録文化財になっており、みどころ満載です。
2月12日は「ペニシリンの日」
1941(昭和16)年のこの日、イギリスのオックスフォード大学付属病院で、世界で初めてペニシリンの臨床実験に成功しました。
ペニシリンとは、世界で最初に実用化された抗生物質です。
日本人が広くその存在を知ったのは、1944(昭和19)年1月「肺炎を起こしたイギリスのチャーチル首相がペニシリンで命を救われた」という内容の新聞記事だったといわれています。
ペニシリンはイギリスのフレミングという細菌学者がアオカビから発見しました。
研究のためにブドウ球菌というけがの化膿(かのう)や食中毒などの一因となる細菌をペトリ皿で培養していましたが、それを培養している液にアオカビが生えてしまいました。
しかし、そのペトリ皿をよく見ると、アオカビの周囲にはブドウ球菌が生育していませんでした。
これを調べた結果、アオカビがブドウ球菌の生育をさまたげる物質を分泌していることがわかり、この物質をアオカビの学名(Penicillium notatumペニシリウムノタツム)にちなんで「ペニシリン」と名付けたのでした。