タグ 実験音楽 が登録されている動画 : 247 件中 33 - 64 件目
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鹿公園兄貴、橘香兄貴 広告ありがとナス!
アンビエントメドレー / AMBIENT / OMEGA ZERO PROJECTION
エレクトロプランクトンで作ったアンビエント集です。実験音楽、現代音楽、即興音楽って言ったほうが正しいかも。OMEGA ZERO PROJECTIONのアルバムはiTUNES MUSIC STORE他KING BEATで購入出来ます。 http://ax.search.itunes.apple.com/WebObjects/MZSearch.woa/wa/search?entity=album&media=all&restrict=true&submit=seeAllLockups&term=omega+zero+projection
Experimental/Contemporary Music, Part 1
実験音楽や現代音楽を聴いてみようシリーズ。90年代以降こういった音楽に対する一般の関心が強まってきたように感じます。第一弾は皆さんご存知Jim O'Rourkeの92年作"disengage"よりDisc2'A Young Person's Guide To Drowning'です。50分強の『淡水』をイメージしたドローンをお楽しみください。//バカラック詰め合わせ: sm12807224//Part2: sm11151329//mylist: mylist/19685629
ukiyojingu+結月ゆかり『切断し再構築された私の言葉は、まるで痙攣するように反復を重ねている。この痙攣を美学だと主張することだけが、震えている私の身体に存在意義を与えてくれるのだ。』
思考実装 #4
解説:https://note.com/ukiyojingu/n/n61d8f88bbeef
私の手首から流れ落ちた血液は、言葉にならない私の意思をこの画面から1メートルにも満たない貴方へと伝える。言葉にならないが伝達されるそれらは、私が作り上げたものを特異なものへ、唯一無二なものへと変化させていく。そこに見えている私の血液こそ、他の誰も持っていない、私の血液そのものだ。
私はこの音楽を作るにあたって、かつて作った『言語交錯』収録曲10曲をもとが分からなくなるまで分解し、再構築して作った。完全に崩れてしまった言葉は、その都度再構築されることによって別のものへと組み替えられていく(cf. https://nico.ms/sm37193611 )。この組み換えはまるで痙攣のように、同じ要素を反復しながら、さらに新しい形へと変身を遂げている。
この音楽は、どこに私自身の新しさを持つのだろう。前回(https://nico.ms/sm39481424 )、私は何もかもをそのままの形で示した。それと比べ、ありのままを表明することなく、既存のものを再構築することによって生み出されたこの痙攣は、私の流した血液を乾かしてしまう。しかし、この痙攣と、そこにかつてあった言葉たちにこそ、スクラップとリビルドを経て再構築されてしまう私の美学の過程が詰め込まれている。私がどのようにして新しいものを作れるのかを考えるにあたって、この過程はきっと必要なものだったのだと思う。
Public Image Ltd. - Chant(BBC Session)
1979/12/XX 音量と音質は大事だと思う。 うpしたの mylist/4267443
⋮≜ᔄᓙ⊞⋐⋑⊚ᖜᔰᕎ⋮ - 初音ミク
╩̥ͯͭ°̥̥̥͍║░̥̥̓ͮ°̠̥̥̈͜͡▧͝▦▥▤̸▣╩̥°̥̥̥̥̥╚_̥̥̥༜̥ͤ°̥̥̥°̥̙̥̥̥̥ͦ̎͏̣__̟͕\͉͚̥̥̥̥͚̥̑͞╔̥̥∅̥ͣ̆
ukiyojingu+結月ゆかり『音楽を楽しく正しく聞くことに慣れている私たちにとって、不愉快で非合理なものこそが必要だ。そうして私は、この雑音の反復さえ、意味があるのだと言ってしまう。』
思考実装 #2
解説:https://note.com/ukiyojingu/n/n982d3b6e8ef2
私は昔からインターネットが好きだった。幼少期にデジモンが流行し、そして2ちゃんねると秋葉原がまるで社会現象のように注目を集めている世の中を見て、とても期待に胸を膨らませていた少年時代を過ごした。それからもう何年たっただろうか、私たちは繋がり過ぎることをあきらめる一方、どこか自分自身を記号的存在のように扱うような世界が到来してしまった。そうした時代感覚は、一方で自分の唯一無二たる声を発することで創作を続けるような歌い手の活動として、他方ではそんな私たちが皆一様に同じ通販サイトや動画投稿サイトを使用する状況として見ることができる。そんな矛盾しながらも表出している人間性を、かつてデジモンと2ちゃんねるに憧れていた自分は見てきた。
あらゆるものがただのデータとしてインターネット上に流出する中、そんな社会に沿うように教育されて生まれてきた私のような人間は、人間はみな等しく記号として扱い、数学的に処理されるべき存在と思って生きてきた。その一方で、インターネットのアルゴリズムは完全でもなく、完全な世界をどれだけ機械が描こうとも、それを支配するのが人間である以上、私たちはそこから先に進むことすら、できなかった。
だからこそ、私は機械を通して出現した記号的、数学的な私たちが抱え込む人間性を考える必要があると思った。そしてその結果は、あるがまま展開される私の文章に隠された違和感のなかにあると思った。「言語交錯」の10曲を破壊し、作成された雑音たちは、この私のただの日記と同様に無意味なものであり、必要ではないからこそ削除されるべき不快な「雑音」だ。だがしかし、いやだからこそ、私はこの雑音こそが「人間性」と称する必要があるように思う。それを私たちは決して忘れてはいけない。
ukiyojingu+結月ゆかり『価値と承認に汚染された我々は、いつしか捧げた半分の身体に支配権を奪われていた。だからこそ、私は私の正気を取り戻すため、血の滲んだこの映像を電波に流す必要がある。』
思考実装 #6
解説:https://note.com/ukiyojingu/n/n7c910a3796b1
ukiyojinguです。
電波に自身を乗せて流している私たちはすべからく、必ず他者に見てもらいたい、あるいは承認を得たいという感情を抱えている(https://note.com/ukiyojingu/n/n6e6d085c7a33 ) 。私たちはそれを無視することはできない。だが、その欲望に過剰になればなるほど、私たちはいつの間にか数学的に管理される承認そのものによって、駆動させられてしまうことにもなる。本来の目的を喪失し、数学に支配されてしまった私たちのことを、この映像では「情報空間上のゾンビ」と呼んだ。私たちは自分自身を表現したいが、それを電波に乗せている以上、ある程度のでコードを受ける必要がある。つまり、私たちは半分だけ自分自身を表現し、電波に流しているのだが、情報空間上のゾンビたちは、他者に自分の表現を伝達するためにささげた半身が逆説的に、本来の自分を汚染することによって生まれてくる存在だろう。
情報空間上のゾンビにならないために、どのような方法を考えるべきだろうか。私の血液と、私の呼吸と、私の思想は唯一無二のものであると、私は本当に言えるのだろうか。数学から解放されるにはどうしたらいいのか?音楽であることをやめればいいのだろうか?あるいは、口をつぐみ、耳を塞いで、何もしないべきなのだろうか?
これまで私は、新しさを作るための試みを自分としてはやってきたつもりだ。それは時に30分間にも及ぶ日記の記述や(https://www.nicovideo.jp/watch/sm39224978)、自身の楽曲の解体と再構築(https://www.nicovideo.jp/watch/sm39496094)、未完成の表出(https://www.nicovideo.jp/watch/sm39481424)、そして呼吸の挿入(https://www.nicovideo.jp/watch/sm39829243)などだ。それらは私自身にしかできない要素を詰め込むがために作り上げられたはずだったが、どこかで限界が現れる。しかし、そこにあるものを超えることによって、何か新しい世界が見えてくる気もする。だからこそ、私は今日もこの意味不明なことを続ける必要があるのだと、考えている。
ukiyojingu+結月ゆかり『切り落とされた半身と血液を抱えて生きる私は、その関係に意味を求め続けている。それゆえに、意味もなく他人として現れ、意味もなく電波上ですれ違う貴方のことが必要なのだ。』
思考実装 #10
解説:
ukiyojinguです。
「思考実装」と称したシリーズを始めたのは昨年の初夏だったが、あれから1年以上経った。
1年前の3月に発表した「言語交錯」のシリーズより継承した本シリーズは、いったい何だったのだろうか。「新しいもの」を求めると称した前作から振り返ると、内容はどんどん抽象的になり、それゆえの孤独に、足さえ奪われてしまいそうだった。新しいものとは、結局なんだったのろう。
美術に限定されることなく、全ての創作はすべからくして過去の作品の影響を(潜在的にだとしても)受けている。そのことを踏まえると、新しさは孤独であり、私たちはそこに至れない。一方、孤独の対極に位置づけられるような、全員が個性を放棄するような透明な集合体はどうだろう。それは強力なユートピアとして私の前には立ち現れたが、実現不可能な理想郷だった。現実社会だろうと、インターネットだろうと、私たちはいつだって集合して共同体をつくりながらも、主体のすべてを集合に捧げることはしなかった。おおよそ「近代」と言われる枠組みで生活を続ける私たちは、均質化された世界で均質化された生活を送りながらも、常に均質化された様式から逸脱したなにかを持っている。その逸脱の蓄積こそ、空間における独自性を形成しているのだと思う。情報空間を現実空間のアナロジーとみることには限界があるが、こうした蓄積が独自の文化空間を形成してきたという点は、共通しているのではないかと思う。
だからこそ、現実に目を向けてきた。共同体に目を向けるため、映像は常に実写の都市にした。メタバースや永病に伴って、これだけ情報空間が注目された時代もなかったと思う。そんな時代で、私たちの現実がこれほど希薄になった時代もないだろう。だからこそ、関係性を考えなければならない。
電波の中の私たちはコードに従わなければ、作品を電波に流すことすらできない。それはディストピアとも表裏一体だ。その一方で。近代化され、均質化された都市で暮らす私たちは、そもそも法や倫理というコードのうえに生きている。ならば、私はせめて均質化された空間のなかで、自分の独自の差異を探そうと思う。そして、それはこの画面を見る「あなた」がいて初めて可能になる。
私はあなたに言葉を送信する。その結果、何が起こるかはわからないが、その返答によって、私はきっと均質化された世界の中でも均質化されていない要素を発見でき、そしてあなたとの相互作用によって変化し、やがて混入した「あなた」によって主体を溶解させながら、一緒に新しさを発見できるのだ。
【ノイズ】Lonely Woman【理科の実験音楽】
昔やってた自作ノイズ楽器演奏を記念に撮影してアップしてみました。
オーネット・コールマンの代表曲『Lonely Woman』を、自作改造ギター+自作 e-bow もどきのセット「Shaka Nehan」で演奏してみました。「e-bow もどき」はテレフォン・ピックアップと電磁石の組み合わせ。テレフォン・ピックアップで拾った弦の振動を増幅して電磁石へ送り、電磁石がその弦を振動させてフィードバックを起こす装置です。本物の e-bow は実音が鳴りますが、私のもどきは何故かハーモニクスしか出せません。
今はもう販売されていないテレフォン・ピックアップを探して、あちこちの電気屋の売れ残りをかき集めたのは懐かしい思い出です。
ちなみに、ジャージは鈴羽ジャージ!
その他の投稿作品:mylist/32188349
『音楽を楽しく正しく聞くことに慣れている私たちにとって、不愉快で非合理なものこそが必要だ。そうして私は、この雑音の反復さえ、意味があるのだと言ってしまう。』(live 20230319)
2023年3月17日。
37.5度の熱を出し、花粉症による鼻炎も相まって眠れない日々を過ごした。動かない頭を身体を引きづって発熱外来を予約し、PCR検査の結果が陰性であることを知り、職場の大学へ報告する。ただの風邪だったこともあり翌日には元気になったが、数日間は出勤停止だ。
熱が下がった夜、久しぶりに夢を見た。自分が良く出演したライブハウスの店長に誘われ、ライブに出演する夢だ。数年ぶりにライブをするが、どうもリアクションが悪い。実は自分たちは演奏しているのではなく、裏で流れている同期に合わせ演奏しているだけであり、それに皆が気づいているからだった。指を刺され嗤われながらも、30分間のライブは続く。私は最後に泣きそうな顔になりながら、演奏を無事に終え、逃げるように都市の隙間へと消え、人々の雑踏と一体化していった。
私はバンドでライブをするとき、常に全く同じパターンとリズムで話す結月ゆかりとともにいた。その声はその場限りの唯一性を持つことはなく、一回性によって支えられた声の肌理を持たない点において異様な存在だ。その複製可能な声の均質さは、私が昨晩の夢で溶けて消えていった人々の雑踏ともどこか同じ匂いがする。マックス・ウェーバー曰く、都市は城塞と外壁がかつて物理的境界線であり、近代以降は言語や経済圏に基づけられることで、それが国家と同等なものとなった。壁の外側から戦争機械が来ることを知らない私たちは生活が突然変異することさえ知らず、それゆえに均質化された都市空間のなかで、その構成員として無意味的に反復を繰り返す。常に全く同じパターンとリズムで話す結月ゆかりと、常に全く同じパターンとリズムで鍵盤が叩かれるこの演奏のように。
私が昨晩の夢で溶けるように消えていった都市と、多くの動画の海にうずもれて消失していくこのデジタル空間は、さして違わないだろう。外部から到来する戦争機械に非自覚的かつ、世界の突然変異を自覚しない反復する私たちの様相は、データで管理され数字にあくなきこだわりを持つ私たちの成功と失敗の繰り返しと、さして変わらない。だからこそ、この2021年7月の日記はそれに抗する生存戦略としてなされる。この異様な長さの動画は果たして、誰にどこまで価値とみなされるだろうか。このページを開いたあなたは、この文章を読むだろうか。MIDIデータをパソコンで送信し、綺麗に整理し直されたこのピアノの演奏を、あなたは演奏と認めてくれるだろうか、或いは「同期演奏」と嗤うだろうか。生まれる僅かな違和感、そして疑問は、私たちが大衆、或いはデータの海で埋もれていく中で、その無意味な反復の幸福を享受しながらも脱却し、新たな思考を実装しうる回路を求められないだろうか。
そう願い、私も都市の隙間に埋もれてゆく。
ukiyojingu+結月ゆかり『無色で透明な私たちは互いに融合しながらも、他方で消えない血液と己の半身を希求する。だからこそ、私は互いを解体させられるほどの、血液たちの接触と消失を望んでいる。 』
思考実装 #8
解説:https://note.com/ukiyojingu/n/n862236915d37
ukiyojinguです。
※この楽曲は『無色透名祭』にて投稿されたものです。
元リンク:https://www.nicovideo.jp/watch/so40804464
「私たちはみな、『何者』かになる私を愛している。」
この動画は「透明」をテーマに作られ、無色で透明なものを追求する方法を考える実践だった。しかし、誰しもが数値とランキングを追求し、皆が「何者」かを求めたがるボカコレという環境、或いはこの時代に対し、その裏側を照射することができるような可能性もあると考えている。「アンチ・ボカコレ」を自称する多くの曲がランキングにエントリーされているこんな皮肉な状況に対し、エントリーされていないこの動画だからこそ、できることがあると考えている。
私は身体の数学化(https://www.nicovideo.jp/watch/sm39224978 )を恐れ、自身の唯一性を証明してくれると信じていたものが電波に侵食されることに危機感を持ちながら、それでも流し、顔も知らないあなたへ送信する。どれだけ慎重に送信しても、この言葉が伝達過程で無数もの意味の組みかわりの果てに全く異なったものへ返信するのならば(https://www.nicovideo.jp/watch/sm40952503 )、私たちは唯一無二の「血液」たるものを証明はできるのだろうか。私が抱きしめ続けている半身(https://www.nicovideo.jp/watch/sm40364529 )は私たちが情報空間上のゾンビにならないために必要なものだ。だが、その半身をもって私自身の唯一性、半身に未だ流れている血液のようなものを世界に発信しても、それは相手に伝達される(解釈される)時点で、唯一性は失われているのではないだろうか?
私たちの唯一無二の血液が本当の意味で唯一無二なのだとしたら、それは誰とも共通していないという点において孤独な存在だ。だが、そんな孤独さに価値を見いだし、追求していたら、恐らく私は電波に音楽を流していなかっただろう。なぜなら、孤独と集合は真逆に思えるからだ。私は自分の唯一無二の血液、電波上で未だ捧げていない己の半身を抱きしめるとともに、電波に流したもう半身を、情報空間に投げる。そうやって、電波のなかに集まる多くの匿名たち、多くのデータとともに、どこまで行けるかを見てみたい。集合化したい半身と、消去しきれない半身を抱え、私は生活を送る。
同時公開:https://www.nicovideo.jp/watch/sm41191012
ukiyojingu+結月ゆかり『私たちの言語はそれを解釈するにあたり、わずかに時間を消費する。その瞬間にこそ、私たちの非言語的領域を実装する可能性があるのではないだろうか。』
思考実装 #1
解説:https://note.com/ukiyojingu/n/nbf13b74fd160
言葉に限らず、得体のしれないものに直面した私たちはそれを解釈するために時間を費やす。得体のしれないものとは私たちの知らない別世界の言語だけでなく、唐突に目の前で起きた事故や、あるいはこの定期的に組み込まれる不快な音である。得体のしれないものに対する解釈の枠組みをこれまで持っていなかった私たちは、それでも新しい解釈による乗り越えを試みる。この隙間に、私がこれまでおこなってきた言葉をめぐるいくつもの思考を、音楽として実装するための余白が隠されているのではないだろうか。一定時間で挿入される不快な音は私たちの意味を解体し、これまであった世界と全く異なった新しい世界へ、私たちを連れて行ってくれないだろうか。
この隙間より、私は言葉が一人ではなしきれない世界を音楽と映像とともに探しだしたい。その終着点はまだ決まっていないし、何が生み出されるかは予想できない。この音楽がそうであるように、得体のしれないものが錬成されていくのかもしれない。しかし、そこに安直な意味を見いだしてはいけない。もう引き返すことはできない。私たちの生み出している得体の知れない何か、その得体の知れなさを思考することが、私たちの新しい世界だ。
10月最高気温の日 - 初音ミク
こんばんは。ぷにまるです。
ミクさん10周年おめでとう。
10月になってしまいましたがまだまだ祝い足りないしもっとずっと盛り上がっていてほしいな、という気持ちでこの時期に投稿しました。
歌:初音ミク
詞 曲 絵 動画:ぷにまる
マイリスト→mylist/31820545
2017/10/1にアルバム2枚同時リリースしました→sm32025686、sm32029246
ukiyojingu+結月ゆかり『私たちの言葉はいつしか限界を迎える。それを受けいれてもなお、浮動小数点に重なる呼吸がいつか痙攣を終わらせ、流れる血液に固有名詞を授けてくれるとなぜ信じられるのか。』
思考実装 #5
解説:https://note.com/ukiyojingu/n/n118a1baf78ba
私たちの固有性を言葉で表現しようとすると、そこ必ず限界が生じてくる。言葉はより複雑になっていき、もはや自分でも何を考えているのかが分からなくなってしまう。或いは、どのような言葉も最終的にはそれさえジャンル分けされてしまい、そこから逸脱する行為さえもまた、ジャンル分けされてしまう。そうやって、私のあらゆる行動は固有性を持つことができない。思考することの限界を前に言葉が詰まる。そうして、私はまるで吃音のように、意味のないような言葉を繰り返すのだ(https://nico.ms/sm39496094)。
「呼吸が聞こえる」。
この言葉さえ私の反復であり、人工音声によって反復されるそれは言葉の息使いを感じさせない。その上に重なる、私の呼吸は一体何を意味するのだろうか。これが私の固有性を証明できるのだろうか。だがそれを証明する手段を言葉にゆだねては、同じ構造を反復してしまうのではないだろうか。これが私の固有性を授けてくれると、なぜわかるのだろうか。
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[お知らせ1]
批評誌「LOCUST」のレコメンド記事にて寄稿しました。
LOCUSTレコメンド ②ukiyojingu
「少年少女は前を向いたのか――10年目のカゲロウプロジェクトと「繋がり」の思想」|LOCUST(ロカスト)
https://note.com/locust/n/n0510aa00b100
[お知らせ2]
1月に京都で開催する「かいかいバンドワンマンライブ」 にサポートギターとして参加します。
場所:PUB VOXhall
日時:2022年1月9日
オープン/スタート 18:00/18:30
出演
かいかいバンド
バカ力 (スペシャル友情O.A)
チャージ
前売り/当日 2000円/2500円
+1ドリンク
詳細はhttps://twitter.com/kaikai_land にて、DMしてください。
(あるいはukiyojinguのホームページhttps://ukiyojingu.com/ のメール欄より、ご連絡ください)
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Experimental/Contemporary Music, Part 2
早速第二弾です。第一弾がいきなりどぎつかったので今回は聴きやすいモノを。先のO'Rourkeも所属していたGastr del SolのメインソングライターDavid Grubbsのソロのミニマル・アンビエントと、アヴァンギャルドなブルースを奏でるギタリストLoren Mazzacane Connors、そして二人の共演による即興演奏です。いずれも「禅」とでもいうべき「間」を重視した音楽です。//バカラック詰め合わせ: sm12807224//Part1: sm11148512, Part3: sm11177936//mylist: mylist/19685629
Alan Bowman - Kitchen Ⅰ, Kitchen Ⅱ, Kitchen Ⅲ
音源はUbuWeb(http://www.ubu.com/sound/fluxus_anthology_2006.html)より転載。''Fluxus Anthology 2006''に収録。金属音フェチにはお勧めです。捉え様によってはヤン・シュヴァンクマイエル監督の映画『オテサーネク』を彷彿とさせるかも知れません。
プレイリスト:
01. 000:00 Alan Bowman - Kitchen Ⅰ
02. 005:22 Alan Bowman - Kitchen Ⅱ
03. 010:08 Alan Bowman - Kitchen Ⅲ
ミュージックコンクレート フルクサス アラン・ボウマン
投稿したエレクトロニカとその周辺:mylist/14765578
投稿した動画:mylist/16124678
ukiyojingu+結月ゆかり『この手。この指。この爪。この皮膚。この身体。この弦。この電波。この通信。この線。この音。この画面。この合成音声音楽。この映像。この日々。この生活。私のすべて。 』
思考実装 #9
解説:https://note.com/ukiyojingu/n/nce1c13cb1946
ukiyojinguです。
私たちは透明になることに失敗しながらも、誰かに変身しながら、今日も自身を電波へと送信している(https://www.nicovideo.jp/watch/sm41190183 )。半身をゆだねながらも自身を送り続ける私たちはきっと、透明であるようで透明でないような、そんな半透明で濁った存在なのかもしれない。半身は腐ることなく、誰かによって解体されながら、全く違うものへと変身していく。だからこそ、私たちが一つになって消えることももはやできないのなら、私は静かに自分の輪郭をもう一度なぞる必要があるのかもしれない。
私は透明になることを希望しながら、一方で自身が透明になりきれないことについて自覚している。そんな私の不安定さは、この音楽の淡白さと不安定さに表出しているように思う。このアルペジオの不安定さ、このリズム感の不安定さ、そしてこの映像の不安定さ…これらすべては私だけの不安定さであり、絶対に再現不可能な私自身の表出でもある。そんな私の演奏は、脱色され白と黒でこうせいされたこの映像に対し、この無機質さを超えた私の血液の鮮明な赤色を伝えてくれている。この赤色こそ、私たちが情報空間上のゾンビとして彷徨うわけでも(https://www.nicovideo.jp/watch/sm40364529 )、ましてや無色透明になって何者でもなくなるようなユートピア、或いはディストピアを目指すような世界でもなく、相互作用によって変化する可能性、私とあなたの組みかわりの可能性(https://www.nicovideo.jp/watch/sm40952503 )を提示してくれるのだと信じている。
同時公開:https://www.nicovideo.jp/watch/sm41190183
10/13追記:「エンコードされないものたち——ボカロ曲とテキストの関係性について」というものを書きました。
https://note.com/ukiyojingu/n/nffd2213559ce
【NNI】voices【実験音楽】
曲:透
過去の作品→mylist/38702741
透 twitter→https://twitter.com/tooru34568
ukiyojingu+結月ゆかり『徐々に思考を深く実装させていく私たちは、避けられない乖離を繰り返している。崇高を目指していく精神と相対しながら、私たちの身体は徐々に解/体/さ/れ/て/い/く。』
思考実装 #7
解説:https://note.com/ukiyojingu/n/n798480f3d90c
ukiyojinguです。
電波上であらゆるものを送信していく私たちは、徐々に自身の身体を情報空間上に投げ出しながら、論理的かつ効率の良い、理想的な社会を構築し始めた。
私たちは意識的に情報空間上に主体を投げ出すと同時に、どうしても意識的な行動とは一致しえない、自身の身体に内在化された何かを忘れることもできない。私たちは自身の身体の中に流れている否定できない私たちの血液を抱きしめて生きていく必要がある。それを忘れてしまうことは、情報空間上で自身を喪失してしまう行為であるともいえるのかもしれない(cf. https://www.nicovideo.jp/watch/sm40364529)。しかし、電波で簡単にあらゆるものを送信することを可能にすることによって、私たちの理想は徐々に形成されてもきた。この両義性に引き裂かれながら、私は意識的に論理的なものを目指そうとすると同時に、徐々に身体が解体される。音楽も構築されたものから自由になり、浮遊するように漂っていなければならないような気がする。だがしかし、電波上で私たちは強制的に組代わり、何でもなくなった私たちは必ず、誰かによって何かにさせられていく。
音楽は勝手に崇高になる(https://www.nicovideo.jp/watch/sm37387001 )。
だからこそ、他方で私たちの血液を愛する日々も必要だ(cf. https://www.nicovideo.jp/watch/sm39224978 )
私は、この引き裂かれるような日々を解決しなければならない。
だがその度、音楽は/ど/う/し/よ/う/も/な/く/ノ/イ/ズ/が/介/入/さ/れ/て/し/ま/う/よ/う/な/感/覚/さ/え、持/っ/て/し/ま/う/の/だ。
forest (electronica IDM Ambient DTM エレクトロニカ 音楽 アンビエント)
☆音の探究☆http://www.myspace.com/xxbeapxx実験音楽プロジェクト BEAPとして活動しています。
ukiyojingu+結月ゆかり『私は既にあったものを切り貼りしながらこの不完全を作り、そこに自ら手首を切り落とす。私の手から流れる血液の鮮やかさは、画面の向こうにいる貴方にどう伝わるのだろうか。』
思考実装 #3
解説:https://note.com/ukiyojingu/n/n48ad7275e538
前回(https://nico.ms/sm39224978)、私は30分をかけた日記の朗読を通して、何者にもジャンル分けされるべきではない自分自身の唯一無二性を作り上げる試みを行った。そうした試みは成功したのか、あるいは失敗したのかは私も分からない。もっと良い方向があったのかもしれない。だが、私にとってはそれが限界だったようにも思える。いずれにしても、できる限りのことをしたということだけは事実だ。
音楽に限らず、何かを作ろうにも必ず先駆者がいて、私は常に彼らを意識せざるを得なかった。なぜなら、私は天才などではないからだ。私はそこから逃げ出したかった。だから唯一無二性を作り上げることを目指してきた。ここにあるのは私のそうした試みの断片であり、(現時点では)実装されなかった音楽たちである。これらが後に実装されることがあるのなら、あなたはぜひ実装されたことを称賛してやってほしい。
ここに並べられているものは全て、かつて私が来るべく新しい楽曲に向けて用意していたものの、日の目を見なかったものたちだ。それらは私によって作られてはいるが、そのすべてが私によって作られているわけではない。そして、音楽を合わさった動画たちは全て、拾ったものだ。私はここで作り上げられたものを、自分が作ったものということができるのだろうか。そうした疑問を抱きながら、私は自分の手首を切り落とすことによって血液を注ぎ込む。私から流れる灰色の血が、きっとこれらを正しき方向へ導いてくれると信じて。
Experimental/Contemporary Music, Part 3
第三弾です。今回はドイツ勢よりFaust、Conrad Schnitzler、Oval、Gas(Wolfgag Voigt)、Karlheinz Stockhausenを。ドイツはこの手の音楽の宝庫ですねほんとに。Gasは実験音楽じゃないよなぁ、とか思うかもしれないですが私自身の好みで入れちゃいました。全体的には結構聴きやすくなったかと。あとFaustは絶対1stです。異論は認める。//バカラック詰め合わせ: sm12807224//Part2: sm11151329, Part4: sm12439164//mylist: mylist/19685629
【巡音ルカ】 Rain 【オリジナル曲】
[壁|・д・`。 )))おろろろろろろろ
□曲マイリス
mylist/28569184
□歌マイリス
mylist/21413256
□twitter
@Yooki_hirose
When - The Black Death
ノルウェー発の世界最強の謎系アーティスト、Whenの(多分)4th。長大な一曲のみの構成となります。 でも何やってるかはよく分からないままです。 (1st→sm13142995)
Experimental/Contemporary Music, Part 4
第四弾は二台のピアノを片手ずつで弾くぬいぐるみまみれのミニマリストCharlemagne Palestine(シャルルマーニュ・パレスタイン)による'Strumming Music (For Bosendorfer Piano)'です。ライヒやグラスとは一風変わったミニマリズムをお楽しみください。//バカラック詰め合わせ: sm12807224//Part3: sm11177936//mylist: mylist/19685629
1/f /青を見る都市feat.初音ミク
1/fです。
ボカコレ夏ルーキー参加曲です。
ミニマル・ミュージックというものに挑戦してみました。
よろしくお願いします。
素敵なイラストゆーはく様
https://twitter.com/yuhack?s=21
1/f
https://twitter.com/yuragi_ssb?s=21