キーワード 皇紀2600年 が含まれる動画 : 17 件中 1 - 17 件目
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アイドル達と昭和日本 第14話「隻眼の魔王」前編 【HoiⅡ+im@s】
お待たせ致しました、第14話前編です。アイドル坂登るのは思い止まりました(笑)さて今回日本陸軍の97式司令部偵察機が出てきますが、史実兵器に関しては史実どおりの表記とさせていただきます。当時の軍用機は採用年次の皇紀下2桁を名称に冠する規定になってまして、零戦が制式採用された1940年(昭和15年)は皇紀2600年にあたり、下2桁が「00」であるため「零式」という名称になりました。もし一年早かったら「99式艦上戦闘機」二年早かったら「98式」そして四年早かったら「96式艦上戦闘機」となりまして本物の96式と被ります。これは極端ですけど表記を変えると混乱を招くだけと判断いたしました。前回です→/sm11183372 次回です→/sm11284325 マイリスト→mylist/14826483
昭和15年(1940年) 特別観艦式+記録映像
皇紀2600年、昭和15年(1940年)に行われた特別観艦式の
白黒の記録映像です。
日本ニュース版とその他版がありましたので、まとめてみました。
その他版には陸奥、伊勢、山城、の映像がありました。
後半は第二次ソロモン海戦前の空母群の映像です。
音が小さい所は音量を大きくしてください。
YouTubeより転載
戦中のご飯・火鍋子(ホウコウズ)(昭和15年(1940年))【レトロめし】
書籍:戦下のレシピ
https://www.amazon.co.jp/dp/4006032919/ref=cm_sw_r_tw_dp_U_x_p2ykCbDDJ9GM0
音楽:げきばん http://soundjewel.symphie.jp/product/gekiban/free/
おとわび https://otowabi.com/
絵:いらすとや https://www.irasutoya.com/
■レトロめし:mylist/62966235(その他のレトロめし)
□お弁当一覧:mylist/50086277
□その他作品:mylist/18438842
□Twitter:https://twitter.com/hidegonsu
□Instagram: https://www.instagram.com/hidegonsu_
□YouTube:https://www.youtube.com/user/hideogonsu
R.シュトラウス:皇紀2600年奉祝音楽
ヘルムート・フェルマー指揮、紀元二千六百年奉祝交響楽団 紀元二千六百年式典に際して、当時同盟関係にあった独逸の作曲家R.Straussに日本政府が委嘱して書かれた曲。(録音が古いのはご容赦ください)
J.F.A.Ibert - Les rencontres, petite suite en forme de ballet: No.3 ''Les mignardes''
フランスの作曲家ジャック・イベール(1890 - 1962) のピアノ作品集『舞踏音楽の形式による小組曲"邂逅"(1924)』より第3番「貴重な少女たち」ですー
パリに生まれ、パリに生き、パリで死んだ生粋のパリジャンである彼は軽妙洒脱な語法を得意とする作曲家で知られています
24歳のときにローマ大賞を受賞してからは一時期ローマで暮らし、その時期には日本から皇紀2600年奉祝曲を依頼されています
題がなかなか意味深ですがどことなく異国風の趣が感じられますね
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演奏:Hae Won Chang
交声曲「海道東征」より「大和思慕」(作詞:北原白秋 作曲:信時潔 初音ミク)
第13回ボカロクラシカ音楽祭エントリー作品です。
指定曲部門「北原白秋の詩の曲」でのエントリーです。
交声曲「海道東征」は、1940年の皇紀2600年奉祝曲として作曲されました。詩は日本建国神話を題材としており、全8章の構成で演奏時間は50分弱です。
「大和思慕」は第2章に当たり、日本建国神話に登場するヤマトタケルを歌った曲です。
交声曲「海道東征」より
大和思慕
作詞:北原白秋
作曲:信時潔
動画:柏山P
ボーカロイド:初音ミク
モデル:YYB式初音ミクNT(YYB)
ステージ:kelorin jo
エフェクト:化身バレッタ
(敬称略)
※沈黙の人様、xf108様、どりーむまっぷ様、Naoki Yamakawa様、宣伝広告していただきまして、ありがとうございます。
piaproページ:
https://piapro.jp/kashiyama
Twitter:
https://twitter.com/9y1k8fK4fsMgZKP
【巡音ルカ聖誕祭'17】大和思慕【信時潔】
yhrさまへのリスペクト作です
日本初のカンタータ(それも題材が記紀神話)と言われる信時潔の「海道東征」より第2章です
イベールやRシュトラウスらと並んで書かれた皇紀2600年奉祝作品で、北原白秋の最晩年の傑作でもあります
学徒出陣や、大本営の玉砕報知放送で流れたことで有名になった「海ゆかば」のカップリング曲として海道東征をご存じの諸先輩方も多いかと思います
シェーンベルクやバルトーク作品にも精通していた彼が、このような作風を貫いた理由を改めて考える今日此頃です
私の演奏や選曲に政治的意図はありません
画像は初版譜表紙と小林永濯の「國産」(PD)で、演奏はアルトのみMEWです
フォントの関係で出なかった「しほ」は「盬」です
mylist/24963463 mylist/29113406
映画『風立ちぬ』より 旅路(イタリアの風)(軽井沢の出会い)
読売日本交響楽団 準主題歌 旅路(イタリアの風) 旅路(軽井沢の出会い) を混成曲で・・・。 小生が若い頃、皇紀2600年までの物語を活動漫画映画に描いたものじゃ・・・ 若人達の集会でも話題になればいいのじゃが・・・
山田耕筰作曲交響詩《神風》前半
モンゴルに関わりのある曲ということで上げてみます。蒙古襲来の際の戦を交響詩に仕立てたもので、その有様が、ワーグナーの《ニーベルングの指輪》引用も織り交ぜながら、R.シュトラウスばりの管弦楽法により描写されます。1940年、日本文化中央聯盟から皇紀2600年奉祝管弦楽作品として委嘱され、神風により国難を脱したという伝説が、非常時と言われた当時の日本の状況と重ね合わされました。ドミトリー・リス指揮ウラル・フィルハーモニー管弦楽団後半→nm14532749
山田耕筰作曲交響詩《神風》後半
モンゴルに関わりのある曲ということで上げてみます。蒙古襲来の際の戦を交響詩に仕立てたもので、その有様が、ワーグナーの《ニーベルングの指輪》引用も織り交ぜながら、R.シュトラウスばりの管弦楽法により描写されます。1940年、日本文化中央聯盟から皇紀2600年奉祝管弦楽作品として委嘱され、神風により国難を脱したという伝説が、非常時と言われた当時の日本の状況と重ね合わされました。ドミトリー・リス指揮ウラル・フィルハーモニー管弦楽団前半→nm14529755
ブリテン:「シンフォニア・ダ・レクイエム」作品20
Youtubeからの転載です(https://www.youtube.com/watch?v=IZAgYQSTTJA)。
1940(昭和15)年、日本政府は皇紀2600年を祝うために英仏独伊洪の各国政府を通じて奉祝曲の作曲依頼を行いました。このうち、イギリスは既に第2次世界大戦でドイツと交戦状態に入っており、ドイツとの関係を深める日本の要請には乗り気でなかったらしいのですが、当時アメリカに移住していたベンジャミン・ブリテン(1913 - 1976)に作曲を依頼します。このとき、26歳のブリテンは経済的に厳しい状況にあり、一説には「報酬目当てに自分から立候補した」ともいわれています。
作品は6月頃に完成し、日本に送付手続きが取られました。しかし、当時のイギリスはドイツ空軍の空襲に対する本土防衛戦の最中であり、送付手続きは大幅に遅れて9月にようやく日本に到着したものの、12月の式典までには練習時間が不足していました。また、作品名に「レクイエム」とあることで「祝典に鎮魂曲を演奏するのはふさわしくない」との意見が日本政府内で広まり、結局式典での演奏は拒否されました。本作の初演は翌1941年、バルビローリ指揮ニューヨーク・フィルハーモニックによってカーネギー・ホールにて行われました。本作の日本初演は戦後の1956(昭和31)年、来日したブリテン自身の指揮、NHK交響楽団によって行われています。
作品はブリテンが初めてフルオーケストラ編成により作曲した交響曲で、3楽章で構成されていますが、内容的には「レクイエムの要素が入った交響曲」であり、合唱パートはありません。本作作曲の3年前にブリテンは母と姉を失っており、肉親に対する鎮魂の意図が作品に込められていたのは確かなようです。
トーマス・アデス指揮
BBC交響楽団
ヴェレシュ:交響曲第1番より 第3楽章「終曲」
Youtubeからの転載です(https://www.youtube.com/watch?v=x9lMUGSgLN8)。
1940(昭和15)年の皇紀2600年奉祝曲として作曲されたヴェレシュ・シャーンドル(1907 - 1992)の交響曲第1番は、同年12月の演奏会にて橋本國彦の指揮、紀元二千六百年奉祝交響楽団(6つの演奏団体の団員を臨時に編成)の演奏により初演が行われ、スタジオ録音によるSPレコードも発売されました。しかし、本作は日本とハンガリーが枢軸国であったことから誕生した作品であること、さらにヴェレシュが戦後のハンガリー社会主義政権を嫌ってスイスに亡命したため、彼の作品が長らくハンガリー国内で演奏禁止とされたことなどから、初演以降は演奏も録音もされない幻の作品となっていました。
本作が再び日の目を見たのは、2002(平成14)年2月にハンガリーのフンガトロン社が新規の録音を行ったことによります。これは、同年7月に天皇陛下がハンガリーを訪問されるのにあわせたもので、この録音CDはフンガトロン社から直接陛下に献上されました。
第1楽章:sm34187186
第2楽章:sm34187440
タマーシュ・パール指揮
サヴァリア交響楽団
ヴェレシュ:交響曲第1番より 第2楽章
Youtubeからの転載です(https://www.youtube.com/watch?v=PwwAOcUbbqU)。
ハンガリーの作曲家・民族音楽学者であるヴェレシュ・シャーンドル(1907 - 1992)は、1940(昭和15)年に日本政府から皇紀2600年奉祝曲の作曲依頼に応じて交響曲第1番を作曲しました。
本作は3楽章の小ぶりな様式だったこともあり、依頼から極めて短期間で作曲されています。日本政府は他に英仏独伊の各国の作曲家にも奉祝曲を依頼していましたが、彼らの作品譜(単独の祝典序曲を含む)が同年7月頃に日本に到着したのに比べ、ヴェレシュの交響曲は5月に楽譜が日本に届けられており、ヴェレシュの作曲速度がそれだけ速かったことがうかがえます。ただ、作品の内容は祝祭気分が強く明るい曲調である反面、深みに乏しい面もあり(祝典用の曲である以上仕方がないともいえます)、作曲速度の速さはヴェレシュが「手を抜いた」ことの裏返しと見る向きもあるようです。
第1楽章:sm34187186
第3楽章:sm34187544
タマーシュ・パール指揮
サヴァリア交響楽団
ヴェレシュ:交響曲第1番より 第1楽章「前奏曲」
Youtubeからの転載です(https://www.youtube.com/watch?v=qwvv8yW-O9I)。
1940(昭和15)年、日本政府は皇紀2600年の記念事業の一環として、海外の作曲家に奉祝曲を依頼するため、英仏独伊、そして枢軸国であったハンガリー政府に協力を要請します。これに対してハンガリー政府が選んだのが、ブダペストの民族音楽研究所でバルトークの助手を務めた経験もあった作曲家・民族音楽学者のヴェレシュ・シャーンドル(1907 - 1992)でした。彼は祝典用であることと祭典の時期から勘案して、作品を3楽章のやや小ぶりな交響曲として極めて短期間に仕上げました。これが、ヴェレシュが作曲した最初の交響曲となります。
なお、ヴェレシュは作曲家としてよりは音楽教師としての功績が大きく、リゲティ、クルターグ、ハインツ・ホリガーに作曲を教えています。 このことから、近年ではハンガリーの音楽史においてバルトークとリゲティの間をつなぐ重要な存在として再評価されているほか、教え子のホリガーが彼の作品をレパートリーとしてしばしばとりあげています。
第2楽章:sm34187440
第3楽章:sm34187544
タマーシュ・パール指揮
サヴァリア交響楽団
ピツェッティ:交響曲 イ調
Youtubeからの転載です(https://www.youtube.com/watch?v=U5S0nAujlMU)。
1940(昭和15)年、日本政府は皇紀2600年を祝うため、英仏独伊洪の5か国に祝典曲の作曲依頼を行いました。このうち、イタリア政府は祝典曲の作曲者としてミラノ音楽院長のイルデブランド・ピツェッティ(1880 - 1968)に協力を要請します。当時、ピツェッティは日本との同盟を促進していたファシスト政権と近しい関係にあり、後期ロマン派に属しつつもルネサンス音楽やバロック音楽への回帰を志向していたため、祝典曲の作曲にふさわしい人物と判断されました。そうして作曲されたのが「交響曲 イ調」です。完成した楽譜は同年7月に日本へ送られ、同年12月に初演されました。ピツェッティには謝礼と共に印刷された楽譜とスタジオ録音されたSPレコードが送られています。
作品としては、海外の作曲家による皇紀2600年奉祝曲の中では最大の規模を誇り、後期ロマン派の流れを汲みながらグレゴリオ聖歌風の主題が循環するという新古典主義の傾向が混在する、4楽章制の標準的な交響曲となっています。
ニーノ・サンツォーニョ指揮ミラノ・イタリア放送響
近江神宮のここがツボ・雅流塾
近江神宮は皇紀2600年を記念して、天智天皇を祭神として創建されました(≧▽≦)その凄さをたっしー&たー坊が分かりやすく解説します(≧▽≦)ブログはこちらからhttp://kyonara.xyz/archives/70606288.html