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【ゆっくり解説】陣形に関する一考察(陣形の歴史篇)
今回は各種陣形について、その歴史的背景も含めてご説明です。
皆大好きファランクスとかスペイン方陣もあるでよ。
次回(歩兵と戦車篇)
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前回(横陣と縦陣篇)
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BGM:四輪の塔/英雄伝説 空の軌跡SC オリジナルサウンドトラック / Copyright © Nihon Falcom Corporation
背景のゲーム:Sandstorm Studios Inc.「Rise of Liberty」
動画作成ツール:ゆっくりムービーメーカー3
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利他的な自己犠牲的精神の賛美に潜む危険性~ワクチンを接種する若者は国を守る兵士と同じ!?ABEMA Primeのパックン発言を考える~『笹幸恵の軍事トリビア』#62
若者は新型コロナに罹ってもほとんど重症化しないし、死者も出ていない。
つまり、ワクチンを打つ必要などない。
ところが、「若者は自分のためではなく、他人にうつさないという『利他的意義』のために打つべきだ」として若者のワクチン接種をどんどん推進しようという動きがある。
その旗振り役が大阪大の忽那賢志医師である。
9月16日に配信されたABEMA Primeの番組では、中川淳一郎氏が「そんなバカなことがあるか」と忽那を追及、これに忽那は明確に答えられなかった。
そこで忽那に代わるように、ワクチンの「利他的意義」を熱弁したのが、お笑い芸人・パックンことパトリック・ハーランだった。
だがパックンの発言は、一見美しく、反論しづらいように聞こえるが、そこには非常に危険なものが含まれている。
本人が完全に善意のつもりで、その危険性を一切自覚せずに話していることが、さらにその危なさに拍車をかけている。
一見美しい言葉には、警戒が必要だ!!
「野戦病院設立」が最優先?”ごっこ遊び″でしかないメディアの言葉の軽さを検証する『笹幸恵の軍事トリビア』#61
コロナ禍をどうしても終わらせたくない、まだまだ煽りたいメディアの最近のトレンド・ワードは「野戦病院」。
デルタ変異による感染拡大が止まらない、このままでは医療崩壊だ、これに対応するには、「野戦病院」を作るのが最優先だー!! …という具合に何度も何度も言われているのだが、その発信源は例によって、羽鳥慎一モーニングショーの玉川徹。
玉川が言い始めてから、一気に「野戦病院を作れ!」という声が広がっていったのだが、そもそも、「野戦病院」とはどういうものなのか、分かっているのだろうか?
明らかに誰も何も知らないまま、ただ何となくの「雰囲気」だけで言っている。
そこで今回は、実際の「野戦病院」とはどういうものだったのかを、時間拡大で徹底解説!
戦争について完全無知のまま、たかがコロナの流行を「戦時」呼ばわりして「戦争ごっこ」に興じる、幼稚極まりないメディアの実態を明らかにする!!
なぜ日本は真珠湾を攻撃したか~対米開戦の端緒は〇〇にあり 『笹幸恵の軍事トリビア』#6
12月8日(日本時間)は、日本軍がハワイの真珠湾を奇襲攻撃した日。
その日を前に、今回はまず真珠湾攻撃の概要とその結果について解説。
そしてさらに、なぜ真珠湾攻撃に至ったのかを考察していく。
まずその端緒は、日米外交交渉による解決を拒否した「ハル・ノート」にあり。
ではなぜ日米外交交渉が必要となったのかは、「ABCD包囲網」などによる、米国の経済制裁にあり。
ではなぜ米国が経済制裁をしたかというと、日本軍が仏印に進駐したため。
ではなぜ日本軍が仏印に進駐したかというと…
果たして対米開戦の端緒はどこまでさかのぼる?
GoToの一体どこが「令和版インパール作戦」!?~ろくに知らない人がたとえに軍隊を出すと失敗する例~ 『笹幸恵の軍事トリビア』#53
政府は世論の猛反対に押され、GoToトラベルキャンペーンの一時停止を余儀なくされた。
その際、政府批判でよく言われたのが、「GoToは令和のインパール作戦だ」という表現である。
ほとんど決まり文句のように繰り返されていたが、本当にその例えは正しいのか?
代表として神戸大学大学院准教授・岩田健太郎医師の週刊朝日コラムを挙げて細かく「校正」を入れ、その杜撰な論理(というか、全く論になってない)を明らかにする。
そして、実際のインパール作戦とはどういうものだったのかを解説。本当に、そこにGoToとの共通点はあるのか?
もういい加減、「それは旧日本軍みたいなものだ」とさえ言えば、何か鋭く批判したような気になって悦に入れるという幼稚な心理からは卒業しよう!
大本営ってなあに? 『笹幸恵の軍事トリビア』#1
新番組登場!!
軍事というと、とかく敬遠する人が多いのではないでしょうか?
しかし、軍隊とはいわば人間関係の縮図であり、その中には美しいことも醜いことも全てが凝縮されています。
さらに軍の組織・編成・教育・戦い方などには、その国の国民性が如実に表われるものです。
そして同時に、歴史をぶ上でも、軍事の知識は必要です。
そんなところから、軍事に興味を持ってもらえたらということでスタートした「軍事トリビア」!
第1回のテーマは『大本営ってなあに?』誇張・粉飾された、信用できない官製報道の代名詞として「大本営発表」という言葉がよく使われますが、そもそもこの「大本営」とは一体何なのでしょう?
ガダルカナル島戦三度の「白兵突撃」は合理的だった!?~『組織の不条理』から学ぶ〈1〉『笹幸恵の軍事トリビア』#58
新型コロナに関する政府の対策を批判するテレビのコメンテータ―などが、決まり文句のように言うのが「旧日本軍の失敗にそっくりだ」
とにかくそう言っとけば、なにか鋭い分析をしたかのように見えると思っているのかもしれないが、その例えが的確だったことは未だに一度もない!
特によく引き合いに出されるガダルカナル島戦、「戦時の逐次投入」で「不合理な作戦」だったなどとしたり顔で言う者がいるが、果たしてそれは本当に不合理だったのか?
そもそもそんな批判をする人は、完全合理的にモノを判断できるのか?
帝国海軍こぼれ話~シーマンシップとヘソから下の話 『笹幸恵の軍事トリビア』#10
今回はいつもとは趣向を変えて、ちょっとくだけたお話をお届け。大日本帝国海軍には、「スマートで目先が利いて几帳面負けじ魂これぞ船乗り」というモットーがあった。ユーモアを尊重するのも、「5分前の精神」も、このモットーに基づくシーマンシップである。そんなことから、海軍では少々下世話な話であっても、スマートに話そうとする文化が育ってきて、スマートにシモの話をするために、様々な隠語が生まれてきた。そんな、あまり語られることのない、ちょっと笑える海軍の一面をご紹介!質問コーナーもあります!
インパール作戦はなぜ阻止できなかったのか?~『組織の不条理』から学ぶ〈2〉『笹幸恵の軍事トリビア』#59
前回に引き続き、菊澤研宗著『組織の不条理』から、旧日本軍の失敗の構造を解説する。
ビルマ防衛のための積極策として英印軍の反攻拠点だったインパールの攻略を企図したこの作戦は、当初から無謀だと指摘されていた。
特に3000メートル級の山岳を越えて進軍するため補給に懸念が示され、常識的に考えれば不可能であることは明らかだった。
ところが牟田口廉也軍司令官が強力に作戦を推進、実行された。
そしてその結果はやはり補給が途絶、作戦部隊は壊滅状態となり、死傷者は5万人にも及び、退却ルートは「白骨街道」と呼ばれた。
なぜ誰が見ても無謀な作戦は実行されたのか?
新型コロナに関する政府の対策を批判するテレビのコメンテータ―などがしたり顔で「旧日本軍の失敗にそっくりだ」と言う際に、ガダルカナル戦と並んでよく引き合いに出されるインパール作戦。
だが、その失敗の構造を見ていくと、いまの何かにそっくりじゃないか?
二・二六事件が遺したもの~軍部独裁の萌芽は「昭和維新」によって生まれた!? 『笹幸恵の軍事トリビア』#8
昭和11年(1936)に起きたクーデター未遂「2・26事件」
何度となく映画・ドラマ・小説などに取り上げられてきた題材だが、発生から既に80年を越え、詳しく知らないという人も多くなったのでは。
今回は2・26事件とは何だったのか、まずその概要を説明し、事件が後の世に何を残したのかを明らかにする。
決起将校たちは、政治経済の混迷や農村地域の大飢饉に怒りを抱き、「尊皇討奸」「昭和遺臣」をスローガンに、国家改造を目指したが、その背景には陸軍内部の「皇道派」と「統制派」の対立があった。
そして、事件が鎮圧された後には、決起将校たちが予想もしていなかった状況が残された。その後、国の滅亡に結びついていく「軍の暴走」を許すことになった、2・26事件の「置き土産」とは?
学徒出陣にいたるまで~徴兵のしくみってどうなってるの?『笹幸恵の軍事トリビア』#14
三浦瑠麗氏が8月12日の東京新聞で「大日本帝国が本当の意味で変調を来たし、人権を極端に抑圧した総動員体制だったのは、1943(昭和18)~45年のせいぜい2年間ほどでした」と述べ、物議をかもした。
三浦氏はなぜその2年間なのかということについて、ツイッターで「大学生らが出陣した最後の2年」だからと説明している。
だが、これは完全な無知に基づいた主張である。
今回は、これを機会に徴兵とはどういう制度だったのかを解説、その上で、徴兵を猶予されていた大学生が、どのように出陣に至ったのかを語る。
実は「学徒出陣」とは、見方を変えれば「人権を極端に弾圧」したというよりも、「不平等の是正」だった!
玉川徹と大本営作戦参謀・辻政信の共通点 『笹幸恵の軍事トリビア』#48
テレビ朝日系「羽鳥慎一モーニングショー」のレギュラーコメンテーターとして、最近は新型コロナの恐怖を煽りまくることに余念のないテレ朝社員・玉川徹。
彼は、政府批判をする際に「これは旧日本軍と同じ失敗を繰り返している!」という言い方をよく使う(ただし、引き合いに出すのはいつもガダルカナル島に関する不正確な知識だけ)。
あまりにもしつこく日本軍と同じ、日本軍と同じと繰り返す玉川徹を見ているうちに、この人、誰かに似ているなという気がして、思い当たったのが大本営作戦参謀・辻政信。
ノモンハン事件の敗戦の責任者でありながらいつのまにか復活し、終戦まで第一線に就き「作戦の神様」と言われた辻政信。
彼は自分の「正しさ」を疑わず、周囲もその「正しさ」に異を唱えることができなかった。
その辻政信の「正しさ」こそ、玉川徹の「正しさ」とそっくりなのだ!
果して、その共通点とは何か?
日本軍の快進撃!~進攻作戦の裏にあるもの 『笹幸恵の軍事トリビア』#9
昭和16年(1941)12月8日、真珠湾攻撃で戦いの火蓋を切った大東亜戦争。
緒戦は日本軍が破竹の快進撃を見せた。
だがその「進攻作戦」の時期は半年程度の間であり、その後は「攻守転換期」となり、「絶対国防圏」を突破されてからは防戦一方の「守勢作戦」の時期になっていく。
今回は大東亜戦争の大まかな流れを確認し、さらに初期の進攻作戦によって目標とされた地域と、なぜそこを攻略したのか、その目的について考察する。
だいたい15分でわかる かもしれない ミッドウェー海戦『笹幸恵の軍事トリビア』#11
昭和17年(1942)6月5日、日本海軍が正規空母4隻を一度に失うという大敗北を喫したミッドウェー海戦。
それまで快進撃を続けていた日本軍は、これを機に攻守が転換、どんどん守勢に立たされることになる。
この、日本軍最大の転機となった海戦は、どのような経緯で何を目的に行われたのか?
そして、その敗因はどこにあったのか?
だいたい15分でわかる予定でしたが、26分でわかります!
真珠湾攻撃とミッドウェー海戦の間~いったい海軍は何をしていたの?『笹幸恵の軍事トリビア』#34
歴史を見る場合、つい大きなトピックスだけをぶつ切りで取り出し並べるということをやりがちになる。
しかしそれでは、その間に何があり、どう動いた結果次の出来事につながったのかということがわからず、全体の流れが見えてこない。
海軍の戦史にしても、真珠湾攻撃の次に語られるのはミッドウェー海戦というケースが多く、これではなぜ大勝が大敗に転じてしまったのかがわからない。
そこで今回は、真珠湾とミッドウェーの間に、海軍がどういう戦いをしていたのかを解説。
その戦いの中で、少しずつ敗色の兆しは現れ、徐々にその色は濃厚さを増していたのである。
「不敬罪」ってどんな罪?~ヤフコメの皇室バッシングは懲役何年?『笹幸恵の軍事トリビア』#64
小室眞子さん、圭さん夫妻は渡米したが、バッシングはなおも続きそうだ。
Yahoo!ニュースのコメント欄(ヤフコメ)などは、目を覆うような罵詈雑言が際限なく続く。
そしてバッシングはそんなネットの書き込みや、事実無根の週刊誌報道を批判された秋篠宮殿下にまで向かう始末である。
こんな歯止めのかからない状況に、もはや「不敬罪」を復活させた方がいいのではないかといった発言も、ゴー宣道場内では出てきたりもしている。
さて、この「不敬罪」だが、戦前に存在した法律として名前は聞いたことはあっても、それがどんな法律で、どんな罰則があったのかということまで知っている人はほとんどいないはず。
というわけで、調べてみました。
もしいま不敬罪が存在していたら、ヤフコメに皇室バッシングを書き込んでいる人にはどんな刑罰が科されることになるのか?
軍港・呉の新たな聖地~「ネイビー萌え」したい人はぜひどうぞ♬『笹幸恵の軍事トリビア』#71
広島県・呉といえば、旧海軍時代からの軍港。
ゆかりの名所としては「大和ミュージアム」や「てつのくじら館」などが有名だが、ここにもうひとつ、新たな名所が誕生した。
その名は、「澎湃館」(ほうはいかん)。
明治33年(1900)竣工の呉海軍造兵廠予備艦兵器庫並預兵器庫として使われた赤レンガ倉庫で、日本遺産構成文化財にも認定されている。
その内部には、海軍や海上自衛隊が好きな人にはたまらない魅力的な展示があり、イベントも開催、お土産品等も充実している。
そんなマニア心をくすぐる見どころの数々をご案内!
澎湃館
http://hohaikan.com/
日本軍にはなぜ空軍がなかったの?『笹幸恵の軍事トリビア』#66
今回は視聴者からのご質問にお答えします。
日本軍には「空軍」が存在しなかった。
イギリス軍は第1次大戦末期の1918年に空軍を創設。
第2次大戦中は英軍の他にイタリア、フランス、ドイツも独立した空軍を持っていた。
そして米軍の空軍創設は戦後の1947年。
これに対して日本軍は、陸軍が飛行隊、海軍が航空隊を別々に持っていて、独立した空軍を持つという構想はついに終戦まで具体化しなかった。
陸海軍共に相当の航空部隊を持ち、特に大東亜戦争初期には華々しい戦果を挙げていながら、なぜ空軍は作られなかったのか?
「なぜあったのか」という理由を探るよりも、「なぜなかったのか」の理由を探る方がずっと難しいものだが、その難問に挑みます!
軍隊、軍人に関する質問にお答えします~「嵐を呼ぶ質疑応答」に寄せられた質問から~ 『笹幸恵の軍事トリビア』#52
11月8日に名古屋で開催されたゴー宣道場の第2部「嵐を呼ぶ質疑応答」では、事前の募集に199件もの質問が寄せられ、その中には笹師範への軍隊・軍人に関する質問もあったが、時間の制限もあって扱うことができなかった。
そこで今回は、そんな質問に直接答える!
「旧軍の方々は、男系継承しか認めない皇位継承の制度についてどう考えていますか?」
「旧軍の方の全員が、ということはないと思いますが、中には自衛官に対して複雑な感情を抱かれている方もいるのでしょうか?」
「元軍人の方々は、これまでの日本の外交をどのように感じておられたのか」
「笹さんは大東亜戦争時の日本人と今の日本人の気質の違いをどう見てますでしょうか」
さて、その回答は如何に?
掃海殉職者追悼式と玉木雄一郎議員 機雷掃海と戦後の「戦死」者 『笹幸恵の軍事トリビア』#50
香川県の金刀比羅宮に、「掃海殉職者慰霊碑」がある。
昭和27年に建立、79名の掃海殉職者を慰霊し、その偉業を称える碑である。
では「掃海殉職者」とはなにか?
それは、終戦後の復興のためになくてはならない、命がけの作業によって命を落とした英雄たちである。
そしてさらにその中には、「戦後の戦死者」が含まれている。
しかしこのことは当時は秘密にされ、今も広くは知られていない。
だがこのことは、決して歴史に埋もれさせてはならないことである。
そして、このことと、9月のゴー宣道場に登壇された国民民主党代表・玉木雄一郎議員の関係とは?
何かヘンだぞ!? 英米色抹殺キャンペーン『笹幸恵の軍事トリビア』#12
どこかで誰かが「漢文廃止!」と暴論吐いていましたが…
この一件で思わず連想してしまったのが、大東亜戦争の最中に行われた、「敵性語撲滅」などのフレーズを掲げて、日常生活のあらゆるところから英語や英米文化を消し去ろうとした国民運動のこと。
今回は、それがどのような経緯で行われていったのか、当時の新聞・雑誌記事などを見ながら紹介する。
最初のものとして確認できるのは真珠湾攻撃から間もなく、朝日新聞に掲載された記事。民間から始まった運動で、メディアの自主規制が始まった。
英米色を抹殺せねばならない理由として唱えられた主張は、当初から相当にエキセントリックなものだったが、戦況が悪化していくと規制の対象も規模もどんどん拡大していく…
紀元二千六百年 ~人々はどのような生活を送っていたか 『笹幸恵の軍事トリビア』#42
紀元二千六百年とは、神武天皇が即位してから2600年とされる年で、昭和15年・1940年のこと。
ちなみに今年・令和2年は紀元2680年ということになる。
昭和15年といえば、支那事変が泥沼化して久しく、その翌年には日米開戦に至る年である。紀元二千六百年の祝賀行事が行われたということは何かで聞いていても、「ぜいたくは敵だ!」のスローガンが町中にあふれた、暗い谷間の時代だったというのが大部分の人のイメージではないだろうか?
ところが、昨年のゴー宣道場にも登壇したアメリカの日本近現代研究家、ケネス・ルオフ氏の著書『紀元二千六百年 消費と観光のナショナリズム』(朝日新聞出版)を読むと、イメージはガラッと変わる。
膨大な一次史料に当たって浮かび上がった、ほんとうの紀元二千六百年の姿とは?
そして、意外なところで浮かび上がった「日本人」「日本民族」とは何かという議論とは?
『機密戦争日誌』に綴られた苦悩~昭和16年8月の大本営指導班~『笹幸恵の軍事トリビア』#30
今回は、『機密戦争日誌』という史料を読み解く。
この史料は、陸軍参謀本部に設けられた、長期的・総合的な観点から国策の企画・立案を行う「戦争指導班」の職員が、日常の業務を記述した日誌である。
国の行方を左右する立場にあった最高のエリートたちは、日米開戦直前の昭和16年8月に何を考えていたのかが、そこには赤裸々に綴られている。
戦後の人間によって、「無謀な戦争を回避できなかった」などと散々けなされている参謀本部の人々は、果たして本当に無能だったのか? もしわれわれがその時この立場にいたなら、他に何ができたのだろうか?
新潟といえば「歩16」!!~飢餓と地獄の戦線を戦い抜いた新発田の歩兵聯隊 『笹幸恵の軍事トリビア』#56
4月11日、新潟で初のゴー宣道場が開催されることを記念して、新潟にちなんだ話題をお届け。
新潟といえば日本酒! 美味しい海産物も豊富だし、温泉も多いし…とはいえ、この番組はは「軍事トリビア」!
軍トリで新潟といえば、新発田! 新発田といえば歩16! それ以外にありません!
ということで今回は新発田にあった歩兵第16聯隊の略歴をたどります。
「餓島」と呼ばれたガダルカナル島に派遣され、ようやく撤退したと思ったら今度は「地獄」と呼ばれたビルマ戦線に送られて、最も過酷な戦場を2度も踏むというほかにあまり例を見ない経歴を持つのが、この歩兵16聯隊。
最後には、その2つの戦場の両方を経験して生き残った元兵士に笹さんが取材した際の、「ある意味すごい」と感じた秘話(?)も。
『戦時下標語集』をチラ見する 『笹幸恵の軍事トリビア』#29
大東亜戦争中のポスターなどに記された様々な標語を集めた『戦時下標語集』という本がある。その中から、目を引いたものをご紹介。
企業広告の宣伝文句から、官公庁のスローガンまで、それぞれが戦争の勝利という目標に向けて民意を結集すべく考え抜かれた戦時下標語。
敗戦という結果を経た現在ではほとんど顧みられることもなくなってしまったが、今回は、困難な時代の中を生きていた人々が触れていた言葉を紐解き、その時代の空気や生活の感覚に少し思いを馳せてみよう。
数字と空気と知性 「日米開戦は不可能」とした総力戦研究所の結論はなぜ黙殺されたのか 『笹幸恵の軍事トリビア』#54
日米開戦の4か月前・昭和16年8月、日本が対米戦に踏み切った場合のシミュレーションを行い、確実に負けるという結論を出していた機関があった。
その名を「総力戦研究所」。
内閣総理大臣の管理下に置かれ、30代の官僚、陸海軍人、民間人のエリート30数名が属する研究機関だった。
そのシミュレーション結果は近衛内閣に報告されるが、完全に黙殺されてしまう。
そして日米は開戦。その後は、原爆投下以外はすべて総力戦研究所のシミュレーションどおりに進んでいった…
その経緯は猪瀬直樹著『昭和16年夏の敗戦』にも詳しいが、それではなぜ総力戦研究所の研究結果は黙殺されてしまったのか?
そこにこそ、現在のコロナ禍で起きていることに通じるものがあるのではないか?
歴史に学ぶとか、戦争の反省をすべきだとか言うのなら、まずこういうところに目を向けなければならない!
「時浦上等兵」の軍歴証明書~トッキーのおじいさまはやっぱり「時浦上等兵」だった!~『笹幸恵の軍事トリビア』#70
第65回「身内の軍歴、どうやって調べればいいの?~軍歴証明書を取得しよう!」
https://www.nicovideo.jp/watch/so39888282
を見て、自分の身内の軍歴も調べてほしいと言い出したのが、よしりん企画の時浦。
漫画『卑怯者の島』に登場する「時浦上等兵」のモデルでもある時浦は、祖父がシベリア抑留の帰りに戦病死しているが、それ以上の詳細は一切不明。
そこで第65回で紹介された手続きをとり、軍歴証明書を請求してみたものの、戦後の混乱の中で兵籍簿が紛失しているということで、届いた情報はごくごくわずか。
しかしここからが笹師範の腕の見せ所! そのごくわずかの手がかりを基に、時浦の祖父がたどった足跡を様々な資料を駆使して推測していく!
そうして見えてきた、一兵隊の数奇な運命とは?
政府のコロナ対策は「戦力の逐次投入」に非ず 『笹幸恵の軍事トリビア』#46
新型コロナウイルスへの政府の対応を批判して「旧日本軍の『戦力の逐次投入』と同じだ」という人がいる。
「羽鳥慎一モーニングショー」の玉川徹がそう発言し、実はそれは古谷経衡の受け売りだなどと言われたりしたが、実際には他でもいろんなところで言われていて、すっかり定型化した言い方になっているようだ。
だが、新コロ対策を「戦力の逐次投入」と同一視するのは、全くの間違い!
このことについては、以前にブログで書いているが、
https://www.gosen-dojo.com/blog/26020/
https://www.gosen-dojo.com/blog/26106/
今回はそこからさらに深く考察した決定版!
実は何も知らないのに、したり顔でどっかで聞きかじった「戦力の逐次投入」という言葉を使ってうまく批判したつもりでいる人は、本当に恥ずかしい!
こういう人たちこそが、自分が「悪い見本」として掲げている日本軍の失敗と全く同じ轍を踏んでおり、しかもそのことに一切気づいてもいないのである!
極限状態で人はどうなる?~『「戦争」の心理学』から 『笹幸恵の軍事トリビア』#40
今回は少し趣向を変えて、戦闘時の心理と生理について徹底的に研究した本、デーヴ・グロスマン著『「戦争」の心理学 人間における戦闘のメカニズム』(二見書房)から、極限状況では人間の心と身体に何が起きるのかということについて紹介する。
生死の境目にさらされ、一瞬先の運命が分からない極度の緊張状態に置かれると、人間の身体には平時には想像もできないような反応が現れる。
俗に臆病者のエピソードのように扱われ、不名誉であまり語られることのないあの現象も、実は極限状態においては誰にでも起こりうる生理現象なのだった…
縁の下の力持ち「海軍設営隊」~建設部隊が戦局の帰趨を決した!? 『笹幸恵の軍事トリビア』#47
ゴー宣道場開催に欠かせない、当日の会場設営、警備等の運営を担う門下生有志のボランティアを、「設営隊」という。
始めた頃から、誰言うとなくいつの間にか定着していた名称だが、実は旧日本海軍にも「設営隊」という組織があった。
その任務は海軍の土木建築を担うことにあり、彼らがいなければ作戦遂行もままならない、まさに「縁の下の力持ち」と呼ぶべき存在だった。
設営隊が編成されるまでには、どんな変遷があったのか?
そしてその編成は?
陸軍や、米軍ではどうなっていたのか?
などなど、戦史ではあまり語られない、しかし欠かすことのできない重要な存在だった裏方に今回はスポットを当てる!
ポートモレスビー攻略作戦~東部ニューギニア戦線、悲劇の幕開け~ 『笹幸恵の軍事トリビア』#19
大東亜戦争で日本が劣勢に回ったターニングポイントとなったガダルカナル戦とほぼ同じ頃、東部ニューギニア戦線でも大変なことが起きていた。
日本軍は、豪州軍の強力な基地があるポートモレスビー攻略を目指し、大本営直轄の「南海支隊」がその命を受ける。
だが、大本営の方針は二転三転、そのしわ寄せはすべて現地の南海支隊が被ることとなる。そしてその結果、支隊はほとんど戦闘もしていないまま、全滅という運命へ…
涙なくしては語れない、不条理極まりない戦争の悲劇。
ファシズムについて「国家総動員法」から考える『笹幸恵の軍事トリビア』#60
コロナ禍の中で国民の自由が狭められている。
同調圧力や「要請」という名の法的根拠のない事実上の強制によって、全体主義状態が出来上がり、メディアからは決まった意見しか流されなくなり、さらにワクチンを国民全員に接種しようと政府が躍起になるに至って「ワクチンファシズム」が出現した。
終戦の日を前に「悲劇を繰り返さぬように」という番組・記事などはお決まりのように出ているが、もうその悲劇は繰り返されているのではないか?
今ここで、かつての日本がどのように自由を失っていき、戦争へと突き進んでいったのかを検証してみよう。そのキーワードは「国家総動員法」。
果たしてわれわれは、かつての日本人よりも賢くなったといえるのだろうか?