キーワード heidegger が含まれる動画 : 19 件中 1 - 19 件目
種類:
- タグ
- キーワード
対象:
ハイデガーの発言 Part1
Youtubeにある「Heidegger Speaks. Part 1. English subtitled.」からの転載。英訳から重訳した邦訳を字幕でつける。part2はまだ英訳版が出ていないので邦訳予定は現在なし。章立てで示すと; 言語との深遠な関係と存在の問い/「思索の経験より」/「マルクスと世界の変化について」/「宗教について」 発言の英訳/邦訳対訳記事http://nn-nico.blogspot.com/2007/12/martin-heidegger-teil-1-germanheidegger.html 80年代以後のゴダール作品におけるヘーゲル~ハイデガーの問題系から読解する予定を立てているので(実現時期未定)、ゴダールタグ内扱いにしておきます。
Witcher 2 時々字幕解説 Part32 王の暗殺者 イオルヴェスと会話
シアランの部隊がレソ(王殺し)にやられていたことを教えに行く。
イオルヴェスを煽ると大変なことになっちゃいます。
追記: エルフとの合言葉は有名哲学者の名前と思われます。
キェルケゴール(Kierkegaard)は、著書『死に至る病』が有名で漫画も出てます。
ハイデガー(Heidegger)は...一冊も読んだことが無いので新書でも漁ってみます。
次 : sm23331505 前 : sm23321665 リスト : mylist/42836291
【ざっくり哲学解説】マルティン・ハイデッガー(Martin Heidegger/1889~1976)
ドイツの哲学者。フライブルク大学ではじめ神学を学び、のち哲学に転じた。
現存在(Dasein/ダーザイン)
人間は、世界の内部のさまざまな存在者(事物)の一つにとどまらず、存在することの意味を了解し、常に存在に関心をいだいている。そのような「存在とは何か」という存在の問いを常にいだき、存在へとかかわる人間の際立ったあり方を、ハイデッガーは単に存在するだけの事物と区別して、現存在と呼ぶ。
世界-内-存在
無世界的に孤立している事物に対して、現存在としての人間は常に世界の中でさまざまな道具存在としての事物(道具的存在者)を配慮し、それらと交渉しながら存在している。「世界−内−存在」は、部屋の中に机があるというような空間的な事物の関係ではなく、人間が根本的に世界へと開かれ、さまざまな事物とかかわりながら存在しているという、人間の実存の構造である。
ハイデッガー流文章の特徴~わかりみがなさすぎてぴえん><
(古今亭志ん生登場)ええ~、こういうのを言語明瞭意味不明の文章といいまして、昔の若者なら「わけわかめ」、今どきの若者なら「イミフ」とか言われてスルーされそうな文章ですが、しどいのになるってえと、てめえの読解力がなさ過ぎて理解できないことを棚にあげて「あたおか」なァんていうやつも出てくる。これじァハイデッガーさんも気の毒ですな。ぴえん。
現代っ子たちは、いいたいことを短くまとめるのが得意なようですが、ハイデッガーさんにはどうやらその発想はなかった!ようで。(ハイデッガーの文章が難解な理由は後述)
ちな、このわかりみ真逆な文章を頭ピーマンパリピな人にもわかりやすく要約してツイッター投稿したらこうなりました。
俺ら、あるとかないとか?存在的な?意味なんてマジ卍わかってねえし。てか、なしよりのあり.ありよりのあり.なしよりのなし.ありよりのなし.とか言ってる時点でなんとなく知ってんじゃね?
[ハイデッガー:存在と時間~序論-第1章-第2節] 意訳
★詳細解説はこちら:https://aokikenji.com/martin-heidegger
大学講師のドイツ哲学講座 ニーチェは「力への意志」の哲学者なのか? (3) ニーチェ編纂史1930年代~
ニーチェに関するシリーズ講座第3回。
ハイデガーの『ニーチェ』、それに「本当は恐ろしい『反哲学』」以来となる木田元への言及にしばらくかけてしまいました。
が、なんといってもポイントはラスト20分ほどで、ニーチェの遺稿編集の現状と編集方針の変化、その中での「力への意志」の扱いを見たことですね。これを見てなおも遺稿の中に「未完成の著作」を探すべきなのか、ボツかもしれない遺稿を「著作」に格上げしてしまったことがそもそも問題なのでは、と。
【参考文献】
Martin Heidegger, Gesamtausgabe Band 6.1, Nietzsche I, Frankfurt am Main: Vittorio Klostermann, 1996 (初版 1961).
木田元『反哲学史』、講談社学術文庫、2000.
木田元『反哲学入門』、新潮文庫、2010.
明星聖子・納富信留編『テクストとは何か 編集文献学入門』、慶應義塾大学出版会、2015.
大学講師の哲学講座 本当は恐ろしい「反哲学」(10) 木田元のハイデガー流哲学史観
今回はハイデガーのプラトン批判の要点を整理した上で、いよいよシリーズタイトルにある木田元の『反哲学史』『反哲学入門』の批判的検討に入ります。
木田元がハイデガーを深く理解してその主張を言い換えていることは間違いありません。しかし、その元が古代哲学の専門家から批判されるハイデガーの哲学史観だけに、「わかりやすい入門」として読まれてしまうと弊害も大きい……という話です。
今回のポイントはまず、ハイデガーについても第7回で見た「プラトンの存在論は人工的に制作されたものモデルである」という主張。これは本当か批判的に検討します。
後半はギリシア語原文をきちんと読んでいたのでいささか難しい内容ではありますが。次回以降ももっぱらプラトンのギリシア語テキストです。
【今回扱った文献】
Martin Heidegger, Gesamtausgabe, Band 13, Aus der Erfahrung des Denkens, Frankfurt am Main: Vittorio Klostermann, 2002.
大学講師の哲学講座 本当は恐ろしい「反哲学」(9) ハイデガーの自然 φύσις 論
ハイデガーの「真理」論は、ギリシア語「アレーテイア」の原義に注目して、人間の原名や判断の正しさよりも存在それ自身が「隠れなく」現れることを重要視する、という点でした。
そこで1930年代から次第に重きを置かれるのが「自然」と訳される「ピュシス φύσις」です。彼はこの語を「自ずから立ち現れるもの」と解釈し、それこそ「存在」であると論じるからです。
そしたハイデガーの議論を1935年の講義『形而上学入門』から見て、文明批判と自然論という彼の問題意識にも少し触れました。
【今回扱った文献】
Martin Heidegger, Gesamtausgabe, Band 9, Wegmarken, Frankfurt am Main: Vittorio Klostermann, 2004 (初版 1976).
Martin Heidegger, Einführung in die Metaphysik, Tübingen: Max Niemeyer, 1998 (初版 1953).
Martin Heidegger, Gesamtausgabe, Band 5, Holzwege, Frankfurt am Main: Vittorio Klostermann, 2003 (初版 1977).
大学講師の哲学講座 本当は恐ろしい「反哲学」(8) ハイデガー(1930年代)のプラトン批判
前回までで『存在と時間』と同時期のハイデガーの講義録『現象学の根本諸問題』から古代ギリシア哲学概念の解釈を見ましたが、そこではまだ「古代ギリシア人の一般的な考え」と「プラトンやアリストテレス固有の考え」が区別されていませんでした。が、後年のハイデガーはこの区別を考え、そして奇妙にも「ギリシア本来の考え方をプラトンが歪ませた」と論じるようになります。
そこで今回は1931/32年の講義に基づく「プラトンの真理論」から、そうしたハイデガーのプラトン批判を見ていくことにします。
今回はギリシア語とギリシア哲学に詳しい方からコメントもいただけて何よりでした。
【今回扱った文献】
Martin Heidegger, Gesamtausgabe, Band 9, Wegmarken, Frankfurt am Main: Vittorio Klostermann, 2004 (初版 1976).
大学講師の哲学講座 本当は恐ろしい「反哲学」(7) ハイデガー『現象学の根本諸問題』の古代哲学解釈 4
ハイデガーの講義録『現象学の根本諸問題』(全集24巻)の講読4回目です。
今回ようやくハイデガー流の古典ギリシア語解釈。(強引ながら)本質規定に関わる多くのギリシア語概念が「作られた」という性格に関わっていると論じるハイデガー。
その根拠は……? というのもさることながら、哲学以前の古代ギリシアの一般的な考え方と、プラトンやアリストテレスが新しくもたらした考え方を区別していないのが気になるところ、というのも最後に指摘しました。ここから繋げて、次回は1930年代以降のハイデガーのプラトン批判を見る予定です。
【今回扱った文献】
Martin Heidegger, Gesamtausgabe, Band 24, Die Grundprobleme der Phänomenologie, Frankfurt am Main: Vittorio Klostermann, 1975.
大学講師の哲学講座 本当は恐ろしい「反哲学」(6) ハイデガー『現象学の根本諸問題』の古代哲学解釈 3
ハイデガーの講義録『現象学の根本諸問題』(全集24巻)の講読3回目です。
古代哲学解釈の予定……と言いましたが、今回は結局スアレス(Suarez)等の中世存在論解釈がメインになりました。現実存在 existentia の中に現実性 actualitas を見て取り、そして actualitas は「作る」振る舞いに関連している……とするハイデガー。しかも「作られたもの」という存在観はキリスト教の「神に作られた」という存在観に留まらず、ギリシア哲学に遡る……と(強引にではありますが)持っていきます。
最後でようやくギリシア語が出てきました。次回こそハイデガー流古典ギリシア語解釈になります。
【今回扱った文献】
Martin Heidegger, Gesamtausgabe, Band 24, Die Grundprobleme der Phänomenologie, Frankfurt am Main: Vittorio Klostermann, 1975.
大学講師の哲学講座 本当は恐ろしい「反哲学」(5) ハイデガー『現象学の根本諸問題』の古代哲学解釈 2
ハイデガーの講義録『現象学の根本諸問題』(全集24巻)の講読2回目です。
神の存在証明(存在論的証明)批判に関するカントのテーゼ「存在は実在的述語ではない」から、「何であるか(本質 essentia)」と「現にあること(現実存在 existentia)」の区別に関するスコラ学のテーゼへと遡る論の展開とそれぞれの主旨を確認。『存在と時間』に共通するハイデガーの用語法も見ておきました。
次回、いよいよハイデガーの古代哲学解釈に本格的に入る予定です。
【今回扱った文献】
Martin Heidegger, Gesamtausgabe, Band 24, Die Grundprobleme der Phänomenologie, Frankfurt am Main: Vittorio Klostermann, 1975.
大学講師の哲学講座 本当は恐ろしい「反哲学」(4) ハイデガー『現象学の根本諸問題』の古代哲学解釈 1
今回からいよいよ「反哲学」史観とでもいうべきものに切り込んでいきます。
まずはアリストテレスの『形而上学』から「在るものとしての在るものを考察する学」という「第一哲学」の定義を確認し、それが(さまざまな疑問や議論を呼び起こしながらも)存在論の基礎的な定義となり、ハイデガーもそれを引き受けていることを確認しました。
そして、ハイデガーの公刊著作『存在と時間』と同時期の講義録『現象学の根本諸問題』(全集24巻)を読んでいきます。そこからハイデガー流の古代哲学解釈を見ていく予定です。
【今回扱った文献】
木田元『反哲学入門』、新潮文庫、2010年.
Aristoteles, Metaphysica (Oxford Classical Texts), Oxford: Oxford University Press, 1957.
Aristoteles, Analytica Priora et Posteriora (Oxford Classical Texts), Oxford: Oxford University Press, 1964.
Aristotle, On the Heavens (Loeb Classical Library), Cambridge, Massachusetts, London: Harvard University Press, 1939.
Martin Heidegger, Gesamtausgabe, Band 24, Die Grundprobleme der Phänomenologie, Frankfurt am Main: Vittorio Klostermann, 1975.
大学講師の哲学講座 現代の「時間の哲学」(5)
前回のパトナム批判を振り返って、今回はそこから、「現在の実在性」と呼ばれるものは実は理解が難しく、哲学者も往々にしてきちんと検討していないのではないか、という話です。相対性理論の「同時性」も実は「過去の出来事同士の同時性」です。「確定済みの過去」は明晰に扱いやすい。それに引き換え、「現在」とは何でしょう。
とはいえ、あまり「現在」ばかりフィーチャーしていると、「現前の形而上学」に対する批判というものもある……ということから、デリダの「現前の形而上学」批判も扱いました。しかし、実はこの批判も「現在の実在性」と呼ばれる事態があること、それがどんなものかの解明は有意義であり、また難しくやりがいもある課題であることを否定してはいません。
そのことの確認に今回は丸々1回を使って、しかもまた80分と長めになりました。次回はこれを踏まえて、「では現在とは何か」にアプローチした哲学者を見ていく予定です(彼ら自身が必ずしも「現在」を主題として掲げているとは限りませんが)。
【動画中で主として参照した文献】
Jacques Derrida, Marges de la philosophie, Paris: Minuit, 1972.
Martin Heidegger, Sein und Zeit, Tübingen: Max Niemeyer, 2006 (初版 1927)
Lucent Heart English_23 Heidegger
Lucent Heart English
Heidegger ハイデッカー
マルティン・ハイデガー(Martin Heidegger:一八八九-一九七六年)5
THE BOOK OF DEAD PHILOSOPHERS SIMON CRITCHLEY
哲学者たちの死に方 サイモン・クリッチリー
杉本隆久/國領佳樹 訳 河出書房新社
2009年8月30日 初版発行
pp.292-293.
長い二〇世紀1:戦争時代の哲学
マルティン・ハイデガー(Martin Heidegger:一八八九-一九七六年)4
THE BOOK OF DEAD PHILOSOPHERS SIMON CRITCHLEY
哲学者たちの死に方 サイモン・クリッチリー
杉本隆久/國領佳樹 訳 河出書房新社
2009年8月30日 初版発行
p.292.
長い二〇世紀1:戦争時代の哲学
マルティン・ハイデガー(Martin Heidegger:一八八九-一九七六年)3
THE BOOK OF DEAD PHILOSOPHERS SIMON CRITCHLEY
哲学者たちの死に方 サイモン・クリッチリー
杉本隆久/國領佳樹 訳 河出書房新社
2009年8月30日 初版発行
pp.291-292.
長い二〇世紀1:戦争時代の哲学
マルティン・ハイデガー(Martin Heidegger:一八八九-一九七六年)2
THE BOOK OF DEAD PHILOSOPHERS SIMON CRITCHLEY
哲学者たちの死に方 サイモン・クリッチリー 杉本隆久/國領佳樹 訳 河出書房新社
2009年8月30日 初版発行
p.291.
長い二〇世紀1:戦争時代の哲学
マルティン・ハイデガー(Martin Heidegger:一八八九-一九七六年)1
THE BOOK OF DEAD PHILOSOPHERS SIMON CRITCHLEY
哲学者たちの死に方 サイモン・クリッチリー 杉本隆久/國領佳樹 訳 河出書房新社
2009年8月30日 初版発行
pp.290-291.
長い二〇世紀1:戦争時代の哲学
