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【エヴァンゲリオン】関西くじ引きドライブ旅【in東映太秦映画村】#22
企画のルール説明
①くじ引きを引き、引いたエリアに絶対に行かなければならない。
②移動する際に高速道路の使用は禁止とし、下道のみで移動しなければならない。
③食事は必ず目的地のエリアで食べなければならないこととする。なお、できる限りその場所でしか食べることができない店の利用が望ましいがチェーン店も可とする。
※緊急事態宣言や蔓延防止措置等が取られており、飲食店が時短営業になっている場合はこのルールは適用しないこととする。
④対象エリアは下記の通りとする。なお、下道での移動が困難なエリアに関してはあらかじめ除外させていただいております(こういった事情により今回滋賀県は除外しております。)。また、夜からスタートの場合は残っている大阪のくじを優先的に引かせていただきます。
大阪
豊能(とよの)地域
三島地域
北河内地域
中河内(なかかわち)地域
泉北地域
泉南地域
南河内地域
計7地域
兵庫
神戸地域
阪神南地域
阪神北地域
東播磨地域
北播磨地域
計5地域
京都
京都市域
乙訓(おとくに)地域
山城中部地域
相楽地域
中部地域
計5地域
奈良
北和地域
西和地域
東和地域
中和地域
南和地域
計5地域
和歌山
紀北地域
紀中地域
紀南地域
計3地域
合計25地域
以上
こちらのもっくんチャンネルでは、これからも色々なジャンルの動画を投稿していく予定です。
時々ライブ配信もやっていこうと思います。
【主な動画投稿内容】
車載動画・釣り動画・ゲーム実況・フィギュアレビュー・商品開封レビュー・食レポ・FGOやウマ娘などのガチャ配信など
投稿などはあくまで仕事やプライベートの合間になりますので、不定期にはなりますが、是非ともチャンネル登録と高評価及びコメントなどもよろしくお願いいたします!
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シーイーの古都京都巡り077神川神社
京都府民のシーイーが主に地元の神社や仏閣を、
独自の視線での紹介動画になります。
今回は
「神川神社」
です。
少し前の羽束師神社、前々回の久我神社と同じく長岡京の東を鎮護する神社。
長岡京に関する文献では、新設の神社らしいです。
各文献にもこの神社は登場するので、奈良末期からあるらしいのですが、
神社史としても創建時期が不明となってます。
堺市の住吉大社から勧請だけあって、住吉さんが祀られてますが、
昨今は近隣の宅地開発が進んでおり、住宅地になってます。
シーイーの古都京都巡り050涼森神社
京都府民のシーイーが主に地元の神社や仏閣を、
独自の視線での紹介動画になります。
今回は
「涼森神社」(すずしのもり じんじゃ)
です。
創建は、なんと仁徳天皇の時代という、
京都でも指折りな歴史が長い神社になりますが…
無名すぎる神社でもあります。
例えば、この11月なのに七五三で来られてる家族が居ない…
とか…
元々は巨椋池の西端で、水の出口が木津川へと流出する場所で、
仁徳天皇の時代では、小島が沢山あったらしいです。
その場所に水害を封じる神社として建立されたそうです。
室町時代になると、お城が築かれて「美豆(みず)城」とよばれていました。
神社やお寺が城郭となっているのは、よくあるお話ですよね。
ここもそんな歴史があった神社になります。
シーイーの古都京都巡り049瀧尾神社
京都府民のシーイーが主に地元の神社や仏閣を、
独自の視線での紹介動画になります。
今回は
「瀧尾神社」
です。
唯一無二の氏子が「大丸百貨店」という神社です。
応仁の乱とか豊臣秀吉の大仏建立とか…
引越しが続いた神社になります。
シーイーの古都京都巡り044藤森神社
京都府民のシーイーが主に地元の神社や仏閣を、
独自の視線での紹介動画になります。
今回は
「藤森神社」
です。
※主な写真は数年前の春先に撮ったものを使用。
伏見区に鎮座のこの神社は、記紀に記述の内容とリンクしている事から、
主祭神である舎人親王にかなり縁があります。
神功皇后が三韓征伐(朝鮮出兵)から凱旋で寄った。
戦争はもうしない決意と戦死者の供養のために
社の建立の意を示した事で創建されたそうです。
奈良末期になると早良親王が崇拝していたので、
合祀されております。
室町中期では、後花園天皇の勅命があって、
時の将軍足利義教が色々としております。
近年は京都十六社めぐりの対象神社となってます。
シーイーの古都京都巡り028新熊野神社
京都府民のシーイーが主に地元の神社や仏閣を、
独自の視線での紹介動画になります。
今回は
「新熊野神社」
です。
[いまくまの]と読みます。
主祭神:
・イザナミ
摂社/末社:
・若宮社
・樟社
ほか
本家の紀伊熊野を34回も参拝した後白河天皇が、
平安京にも「熊野神社を創建したい」との勅命で、
平家が出資して本家の紀伊熊野から石材や木材を調達して
建立された神社になります。
院所となる法住寺の蓮華王院(三十三間堂)の落成式と合わせて勅祭が実施。
しかし応仁の乱で丸焼けになってほぼ廃絶。
復興されたのは江戸初期。
徳川家光の実妹で 後水尾天皇の皇后こと 「徳川和子」が
夫と兄にお願いして、ちゃっちゃと復興されたという。
なんというか・・・時の勢いとは大きなもんですな。
2023年墨染の桜と雅楽
2023年 の桜は、関西圏では概ねピークを通過し、
平野部では「葉桜」になりました。
シーイーは毎年に「墨染の桜」を見に行きます。
色々とシバリが解除されたので、今年はイベントが再開されました。
その記録動画として、ここに残しておきます。
追伸
ここのお寺にある日蓮さんの像ですが、
いつみても、
「あいやしばらく!」とか
「ちょっと待った!」
と言ってる様に見えます。
シーイーの古都京都巡り030養源院
京都府民のシーイーが主に地元の神社や仏閣を、
独自の視線での紹介動画になります。
今回は
「養源院」
です。
山号は「南叡山」
開山が「成伯」で戦国大名の浅井家に縁がある方で、
開基が「浅井茶々」となり、
まさに「浅井家の菩提寺」と言えるお寺です。
成伯が延暦寺の僧であったため、建立当時は天台宗のお寺でしたが、
昭和期に浄土真宗に改宗されてます。
大坂の陣の後は、徳川秀忠の正室である浅井江(徳川江/崇源院)が、
豊臣秀頼、姉の茶々および浅井家先祖の供養をすべく、
江戸幕府主体での法要が大々的に行われました。
まもなくに火事で焼失しますが、
江が秀忠に懇願して再建されました。
再建には解体された伏見城の廃材がリサイクルされて、
伏見城の戦いで戦死した、徳川方の将兵の血が多数付着しており、
主に天井板に使われている事から、「血天井」の異名があります。
この件は、
大河ドラマ「葵 ~徳川三代~」の第37回で、
秀忠と江の夫婦の会話に出てきております。
上述の通り徳川家の先祖に当たる事から、
葵の御紋の使用が許可されております。
シーイーの古都京都巡り014平安神宮
京都府民のシーイーが主に地元の神社や仏閣を、
独自の視線での紹介動画になります。
今回は
「平安神宮」
の紹介になります。
名前から平安時代に創建と勘違いされてる方がおられますが、
明治時代に創建された神社になります。
平安京遷都1100年という記念でもあり、
神社と合わせて、武道館や動物園も建設されました。
明治時代に創建ということで、国宝指定はなく、
重要文化財や登録有形文化財の建物になります。
シーイーの古都京都巡り063建仁寺
京都府民のシーイーが主に地元の神社や仏閣を、
独自の視線での紹介動画になります。
今回は
「建仁寺」
です。
※今回からBGMがさらにアレンジのバージョンとなってます。
臨済宗の開祖である「栄西」が、
鎌倉幕府からの斡旋・バックアップで建立となった寺院。
創建時の元号が「建仁」だったので、そのまま名前となってます。
(延暦寺や仁和寺なども元号から来ているお寺ですね。)
方丈には栄西の掛け軸(写し)のでっかいのが掛かってます。
足利将軍家も大事にしており、
足利義満は「京都五山」の第三位に位置づけるほど。
室町末期には名だたる武将が塔頭を寄進などあり、
徳川家も「以心崇伝」に命じて保護させてます。
シーイーの古都京都巡り057,058大黒寺と金札宮
京都府民のシーイーが主に地元の神社や仏閣を、
独自の視線での紹介動画になります。
今回は
「大黒寺(薩摩寺)」
と
「金札宮」
です。
※今回から本編BGMが編曲のバージョンとなりました。
いつかはフルオケにしたいものですがね…。
このお寺と神社は、公道を挟んでお向かいさんという立地なのと、
直近の歴史で関係があったので、多層建てでの紹介です。
大黒寺(薩摩寺)は、
戦国時代の猛将「島津義弘」が建立したお寺で、
すぐ西側に島津家の京屋敷(薩摩藩の屋敷)があったのもあって、
島津家の家臣団やその配下の人達を弔う意図で建立。
金札宮は、
奈良時代に創建説と、平安時代に創建説がある神社で、
室町末期に、伏見城の築城で城内に移設され、
伏見城落城の後に現在地へ移設されてます。
大黒寺の建立時期に移設されているので、
その鎮守社の意図があったかもしれません。
幕末では、
「鳥羽伏見の戦い」で、薩摩・土佐連合軍が、
大黒寺に集結し、金札宮で先勝祈願をして出陣。
明治維新の後に、西郷隆盛によって
幕末の殉死者を弔う墓碑が大黒寺に建立という歴史を持ってます。
シーイーの古都京都巡り021水火天満宮
京都府民のシーイーが主に地元の神社や仏閣を、
独自の視線での紹介動画になります。
今回は
天神様偏第六段
「スイカ水火天満宮」
の紹介になります。
「京洛八社集印めぐり」の対象神社その5。
主祭神:
・菅原道真
摂社/末社:
・六玉稲荷
ほかいくつか
醍醐天皇は菅原道真を太宰府の責任者とする降格人事を実施。
太宰府で道真が亡くなると、京都では天変地異が続発。
大臣の藤原時平が急死したり、醍醐天皇の皇子が若くして亡くなったり、
挙句に、十和田湖で火山が大爆発し、日本国中に灰が降った。
禁裏でも民衆も「道真のタタリや~!えらいこっちゃ~!」と騒ぎ、
道真の鎮魂のムードが高まった。
そんな時に比叡山の僧正である「尊意」が、
「私の自宅で供養しましょう。」
言ってくれたので、
「水火の社」の社号と
「天満自在天神宮」の神号を用意して祀ったのが始まり。
つまり「道真=怨霊」の方程式が確立した処になります。
シーイーの古都京都巡り073高瀬神社(大阪府守口市)
京都府民のシーイーが主に地元の神社や仏閣を、
独自の視線での紹介動画になります。
今回は
「高瀬神社(大阪府守口市)」
です。
奈良時代にかの行基が作った「橋」を管理する寺院として建立。
長岡京時代に桓武天皇は、実弟の供養に社殿を作ったという点から、
桓武天皇が寺院嫌いだったとも言われており、
桓武天皇の手で神社となったらしいですが、
事の真意はミステリーな施設です。
シーイーの古都京都巡り062祇園神社
京都府民のシーイーが主に地元の神社や仏閣を、
独自の視線での紹介動画になります。
今回は
「祇園神社」
です。
明治になって改名されたのが「八坂神社」にて、
こちらの呼び方がオーソドックスですが、
登録上では「祇園社」のために、タイトルを「祇園神社」としております。
かなり前となりましたが、コラムでも紹介した
「京都五社めぐり ~四神相応の京~」
の対象神社としてはラストになります。
記紀には「祇園精舎の牛頭天王を祀る疫社」と記述があり、
桓武天皇はこの文言から「祇園社」と命名したようです。
当社が主催のお祭りが「祇園祭」なのは、言うまでもなく、
現在も疫病退散・無病息災の意図があるのは、
まさに「疫社」がベースゆえの事になります。
有名な西口の楼門をくぐると、元祖の「疫社」がすぐあって、
その裏手(奥)に本殿がある造りとなってます。
楼門から両脇に参道が別れる仕組みは、
青龍が蜷局を巻いている姿を踏まえたとも言われております。
建立の後は、天皇家・公家・武家からの崇拝があり。
各幕府も修築や寄進を行っている神社になります。
また、全国にある「祇園神社」および「八坂神社」の総本宮になります。
シーイーの古都京都巡り087出雲大神宮
京都府民のシーイーが主に地元の神社や仏閣を、
独自の視線での紹介動画になります。
今回は
「出雲大神宮」
です。
丹波一宮という格式 かつ 元祖の「出雲神社」。
江戸時代の庶民に流行した「出雲参り」の目的地。
ここ数年の日本史研究では
「ヤマト政権の出雲討伐の場所」
とか
「国譲りの場所」
という説が出てきている場所になり、
神社周辺には古墳がいくつかあるほどです。
最寄りの駅からのアクセスはお世辞にも「便利」とは言えないので、
公共交通でお越しの際は、
JR山陰本線や路線バスの時刻にご注意を。
シーイーの古都京都巡り085神明神社と鵺大明神社
京都府民のシーイーが主に地元の神社や仏閣を、
独自の視線での紹介動画になります。
今回は
「神明神社」と「鵺[ヌエ]大明神社」
です。
鵺大明神社については、創建のプロセスが物語が主体なのと、
その物語で神明神社と密接な関係があることから、
二箇所を同時紹介としています。
平家物語にも記述がある「源頼政」は、
「ヌエ退治」をしたという伝承があり、
その伝承が元で作られているのが「鵺大明神社」です。
頼政は、坂田金時(幼名 金太郎)の主である「源頼光」の玄孫にあたり、
武に長ける一族のため、鵺退治に抜擢されたとも。
※伝承によっては、頼政自身がヌエにトドメを刺すもの、
配下が刺すバリエーションがあり、この動画では前者を採用しています。
シーイーの古都京都巡り084粟田神社
京都府民のシーイーが主に地元の神社や仏閣を、
独自の視線での紹介動画になります。
今回は
「粟田神社」
です。
京都から伸びる「東海道」の玄関が「粟田口」であり、
その玄関先に相当する神社になります。
その立地から、源義経などの参拝履歴があります。
シーイーの古都京都巡り083綾戸國中神社
京都府民のシーイーが主に地元の神社や仏閣を、
独自の視線での紹介動画になります。
今回は
「綾戸國中神社」
です。
奇妙な名前が第一印象と思います。
というのは・・・
「綾戸神社」と「國中[くなか]神社」が「合体!」した神社なので、
その名前となってます。
綾戸神社については、継体天皇の時代からあるので、
ざっくりで1500年の歴史となり、
國中神社は平安時代の創建らしく、戦国時代の「桂川原の戦」で壊れた為に、
近隣の綾戸神社に持ってきたそうです。
2022年新春参詣
2022年 あけましておめでとうございます。
元日からいい天気となった京都です。
良い年であってほしいですね。
さてこそ、例の如く
・京都十六社朱印めぐり
・京洛八社集印めぐり
をスタコラサッサと実施してきました。
その記録動画としてここに投稿しておきます。
ちなみに今朝起きたら…
体が悲鳴を上げていた事は、言うまでもなし…。
ゆくゆくは、ニコニコ生放送で、神社・仏閣からの中継とかしたいものです。
その準備は時間がかかるかもですが、進めておきます。
※各神社の撮影は、沢山の人が参詣なので、
肖像権を踏まえての構図としており、
やむを得ず等で映り込んでいる場合、手を加えております。
【動く路線図】近鉄京都線・奈良線[急行]京都〜近鉄丹波橋~高の原~大和西大寺~新大宮~近鉄奈良
[停車駅]
京都、東寺、竹田、近鉄丹波橋、桃山御陵前、大久保、新田辺、興戸(近鉄宮津行以外は通過)、三山木(近鉄宮津行以外は通過)、近鉄宮津(近鉄宮津行以外は通過)、新祝園、高の原、大和西大寺、新大宮、近鉄奈良
[路線]
近鉄京都線、近鉄奈良線
[地域]
京都府、奈良県
シーイーの古都京都巡り047飛行神社
京都府民のシーイーが主に地元の神社や仏閣を、
独自の視線での紹介動画になります。
今回は
「飛行神社」
です。
明治から昭和にかけて、飛行技術の革新を行った、
二宮忠八さんが、私財と研究施設を投入して、
神社と大改築された場所になり、
しかも初代宮司も二宮忠八さんという、
近代稀な神社になります。
航空技術に関わっていたことから、
航空関係の会社や開発や、乗務員、
宇宙技術に関する会社・団体・技術員などから
かなりの崇拝があります。
特に人工衛星打ち上げが近いと、
その関係者の方々がお参りに来られるのも有名。
京阪 石清水八幡宮駅(旧 八幡市駅)から徒歩数分なので、
石清水八幡宮の参詣と合わせての参拝をお勧めします。
ちなみに、ピカピカした鳥居なので目立ってます。
シーイーの古都京都巡り082飛鳥田神社
京都府民のシーイーが主に地元の神社や仏閣を、
独自の視線での紹介動画になります。
今回は
「飛鳥田神社」
です。
横大路に鎮座なので、数回前に紹介の「横大路田中神社」からすぐだったりします。
西暦653年に創建ということで、
京都市内でもトップクラスの古さになります。
桂川の真横なので、水害被害はそれなりにあったと思われますが、
これと言った被害記録や、水害が元での修築などの情報は乏しく、
具体的な事は謎の状態です。
あとがき
紹介にあたり、極力直近の写真にしようと7/29か7/30に撮影を予定していましたが、
去る7/28に身内の不幸により黒不浄となりて参拝できなくなり、
2016年に撮影したものを使用しています。
シーイーの古都京都巡り078菱妻神社
京都府民のシーイーが主に地元の神社や仏閣を、
独自の視線での紹介動画になります。
今回は
「菱妻神社」
です。
前回および直近に紹介の神川神社 久我神社 羽束師神社 と同じく
長岡京の東側と、水害対策として、向神社(現 向日神社)から勧請により建立されるも…
建都中の長岡京の都を壊滅状態にした、葛川(現 桂川)の大洪水で跡形もなくなったらしいです。
前々回の「久我神社」の名前がそのままですが、
桓武天皇・村上天皇の血統である源氏の末裔「久我氏」が周辺を治めており、
久我家が先述の神社の礎石を流用で建立したそうです。
ちなみに女優の久我美子さんは、この久我家の末裔にあたるそうです。
シーイーの古都京都巡り066安井金比羅宮
京都府民のシーイーが主に地元の神社や仏閣を、
独自の視線での紹介動画になります。
今回は
「安井金比羅宮」
です。
今回からレギュラーのオープニングが、
八幡さんバージョンとなり、BGMも 協奏曲「八幡」 となります。
本編は相変わらずの 組曲「天神 第二楽章」です。
金比羅宮と言いながらも、実は寺院の歴史の方が長い処で、
かの中臣鎌足が建立した「藤寺」が始まり。
鎌足の藤好みが発揮され、境内のあちこちに藤があったそうですが、
応仁の乱などで、本殿前の藤棚だけとなってしまいました。
それを見た中大兄皇子(天智天皇)は、
鎌足が藤を好んでいると察したことで、
「藤原」の姓を与えたとの説が、近年出てきました。
明治になって神社となり、
昭和期に「安井金比羅宮」として神社庁に参加より、
本格的な神社となってます。
シーイーの古都京都巡り061今宮神社
京都府民のシーイーが主に地元の神社や仏閣を、
独自の視線での紹介動画になります。
今回は
「今宮神社」
です。
船岡山からすこし北に鎮座する、
元々は「疫社」があったらしく、それを平安初期に拡張されたとの事。
応仁の乱では、西軍の本陣が目の前ゆえに。大災害となってしまうも、
復興されたのが江戸時代になってから。
徳川家光の側室「おたま」がこの辺りの出身とか、
この神社の氏子だったとか他説があり、
結果的に五代将軍の生母となって、綱吉が修築してます。
※町娘のおたまが将軍の母となった事から、「玉の輿」の語源ともある。
シーイーの古都京都巡り046墨染寺
京都府民のシーイーが主に地元の神社や仏閣を、
独自の視線での紹介動画になります。
今回は
「墨染寺」
です。
平安時代の初期に建立の「貞観寺」というのが元祖らしいですが、
応仁の乱で消失しております。
復旧されたのが、豊臣秀吉の晩年の時であり、
秀吉の実姉の「とも」が出家し入った事から、
日蓮宗に改宗されたのと、豊臣家の菩提寺となっております。
独特のグラデーションカラーをもつ
「墨染の桜」
はこの寺院の名物であります。
挿入BGM
「幽雅に咲かせ、墨染の桜 ~Border of Life~」
作曲 zun 様
シーイーの古都京都巡り086下鴨神社
京都府民のシーイーが主に地元の神社や仏閣を、
独自の視線での紹介動画になります。
今回は
「加茂御祖[かも みおや]神社」
です。
下鴨神社 と言う方が馴染みがあるかと。
なんでも紀元前から鎮座との事で、
2100年の歴史がある事になります。
直近では馬場にある「ラグビー神社」が流行との事です。
シーイーの古都京都巡り076長洲天満神社
京都府民のシーイーが主に地元の神社や仏閣を、
独自の視線での紹介動画になります。
今回は
「長洲天満神社」
です。
尼崎市に鎮座する何気ない天神さんかと思いきや、
道真さんが大宰府下向の折に立ち寄った場所であり、
近隣住民とふれあったエピソードがある箇所。
道真の没後に住民たちの手により建立された、
実は民間が頑張って建立した天神さんでもあったりします。
また尼崎在住のシーイーの親戚も、幾度か寄付をしてるといいます。
残念な事に、阪神淡路大震災や火事など、
平成時代に被害があったものの、民間の尽力により復興を続ける、
現在も民間の力で支えられている天神さんでもあり。