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【Voicepeak 防長巡り】岩国市周東町の「川越地区」を行く!リニューアル版 〜獺越(おそごえ)三瀬川(さんぜがわ)他〜 岩国市周東町(川越地区)
日帰りで岩国市周東町へ1日の初見探検です。この地域は川上地区までしか行ったことがないので初めて。
国道2号線から県道5号周東美川線を行く予定が道を間違えてしまいまして、まずは蓮華山の麓にある谷津地区へ
内容
1玖珂町の谷津・比叡神社 2隕石発見石碑 3丹生河内神社(さんざん探してニノ鳥居まで・・スズメバチがきたあああ。残念うp主は再度刺されたらヤバいのです)3旭酒造 獺祭ストアの風景。
後半〜獺越 河内神社周辺 三瀬川の川越大神宮辺り 川上の鮎原劔神社へ
撮ったつもりが間違って削除したか・・三瀬川集落あたりの写真がない また行くつもり。
蛇漬渕とか三瀬川河内神社へ行き損ねておる。檜余地(ひよじ)地区もいってないです(八代に近いあたり400m越えの標高)東川(島田川系)、根笠川(錦川系)の源流地帯。
獺越(おそごえ)とは周北小学校のサイトによれば、昔々下の川上村でカワウソが人をよく馬鹿して里人が追いかけこの辺りまできたから獺越え・・と言われたという話もあるそうです。
元動画
https://www.nicovideo.jp/watch/sm41354484
https://www.nicovideo.jp/watch/sm41332905
保存していた日帰り旅の二本を読み込み一本にまとめた。
元動画7:38と11;52→やや縮めたが18;27にまとめた。
音楽を大幅に変更させていただいて雰囲気を変えた。
Voicepeakの音声化。
比叡神社あたり、鮎原神社などは一部画像を元のスライド素材から撮影素材があるものは入れ替えた。多少順序も変えた。
OP、ED追加変更。
広告御礼♪
はに様
盤上のマジック/ニック 様
地を這うおさしみ 様
nopposan 様
nanashinogonbei 様
ゼルディア 様
龍休宗庵 様
Voicepeak防長路巡り・三士誠忠碑 と東沢瀉 終焉の地 リメイク版 岩国市横山〜保津〜通津
東澤瀉(たくしゃ)、栗栖天山(てんざん)、南部五竹(ごちく) 幕末岩国領(藩)の三人の尊皇攘夷の志士。
前作は二本でhttps://www.nicovideo.jp/watch/sm406601376分:56秒https://www.nicovideo.jp/watch/sm4073087010分16秒の二本(元動画を読み込み)統合した上でカット、追加等して再編集した。
Voicepeakフリモメン、彩澄りりせにて語りを追加して元動画のSiriのものと入れ替えた。
「
城下町 岩國散策」紫陽花と吉香神社・三士誠忠碑 →前半紫陽花や公園、神社映像の前半をカットし本題である歴史的な話中心の内容に絞り後半5分あたりからを使用している。
幕末岩國三士 陽明学者「東沢瀉(ひがし たくしゃ) 記念館 」と終焉の地は大半をそのまま残し
一部カットして、イヌマキ巨樹の映像を追加増補
BGMを大幅に入れ替えをさせていただき歴史人物紹介へ雰囲気を変えた。
補足的に字幕を追加。
東澤瀉=岩国の吉田松陰という感じの人物。
幕末岩國三士 陽明学者「東沢瀉(たくしゃ) 記念館 」 山口県岩国市保津保津の住宅街
海岸近くJR線路側にある。流罪(先生曰く流刑地で学問が一番進んだという)
赦免後その徳をしたい人が教えを聞きに集まり塾ができたという。
栗栖天山(同じく流刑)=島を島抜け(脱出)し東沢瀉先生を救出する手立てを練るうち周りの理解を得られず漢詩1編を残し自刃。
南部五竹=尊王攘夷派。建尚隊を結成。東、栗栖らと深く交流した。藩政改革の同志で流刑中の東先生救出のため奔走、毛利本藩の有力諸隊 奇兵隊などと連携しようとして失敗し捕縛され刑死。
終焉の地=通津 岩国方面から通津に入り何度か来てる通津のイヌマキ巨樹のすぐ近くでした。
東沢瀉先生事歴〜wiki東沢瀉記事、岩国市観光サイト、現地解説など参照
広告御礼
はに 様
盤上のマジック/ニック 様
ホリー 様
nopposan 様
龍休宗庵 様
VOICEPEAK安芸路巡り 〜写真で綴る〜 紅葉の安芸太田町(2022) 広島県山県郡安芸太田町
西中国山地にある山県郡安芸太田町(戸河内、筒賀、加計などが合併成立した山里です)
1 湯来町打尾谷の神社の銀杏の黄葉=広島市佐伯区湯来町。湯来から筒賀へ抜ける県道41号線にある。
2 筒賀大歳神社御神木の大銀杏=安芸太田町筒賀
3 一宮大歳神社=同町戸河内
4 吉水園(よしみずえん)=同町 加計 江戸時代の鉄山師 加計氏の庭園 春秋二回園内公開あり。
2022年の記録 本編
一部既存の筒賀の動画から映像を一部挿入した。
今年は今週か来週が見頃かな?行けたら写真と動画を撮りに行く予定。週間の天候からして少し早いが7日に行くかね。
11月7日 筒賀へ行ってきた・・8分〜9分の黄葉かな。見頃は迎えていますよ。撮影しがいがあるよね。
いい色合いでした。色の濃淡があるのもいいね。またそのうち編集するかな。
見学の人やカメラマンもはいっぱいいました。打尾谷にもよるが15時ごろで光が少なかった。
筒賀はもし行くなら今週末がおすすめかな。お年寄りや家族連れもいました みなさん綺麗!すごいと感嘆しておられました。
広告御礼 感謝であります ^^;人
赤城山登頂記念 様
岡崎尚子 様
no=name(ナナシ)様
ガンダヌフゥ0x0 A 様
Voicepeak 広島県の神社巡り 〜初秋の【速田神社】〜安芸国造の祖神を祀る古社〜修正版 広島県廿日市市友田
廿日市市友田地区 津和野街道が通る旧佐伯町であった山間の集落にある。友和公民館近く県道30号沿い。
安芸国造の祖神を祀る安芸国総鎮守 速谷神社を1560年頃に勧請したと言われる(廿日市佐伯地区散策マップによる)
おそらく祇園社も(天王神社の扁額がありますから)合祀されていると思う。
社殿の造りもなかなかです。彫刻もいいし本殿の脇障子の龍・虎の彫刻はいいな。
広島県指定天然記念物 ツクバネカシの大木があり、初夏は紫陽花、冬は椿、秋には紅葉の紅葉もあるし雰囲気も悪く無い。県道を小瀬川温泉(ちなみに温泉の鎮守 小瀬川神社がある)へ行くため走行中、幟がはためいていていたので立ち寄る。秋祭りなんかも近いんだろうね。境内で獣の匂いがした・・・夜は野生動物も出てくるんだろうねw R5.9.15 タイトル あまりに暑いんで思わず初秋ってしたけど もう仲秋やなw
温泉行くんで一眼をいらないと思い携行しなかったので、紅葉したらまた行って来たいな。
iPhoneSe2 撮影でやんすので画質はそれなり。
最近旧佐伯町地区には田畑にソーラー発電が異様に増えていて危惧します。
余談:あとこの先の津田の津保美堂の二重焼(今川焼)はおすすめ。今は、金土日がだいたい営業日。
広告恐れ入ります感謝感謝であります^^;人
赤城山登頂記念 様
龍休宗庵 様
Voicepeak【彩澄りりせと行く神社巡り1】 中国山地 安芸太田町「津浪・河内神社」と巨樹のある社叢
前の動画と基本映像は同じです。ソフト初利用なので今作っていた動画で試験しました。
広島県山県郡 安芸太田町〜津浪 河内神社と御神木の境内の杉の大木の風景。
神社案内ガイドは彩澄りりせちゃんと解説=フリモメン(voice peak)さんです。音声案内は最小限にとどめております。
テスト投稿2 りりせ&フリモメンさんのご案内による神社参拝記。
津浪 河内神社は1375年創建の古社。この地方が開拓されていた時期
南北朝時代に河内国から移住した影浦氏が勧請して建立したのが始まり。
創建以来守られてきた社叢の風景は壮観である。
神社下の田園からの眺めも良い。
加計スマートICのあたりから入る道とプラットホーム津浪(道の駅的な)の少し広島よりから山側へ入る道もあり(多分こちらがメイン道路かな)三島神社や浄土真宗寺院、古い御堂、古墳(復元)などもあるようだ。
地域で寺社旧跡などにも解説版なども設置されている。
いつか散策したい。
〜立ち絵画像は Voice peak公式DL用のものお借りしています〜
感想
ここでりりせちゃんの声は落ち着いた声〜はしゃいだ明るい声まで使いようではおいらの寺社多めの題材系でも場所によるがナレーションはなかなか良いかも。
フリモメンさんのナレーションはパワフルで渋すぎるがわるくない。いいね。
こまめにプロジェクト保存しないとたまに落ちたり、自動保存はしてくれない注意だよん。
趣味的には音楽だけの方が、場所柄 ここだとより静寂の雰囲気はあるかな。
ただ音声が入るとわかりやすい(読むことに集中しなくて良い)
テストなんで映像は同じだが・・・・・
音声もう1パターン作ったのであげるかも=意外に早く完成したのでうpしておくわ。
Voicepeak【フリモメンと行く神社巡り】 中国山地 安芸太田 「津浪・河内神社」と巨樹のある社叢 test1
広島県山県郡 安芸太田町〜津浪 河内神社と御神木の境内の杉の大木のる風景。
神社案内ガイドはフリモメン(voice peak)さんです。音声案内は最小限にとどめております。
テスト投稿 フリモメンさんのご案内によるし神社参拝記。
津浪 河内神社は1375年創建の古社。この地方が開拓されていた時期
南北朝時代に河内国から移住した影浦氏が勧請して建立したのが始まり。
創建以来守られてきた社叢の風景は壮観である。
神社下の田園からの眺めも良い。
加計スマートICのあたりから入る道とプラットホーム津浪(道の駅的な)の少し広島よりから山側へ入る道もあり(多分こちらがメイン道路かな)三島神社や浄土真宗寺院、古い御堂、古墳(復元)などもあるようだ。
地域で寺社旧跡などにも解説版なども設置されている。
いつか散策したい。
〜立ち絵画像は Voice peak公式DL用のものお借りしています〜
修正完了。
今回導入してインストールした Voicepeakについて
ここでフリモメンさんのナレーションはわるくない。力強い声。
趣味的には音楽だけの方が場所柄ここだとより静寂の雰囲気はあるかな。
テストなんで映像は同じだが、別音声でもう1パターン作ったのであげるかも・・どうしよう。
☆☆【広島市の神社巡り】♪♪ 太田川左岸「大歳神社」神社詳細版 広島市佐伯区湯来町下836(広島市飛び地)
西中国山地の山あいの里 広島市佐伯区湯来町下 広島市神社巡り紹介。
よろしくお願いします^^;人 この雰囲気上ここは音楽と字幕・映像のみ
(この前に湯来町下の大歳神社を出て)国道433号で国道191号沿いの太田川左岸へ出てJR水内駅跡へ
→太田川と水内川の合流点に位置する湯来町飛び地 旧可部線水内駅跡
大歳神社と広島市天然記念物=ムクロジの大木
この辺りでは水運(昔は産品の運搬には川舟による舟運の輸送が盛んで従事する人も多かったようです)
田園地帯の鎮座する湯来町下松原 大歳神社 sm41731873
次は津浪河内神社詳細版 voice peakが来るのでをテストしてみるかな。
☆☆【第2回地元紹介祭】♪♪ 広島県 西中国山地に位置する「湯来・安芸太田紹介」 神社と杜と町並み・紅葉
第二回地元紹介祭初参加作品。西中国山地の山あいの里 広島市佐伯区湯来町下〜安芸太田町を巡り紹介。
よろしくお願いします^^;人 修正版〜訂正及び後半一部画像追加してます。
資料見てても違う文字を打ち込むなってこった。
(この前に湯来町下の大歳神社を出て)国道433号で国道191号沿いの太田川左岸へ出てJR水内駅跡へ
目次
1太田川と水内川の合流点に位置する湯来町飛び地 旧可部線水内駅跡
大歳神社とムクロジの大木
2安芸太田町〜津浪
河内神社と御神木の境内 詳細版 sm41818626
3加計
加計のレトロな町並み
4筒賀
5大嬴(えい)和上の生誕地と筒賀神社&大銀杏
〜大嬴(えい)和上墓所の紅葉〜筒賀神社の黄葉〜吉水園の紅葉
割愛した水内駅の前に寄った 湯来町下松原 大歳神社と田園 sm41731873
太田川左岸 水内駅裏=大歳神社詳細版 sm41791996
音声ガイドは林檎屋のSiriです。
注釈 三業惑乱事件〜江戸中期、本願寺の学林で三業安心説が唱えら=三業(身、口、意)により阿弥陀へ 帰命すると救われるとする説に対し、自力的な教説であると古義派(芸轍の代表大贏〜だいえい〜)など在野の学僧が大論戦し僧、門徒を含め揉めて流血事件まで起きたたと云う最後は幕府介入により論争が江戸で行われ古義派が勝利し異安心(異端説)は退けられた。
本願寺は100日の閉門処分を受けたと云う。また関係した何人もの僧が遠島処分や牢獄で拘留中で亡くなるなどした。 wki記事による。
獺祭〜千年杉【岩国市周東町の山間】「川越地区」を行く!(1)〜獺越(おそごえ)三瀬川(さんぜがわ)〜 山口県探検 岩国市周東町(川越地区)
日帰りで岩国市周東町へ半日ほどの初見探検です。この地域は川上地区までしか行ったことがないので初めて。国道2号線から県道5号周東美川線を行く予定が道を間違えてしまいまして、まずは蓮華山の麓にある谷津地区へ
県道5号へ入ると獺越地区〜三瀬川地区まで行きました。初めてなんで見落とし、いけなかったところもあると思います。
その1の内容
1玖珂町の谷津・比叡神社 2隕石発見石碑 3丹生河内神社(さんざん探してニノ鳥居まで・・スズメバチがきたあああ。残念)3旭酒造 獺祭ストアの風景。
その2の予定 獺越 河内神社周辺 三瀬川の川越大神宮辺り 川上の鮎原劔神社へ
撮ったつもりが間違って削除したか・・集落あたりの写真がない また行くつもり。
蛇漬渕とか三瀬川 河内神社へ行き損ねておる。檜余地(ひよじ)地区もいってないです(八代に近いあたりらしい400m越えの標高)東川(島田川系)、根笠川(錦川系)の源流地帯。
獺越(おそごえ)とは周北小学校のサイトによれば、昔々下の川上村でカワウソが人をよく馬鹿して里人が追いかけこの辺りまできたから獺越え・・と言われたという話もあるそうです。
山口県の神社巡り 清流の町錦町 府谷・須川 河内神社三社巡拝編 岩国市錦町
清流錦川流域錦町の神社巡りと日本の風景 河内神社三社の紹介。
前回は旅動画・・今回は神社編です。二ヶ所の画像データ追加しました。
府谷の河内神社 川沿いの道の駅ピュアラインにしきにあり。明るくひらけている。
須川 河内神社 社殿も古いが彫刻もいい。大杉が多い 手水鉢がも面白い。
江龍寺 俊道様 下の病を癒す徳のある寺院。俊道大和尚の墓所へお酒を供えて祈願する。
上須川 河内神社 宇佐川沿いの上須川にある渓流沿いの御社。境内に岩国市重要文化財指定の大杉がある。スズメバチが飛んできたので本殿の写真は無しです。国道から少しだけ入った場所でちょっとだけわかりずらいです。
領主(開拓者?)讃井清原兼道により創建されたと伝わるらしいです。神木の高さなどデーターがサイトにより違いがあるが岩国市のHPを参照しています。
晩春の 大竹 疫神社・大治社大竹市元町
広島県西端の街大竹市 鎮守大瀧神社の元の鎮座地(弥ヶ迫)にある「疫神社」(疫病を鎮めるため祭られた)と大治(おおし)社(宗像三神中でも田心姫命を祀る)大瀧神社〜御神幸の終点でもある。
桜のころも撮影したので桜模様はまたうpします。
大竹地域の言い伝えでは=ここの場所あたりに厳島神社創建社として知られる流刑中の佐伯鞍職(くらもと)が居住していた場所と言われる。厳島明神鎮座伝説中では所の翁とも呼ばれる。疫神社境内の 山の方に所塚(佐伯鞍職の形代をおさめているという)
注)この時は上までは行かなかったのですが、推古桜(途中で折れてる)が見えるところまで上がりました。そこから見た感じでは楕円形の石がいくつか据えてありちょうど墓所に花筒にシキミが供えてあるように見えたもんで。写真は失敗してた。
もしかしたら所塚自体はさらに奥かもしれません。墓の可能性も機会があればまた見てみようかな。
大瀧神社 宮司家=所 氏ですからね 佐伯氏の系譜か?
大治(し)社=田心姫を祭るお社。恵比寿様も合祀されているようです。
疫神社(やくじんじゃ)
大国主命、少名彦命(字幕=打ち間違えてます訂正します^^; 動画はこのままにします)、素盞嗚命〜祭神は元は牛頭天王なんでしょうね。
所の翁=伝説ですが、厳島明神が厳島へ来た時、海上で出会った釣りをする翁。どこのものかと問えば
所のものですと答えたという伝説で(この土地のものです意味)厳島神社創建の佐伯鞍職である。
佐伯鞍職(大竹の説話では)、または別の人物とも・・。
歴史的なものは大竹歴史研究会のHP記事を参照しています。
【広島県の神社巡り】 筒賀(筒賀)大歳神社の大銀杏と大瀛(だいえい)和上生誕地 安芸太田町筒賀
安芸太田日帰り散策の2 筒賀大歳神社=昔、鶴のお陰で耕作に良い土地が見つかりそこの大銀杏に祠を建てたのが始まり。落穂大明神ともいわれたお社で治承年間(1177~80年)頃の創建 だそうです。
御祭神は天真鶴の命 以上広島大百科HP参照
大銀杏=樹齢1000年以上の御神木。
後半
浄土真宗の偉人です。
大瀛和上(だいえいわじょう)=浄土真宗の学僧で芸轍(げいてつ)浄土真宗安芸学派の指導者的存在の僧侶。江戸時代に起こった本願寺の大事件〜三業惑乱事件で活躍した人。
真宗を異端説から守った学僧である。真宗=自力の心を振り捨てての絶対他力ですからね。
安芸太田町筒賀の出身でありその最初に修行(学んだ)寺も今も残る。また分骨の墓所が設けられている。
注釈 三業惑乱事件〜江戸中期、本願寺の学林で三業安心説が唱えら=三業(身、口、意)により阿弥陀へ帰命すると救われるとする説に対し、自力的な教説であると古義派(芸轍の代表大贏〜だいえい〜)など在野の学僧が大論戦し僧、門徒を含め揉めて流血事件まで起きたたと云う最後は幕府介入により論争が江戸で行われ古義派が勝利し異安心は退けられた。
本願寺は100日の閉門処分を受けたと云う。また関係した何人もの僧が遠島処分や牢獄で拘留中で亡くなるなどした。 wki記事による。
大竹市元町 疫神社・大治社と神楽山 薬師寺【芭蕉の弟子 志太野坡 記念の浅生塚】
広島県西端の街大竹市 鎮守大瀧神社の元の鎮座地(弥ヶ迫)にある「疫神社」(疫病を鎮めるため祭られた)と大治(おおち)社(宗像三神中でも田心姫命を祀る)大瀧神社〜御神幸の終点でもある。
言い伝えではここの場所あたりに厳島神社創建社として知られる佐伯鞍職(くらもと)が居住していた場所と言われる。伝説では所の翁とも呼ばれる。山の方に所塚(佐伯鞍職の形代をおさめているという)
真言宗 神楽山「薬師寺」
小さなお寺ですが、広島新四国88ヶ所霊場四番札所となっている。後ろの山上にかつて存在したという西福寺の後継の寺院で護摩堂を麓に移し創建したと言われている。
市内でも古い宝篋印塔(なかなか大きなもの)や古い仏像も多いようです。これらは江戸時代の災害など多い頃建立されたらしい火伏せ地蔵、法華塔の地蔵尊(宝篋印塔の守護)などもある
本堂の写真は没でした(失敗)本尊は薬師瑠璃光如来(六十年ごとにしか拝めませんです)
本堂上に浅生塚があり、芭蕉の弟子で軽みを継いだという芭蕉の弟子 志太(浅生庵)野坡(やば)の門人で、ここ大竹の芦蕗たち竹里連(俳諧を行う集まり)が野坡三十三回忌に建立した石碑。
野坡は西国方面で活動し、ここ広島藩最西端の地へも何度も訪れ連句を巻き、指導をおこなった。
関ヶ浜 妙見山~和木町指定天然記念物「大ヒノキの巨樹」を訪ねて 玖珂郡和木町
山口県玖珂郡和木町の関ヶ浜 妙見山。小瀬川沿いにあり旧吉川氏領。あいにく曇りなのであるが10年ぶりに20分くらい登山してきた。登りやすい山ですね^^階段きついけど。晴れたらまた行こう。
妙見神社 旧社殿の残る山頂下境内にある和木町指定天然記念物「大ヒノキ」の巨樹です。
神社が麓へ降ろされてからだいぶたち以前にくらべ境内はだいぶ荒れてた感じ木の枝や落ち葉が積もる静かなんだが米軍機が時折爆音を立てる。
妙見社〜戦国期の1556年(弘治2年にはすでにあったようです)〜(妙見神社)山上に今も拝殿、本殿の建造物はそのまま神社を遷座した。登山口から3分〜5?
程度登ったところの鳥居側に新しく(もう大分前だが)小さな社殿を建立している。
昔々地元の禅僧が妙見菩薩の霊夢を見て掘り出した神鏡を神体とし村人が守り神として妙見様を祀った神社。
この日は曇りで森の中は暗くて写りが悪い、この数日前事前調査で少し歩いたが森が綺麗でしたまた登りたい。
<天然記念物ツクバネガシ巨樹と冬姿の鎮守の森> 友田「速田(はやた)神社」 広島県廿日市市友田
蔓延防止で遠出できないので旧佐伯町の神社。広島県西部 廿日市市友田 速田(hayata)神社へ。雪が数日前に降り寒い天気だった。節分は過ぎたが冬の姿。ここは季節ごと定期的に観測に行っています。
すいませんタイトル間違ってた(以前の初夏の頃のタイトルよみこんだので)訂正した^^;人
ここは広島県天然記念物ツクバネガシの巨樹が参道入り口にある。樹高27メートル(広島文化大百科のHPでは37M?の記載ありどっちだw)もあるもので県内で同種では一番大きい。
廿日市市の宮内から県道30号線(旧津和野街道)を上り津田の手前の友田地区にあり。
昔は確かこの辺は友和村と言われていたところで、県道沿いに友和公民館が近い(裏にPあり)
神社すぐ手前に岩組バス停、友和公民館前にバス停があった。神社は駐車場無し。
境内は鎮守の森があり背後も山。拝殿は絵馬がかかり吹き抜け。本殿も流造のいい姿です。
本殿の脇障子には彫り物が見える。基本行事でもないと普段は誰もいないみたい。
雰囲気は良い。今回5目かな。
令和4年 寒の明けに
旧山陽道沿いを散策〜「防府の国分寺から佐波神社・多々良大仏〜周防国衙跡へ」 山口県防府市
山口県防府の国分寺〜古代の周防国衙跡(すおうこくが)古代政庁の遺跡跡 まで行きました。
ダイジェストで。やや解像度は落ちます。720p
武光家(防府天神 旧大宮司の邸宅あと)
国分寺(聖武天皇が日本の各国へで建立したもの)
周防国衙跡
佐波神社
毛利庭園(毛利邸)
多々良大仏堂(お寺は廃寺毛利邸の場所にあったらしい)
防府天満宮
宮市観音(天神さん門前町にある)
音楽 のる様作 ニコニ・コモンズ
mountain breeze~爽やか&軽快なピアノソロ~
忘却の都~ノスタルジックなBGM~
岩国 比叡神社!
岩国藩吉川氏も崇めていたそうです!
神社巡り→series/251647
戦国武将のお墓参り→series/238035
偉人に会いに行く→series/210538
歴史探訪など巡り→series/256690
うま娘プリティーダービーseries/262381
とある日常→series/228088
フリーBGM・音楽素材 H/MIX GALLERY
http://www.hmix.net
真言宗の古刹 「上不見山 極楽寺」 広島県廿日市市(極楽寺山山頂付近)
廿日市市の極楽寺山693m山頂付近にある古刹。1200年を超える歴史がある。
本堂は毛利元就の寄進で再興されたもの。天明年間大きな修理が行われているらしいので、現存する本堂建立時の永禄年間の木材は少ないという。
周囲はモミの原生林があり大変自然豊かな場所。時に野猿の姿もある。
正規の参道は登山道であります。この日も登山客が何組かいましたね。
残念なのはよく知らないため寺務所横の赤樫の巨樹を見忘れたこと^^; 何度来てるかダメだね。
境内展望所からは広島湾の島々が見える。
他に蛇の池があり、睡蓮が夏には咲いて綺麗です。周りを散策できます。
阿弥陀大仏様 は今期は参拝せず。
同山にいたナナフシsm39550620
音楽
のる様作 ニコニコ・モンズより
「雫 ~優しく穏やか メロディックなピアノソロ~」
夏の終わりに西ノ松原を抜け「厳島神社」境外 摂社「大元神社」と大元公園にある楠の大木
宮島の大元浦大元公園入口に鎮座します。厳島神社境外 摂社 大元神社
御祭神=国常立尊、大山祇神、保食(うけもち)神。
相殿=最初に社殿を立てた佐伯鞍職)
諸説あるらしいですが厳島神社よりも古いとも云われ、島の地主神を祀るともされる神社。
大元浦(水族館の少し西の大元公園入口あたりにある)大元浦は厳島合戦における陶晴賢と大内軍団の上陸地点でもある。
七つの摂社末社をめぐる御島廻神事の最後の配所でもある。また夏の大祭〜管弦祭でも管弦船が寄港し祝詞や管弦が奏される。
厳島神社HP記載にによれば 創建は不詳ながら仁安三年(1168)の佐伯氏の記録に大伴社として記載されているそうです。
社殿も古く大永三年(1523年)再建。屋根が独特で長板葺=六枚重ね三段葺(他になく大元葺きとも云われるそうです)。
本殿内陣の玉殿=柿葺で一間社流 見世棚造りで三殿あり 嘉吉三年建立(1443年)本殿より古い。
大祭は一月二十日の百手祭(弓の神事)
音楽=のる様作 鎮守の森~和風&アンビエントなピアノソロ~&KANADE ~ゆったりリラックス系 ピアノソロ~
【上田宗箇 隠棲の地】浅原 亀山神社と巨樹 廿日市市浅原(旧佐伯郡佐伯町浅原)
サムネ〜田園と鎮守の森遠景。廿日市市の北部旧佐伯町浅原 国道186号線と県道2号線(岩國佐伯線)が分岐するあたりにある。
浅野藩家老・上田重安こと宗箇が三年間隠棲した地でもある。今も史跡=岩船の水が残る。
田んぼと川の間にこんもりとした森があり神社がある。亀山神社でツガや杉などの大木がお多い。神殿は流造でなかなか綺麗だった。観た感じ鳥居脇のツガ、石段脇の杉が特に巨木であるようだ。
情報がないので、たまに拝見する、「はつかいちぶらり」(県西部地域の歴史などの情報満載)というブログを拝見しますと八幡宮、河内神社、鉾大明神の三つの祭神を祀るらしいですね。
ツガの巨樹はいくつかの巨樹、大木のサイトにも出ていました。でかいです。
今まで見過ごしていた(近くは何度も来てるんだが)初めて参拝。日常の周辺にも隠れたいい場所ってあるんですね。
山口県天然記念物 宇佐 八幡宮「大スギ群」 岩国市錦町宇佐
宇佐八幡の大杉群 岩国市錦町宇佐の鎮守社。寂地峡近くにある神社で宇佐神宮を勧請した古社。
天仁元年1186年 鳥羽天皇の御代 この地の住人 常国太郎左衛門が豊前国宇佐八幡より勧請した。
神社で二度の遷座して花園天皇の頃び現在地に鎮座する。
神殿は江戸時代弘化年間 再建。
錦町(現岩国市重要文化財指定)室町時代の南蛮鉄灯篭も破損しているが神殿横に保存されています。
今年5月に参拝した。
宇佐の大杉巨樹群=樹齢900年と推定される境内前の巨樹(樹高60m周囲7.5m)ほか大木が多くある。正和元年1312年この場所へ遷座した頃すでに大杉があったと言います。周囲は鬱蒼とした杉林である。山口県指定天然記念物。
別垢の神社動画から巨木関係を整理編集し直した。
【巨樹の風景】 旧厳島神社兼帯(けんたい)社「宮内天王社」と社叢 夏の終わりに
宮内天王社(みやうちてんのうしゃ)と社叢の風景。ムクロジ(字幕は打ち間違えてます)、イヌマキ、イチョウ、モミ、ケンポナシなど・・大木が多い鎮守の森。
旧西国街道沿いである。元来は海岸近くにあったが、天正年間に津波災害で現在の宮内へ遷座した。
社叢に現在の残る何本かの巨樹大木は鎮座後に人により植えられたものらしい。
神武天皇東征時に海岸近い元宮のあたりに立ち寄ったという伝説があり天王宮と云われたという。ただ八坂神社と称したところを見ると元来は祇園社で牛頭天王を習合した神仏混交の社だったのではないかと思うんだがどうだろうか(詳細は不明)
主祭神=素戔鳴命、神武天皇のニ座 と相殿神がある。
祭祀は廿日市天満宮により兼務で行われています。
明治後は八坂神社と改称したが戦後昭和44年頃 氏子の希望で宮内天王社へ社号を再度改称した。
江戸時代〜厳島神社兼帯七社厳島神社 旧兼帯七社 〜江戸時代まで兼務の社が7箇所あったらしい、速谷神社(速田神社)、廿日市の大頭神社や大竹市大瀧神社、広島市祇園の安芸津彦神社、三翁神社、府中の惣社(今の多家神社の元になった神社の一つ)
祭祀を厳島神社の祀官が行い社殿などの修築も厳島神社が賄った。境内にあります社殿修築の寄進者を記載した石碑を見ますと、厳島神社が多くの寄進をしていました。
境内は大木も多くあり村社として守られてきたようです。旧山陽道が近くを通っていた場所でもある。御手洗川沿いあたりは大体 旧山陽道にあたるらしい。風情はありますよ。
廿日市市宮内は県道30号線が走り県道と御手洗川がぶつかる所の旧道を少し川沿いに遡ると参道入り口がある。ちょうど交番のところを入れば良い(交差点のところには島根県吉賀町の柿木村アンテナショップがあるがオススメw)駐車スペースが細長く狭い。
*同市内 県指定天然記念物津田の大カヤの木と真幡神社 sm39209336
*宮内天王社 紅葉途中の頃 sm37905347(この頃はムクロジに苔がないな)
使用音楽 のる様作(ニコニココモンズ)1雫~優しく穏やかメロディックな ピアノソロ2KANADE~ゆったりリラックス系 ピアノソロ
〜巨樹の風景〜 県天然記念物「津田の大カヤ」巨樹 広島県廿日市市津田 真幡(まはた)神社内
佐伯地区の津田にある真幡神社の社殿に傘を差しかけたようにそびえる御神木。
たまに行きたくなる。久しぶりの参拝記録。
樹高35mもある常緑針葉樹カヤの巨樹。県下同種で最大の木である。
モミに似ているが葉の先や果実の形状がが違う(もみの木=葉は先が割れ、果実は球形)
カヤの木は用材としては碁盤や将棋盤に用いられることが多い木でもある。
また、カヤの木の実は、楕円形で果実は鮮やかな緑の肉質の仮種皮に覆われているが熟すと紫褐色となる。熟すと割れて種子を落とすようです。
種子=食用になり アク抜きをして そのまま炒る、餅につき込みなどなどして食すようです。
また油が多いので、昔は灯火用の油(灯明)や食用油などに使われたといいますが見たことはないですよね。探偵ナイトスクープでお寺に保存された油で天ぷら?したのを見た記憶がある(曖昧だけど)
カヤの実、自体をあまり見る機会がないので初めて見ました。綺麗な色をしている。
2021 真夏
*文化財の詳細は県の広島大百科サイト津田の大カヤの項を参照しています。
巨樹のある風景 「老松神社」 防府市御茶茶屋町
老松神社は、防府市御茶茶屋町にあり近くには英雲荘があり(昔の毛利藩の公式な御茶屋遺構)三田尻あたりは海の側で毛利水軍の御船倉などがあった。
老松神社=娑婆(さば)氏の氏神として祀られたものが始まりで、須佐神社と言われたものが、のちに貞観年間に老松神社と号したと言われている。
娑婆氏=土師氏(はじし)のことだと思われます。wikiで見ますと土師猪手という方が周防で娑婆連を賜ったと言われているそうで奉斎者はその一族なのでしょうか?
古代豪族 菅原氏も土師氏に連なり同族であった。
菅原道真が太宰府に流されたおり暖かくもてないしたのは国司の土師氏で、日本で最初に菅原道真を祀ったと言われる防府天満宮が鎮座するまち。
天神さまも祭神として合祀されている。
前に長い動画で1回作ったがデーターが出てきたので個別に改めて作り直した。
〜宇佐八幡宮の杉巨樹群〜令和三年初夏 宇佐八幡宮と社叢 岩国市錦町宇佐郷
神社のある場所は 国道434号線沿いにある岩国市錦町宇佐郷で、錦川の支流宇佐川の流れる山里
名勝 寂地峡のすぐ近くである。宇佐郷の名は宇佐神宮より賜ったものらしい。
由 緒
天仁元年1186年 鳥羽天皇の御代 この地の住人 常国太郎左衛門が豊前国宇佐八幡より勧請した。
神社で二度の遷座して花園天皇の頃び現在地に鎮座する。
神殿は江戸時代弘化年間 再建。
錦町(現岩国市重要文化財指定)室町時代の南蛮鉄灯篭も(古い災害で)破損しているが神殿横に保存されています。
宇佐の大杉巨樹群=中でも樹齢900年と推定される境内前の最大の巨樹(二の鳥居前向かって左側)樹高60m周囲7.5m)ほか大木が多くある。正和元年1312年この場所へ遷座した頃すでに大杉があったと言います。周囲は鬱蒼とした杉林である。山口県指定天然記念物。
何もないようだが余分なものがない佇まいがいいのです。
<天然記念物ツクバネガシの巨樹と紫陽花> 友田「速田(はやた)神社」R3 広島県廿日市市友田
緊急事態明け今年初めて旧佐伯町の神社。広島県西部 廿日市市友田 速田(hayata)神社へ。天気で暑すぎず蒸し蒸しもせずいい日和でした。ここは季節ごと定期的に観測に行っています。
ここは広島県天然記念物ツクバネガシの巨樹が参道入り口にある。樹高27メートル(広島文化大百科のHPでは37M?の記載ありどっちだw)もあるもので県内で同種ではおそらく一番大きい。
廿日市市の宮内から県道30号線(旧津和野街道)を上り津田の手前の友田地区にあり。
昔は確かこの辺は友和村と言われていたところで友和公民館が近い(Pあり)
神社すぐ手前に岩組バス停、友和公民館前にバス停があった。
境内は鎮守の森があり背後も山。拝殿は絵馬がかかり吹き抜け。本殿も一間社流造のいい姿です。
本殿の脇障子には彫り物が見える。基本行事でもないと普段は誰もいないみたい。
雰囲気は良い。今回4目かな。
今年は緊急事態で錦帯橋の紫陽花や菖蒲の花を見損ねたので紫陽花が見れてよかった。
この日は湿気も少なく紫陽花も満開で、もみじの色も新緑も上々。
令和三年梅雨の合間に
新庄之宮(熊野神社)社叢と巨樹・夫婦楠(県天然記念物指定) 広島市西区大宮
新庄の宮と巨樹・夫婦楠=新庄之宮(熊野神社)正慶年間(1332年〜1334年)紀州熊野大社から勧請された古い神社。明治後に熊野神社が三篠神社へ合祀されて、現在地はお旅所となったが戦後昭和27年分離して新庄之宮神社として現在に至るそうです。戦争直後は三篠神社が原爆で焼失したため御神体は、社殿が焼けなかった当社(御旅所)の熊野神社跡へ遷移して祀られていたらしいです。
三篠神社 sm38470420
太田川河口の三角州に形成された自然の名残の社叢クスノキ、タブ、サカキなどの常緑広葉樹とケヤキ、ムクジロ、エノキ、ムクなどの落葉広葉樹からなる戦前の広島のデルタ地帯にあった樹叢の姿をよく残している。広島県指定天然記念物。境内は大木が多く気持ちいいです。
現在の社殿は天保年間の再建。被爆建物である。爆心地から2、9kmでしかも当時は周囲が民家もまばらな田園だったため焼け残って助かったらしい。戦後保存工事もなされている。
夫婦楠(めおとくす)=おとこ楠 〜訂正=おっと楠とおんな楠〜それぞれ樹高30M目通り6.5Mと5.5Mもある県下でも 有数の 巨樹である。(県の指定の天然記念物)
横川駅から国道183号線を歩きやす広い歩道を20分くらいの場所。
天然記念物社叢に関しては広島大百科(文化財データベースサイト)を参考にしています。
横川周辺 西本願寺広島別院や寺町、他に電車通りを下ると広瀬神社や天満川沿いに下ると空鞘神社、中広、己斐方面へ向かうと広島天満宮なども近い。
広島市西区 三篠神社 sm38470420
廿日市市 早春の雪の舞う地御前神社 sm38289814
【西国街道 】今に残る【廿日市 街道松】と【桜尾城趾(桂公園)】sm38305356
【西国街道 廿日市宿場跡】厳島神主家 桜尾城の鎮守「 廿日市 天満宮 」(二)旧別当寺正覚院と「巨樹 千年楠 」
後半は旧別当寺正覚院と山頂の千年「大楠」など 少しパワスポ編です。*西側の眺め〜鐘楼〜正覚院〜千年楠巨樹〜参道を下る。参道大鳥居近くの今が盛りの蝋梅(2月12日に再度訪れた終わってました)
旧厳島神主家の守護神で、廿日市駅の南側にあり電車からも見える目立つ天神山(篠尾山)
明治後、天満宮と真言宗 正覚院(寺伝では行基開基とも言われ相当古いようです)に分離された。
天神の創建は古く鎌倉時代承久2年(1220年)文官の中原親能(大江広元の兄)の一族中とも言われるている鎌倉幕府・御家人藤原親実が、厳島神主に任命され、桜尾城に着任 天福三年(1233年)笹尾山に荏柄天満宮より守護神として神霊を勧請したものと伝わる。
のち藤原氏は鎌倉末期安芸国へ下向し国人領主化した。
篠尾山は厳島神主家の居城「桜尾城」(三方を海に囲まれていた)の支城の一つであったという。今山は小さくなっていますが・・・。
戦国末期 厳島神主家が滅んだ後も大内氏が祭祀を命じていたらしいですが、大内氏も滅び次第に衰微してしまう。江戸時代の慶安5年町の氏子の寄進がおこなわれ社殿が再興され傍らの神宮寺と共に神仏習合しており「別当寺天神坊」と呼ばれた。のちに新宮神社(下平良)、八幡宮(佐方)も勧請され〜 旧廿日市全域の鎮守・総氏神として続いてきたという。 神社庁、廿日市天神HP縁起参照。
廿日市総氏神 廿日市天満宮(1)(新宮社も勧請されている)sm38258080
新宮神社(藤掛城主が建立した〜下平良の氏神)sm38156694
西国街道を少し進んだ宮内にある 宮内天王社(宮内上組の氏神)sm37969384
桜尾城支城があった藤掛山の広田神社 sm36972757
少し西にある厳島神社外宮 地御前神社 sm3738415
上平良にある二ノ宮 延喜式内社名神大社 速谷神社 sm35298947
周防大島文殊山<大同元年開基>智慧の 文殊堂 黄落の境内〜本編〜(山口県大島郡周防大島町三蒲)
大幅に追加・編集し直した。屋代島(周防大島)にある〜弘法大師開基と伝承される文殊菩薩を祀る文殊堂。文殊山の8合目にあるお堂である。公孫樹(イチョウ)の巨樹や紅葉など晩秋〜初冬は境内は黄金色に埋まる。大木なども多い。山好きな人は結構登ってる山です。
由緒は案内板を参照した。一応山口県では日本三文殊菩薩の一つとされている。
県道106号線を辿ります、途中県道と文殊堂方面への道が分岐している(案内板がある)
また、その辺りに徒歩参道の石段もある。途中駐車スペースもあるので徒歩で行くのもいいでしょう。
現在は松尾寺の奥の院ではなく地域管理の単独のお寺の模様。
もう少し日差しがあればよかったんですがね。
なかなか遠いので懐かしいしいつでも参詣できる様に映像で残しました。
ナレーターはSiriちゃん。
<周防 岩國領と領民の安寧吉祥を祈る祈願所> 黄檗宗〜阿品弥山「長楽寺」と山の眺め 第四稿(萩 東光寺関連寺院) 岩国市
岩國の霊峰〜弥山の寺社巡りと山の風景。かつては江戸時代吉川広家公により〜岩国北ノ方鬼門除護と岩国領と領民の全ての安寧を祈る霊場である弥山社として神仏習合の霊場だった。
明治期、阿品、日宛、瓦谷の三村の境にあることから阿品=長楽寺、日宛=日宛山神社、瓦谷=赤滝神社の社寺に分割された経緯がある。
享保年間社殿造営の時、黄檗宗と定まり萩の毛利氏菩提寺 東光寺の関連寺院である。
社殿後ろのもみぢの木が大きいです。アクセスが大変なので来る人は少ないようです。
久々の投稿であります。十月の紅葉前に行きました。
11月なかばにまた行きましたんで山の紅葉の動画はまた作成したい綺麗でしたよ。
自信はないんですが、海側の彼方におそらく霞んでましたが四国山脈の方も見えてたのではと思います。もう少し空気が澄んでいればよかったんですが。
そんなに街から遠くはないんでたまに下界の工事の音?なんかがしたりはしますが基本は静寂そのもの。風と虫と小鳥の声。
車利用だと阿品側から県道59号線、美和町日宛地区〜市道経由59号接続か林道日宛東線をいく。
道路改修碑(峠の辺り)〜弥山までの道は車で上がれますが林道なので小石や枝が落ちてたらりますのでゆっくり上がりたいもの。
静かなところなんで、音量を上げたらノイズが拡大されたので自然音を消してサウンド(うまくいかないんで3回書き出しました書き出し時にサウンドの切り替えの場面でノイズが出たようです品質を上げると時間がかかる^^; )と最後に下山時に県道59号から見た弥山の画像追加しました。
*紅葉前の部分はなんとか完成。今度登山もしたい。今年2回行きましたここすごく好きなんですよね。はじめては30代前半頃だったかな昔ですね山口県百名山を片手に県道59号から山頂〜杭名へ下山して単独登山で行きました絵が今でも浮かびます。滅多に行けないので記録しておかないとイメージ薄れますのでね。
瀬戸の島はるかに見えて小吉かな 眺めは良い
*弥山参道登山口の様子と湧水阿品の水 sm37944127
*ニコ動は限界があるのでこちらの方が画質を高くあげてます。 https://youtu.be/gMjaoLOs7To
<広島県の神社>廿日市市 吉和地区 神社編 旧吉和村 総鎮守 「速田神社」と美濃木神社 廿日市市吉和
県道471号線〜綺麗な森林帯を降り〜 吉和への(4)最後です。自然の中のリゾート施設魅惑の里で休憩したあと・・・夕方です。
吉和の中をすこしみてあるいた。このあたりは旧吉和村といい廿日市市の最北の町である。
1 美濃木神社
国道186号線傍に立つ美濃木神社(大きな杉が林立しています)に立ち寄る(もう夕方なので鳥居のところから遥拝)
由緒不明ですが社殿や木立はいい感じでした。検索してもないんですよね情報。唯一夏にこの境内 に狐の剃刀」という山野草の花が観れるという記事があった。
2 速田神社
県道296号戸河内吉和線の田中原という集落にある速田神社へ(大木の杉の林立する境内)
由緒書などないのですが帰宅後検索してみると吉和の総鎮守だそうですね。
はつかいちぶらりブログと神社所蔵品情報が吉和区民館HPにありましたので参照しました。
おそらく延喜式内名神大社 速谷神社を勧請したものです。速田神社は今年三社目。
速田神社は廿日市友和や岩国市美和町阿賀にもありましたね。今年は三社目です
魅惑の里散策 sm37670800
県道(険道?)471線走行編(1)〜(2)全長版 sm37658809
神社二社はGoogleマッピで見ていたのでいってみたくて少し立ち寄る。紅葉の頃に明るい時にまた行こうかな。
吉和観光のHPで美濃木神社 裏の林道は5kmくらいは紅葉が綺麗でドライブはおすすめと書いてありました。
四和〜魅惑の里 なかなかいい道(おもしろい)でした。涼しい秋の気配がした。樹林が素晴らしいです。冬季は通行止めですからね。
行けたら紅葉した頃源流の森をもう1回走りたいですね。
岩国市錦町 宇佐郷 平安末期勧請 宇佐八幡宮と宇佐の大杉群(県 天然記念物)令和二年訪問
岩国市錦町宇佐にあるこの地の鎮守社。寂地峡近くにある神社で、自然観察路Aコースはここが入っている。この日は山間部は曇ったり晴れたりの天気。
由 緒
天仁元年1186年 鳥羽天皇の御代 この地の住人 常国太郎左衛門が豊前国宇佐八幡より勧請した。
神社で二度の遷座して花園天皇の頃び現在地に鎮座する。
神殿は江戸時代弘化年間 再建。
錦町(現岩国市重要文化財指定)室町時代の南蛮鉄灯篭も破損しているが神殿横に保存されています。
参拝は多分3回目くらい。
宇佐の大杉巨樹群=樹齢900年と推定される境内前の巨樹(樹高60m周囲7.5m)ほか大木が多くある。正和元年1312年この場所へ遷座した頃すでに大杉があったと言います。周囲は鬱蒼とした杉林である。山口県指定天然記念物。
宇佐の南蛮鉄灯篭=室町初期に藤原朝臣安信が鋳造したもので永享9年寄進されたもの。災害にて土中にあったものを掘り出したので破損しており笠部分と中台 基礎のみ残る。
県重要有形文化財。
宇佐郷へ行くには国道434号線を辿る
1 国道186号線で登り冠高原から松の木峠を下る。道はまあいいがカーブが多い。
2 国道187号線を走りR434へ入り宇佐川沿いを行く(今バイパス建設中のようでしたが、現在はすごい谷沿いの酷道的な箇所があるので車両に制限がある)大型車用の迂回路もあるみたいでしたが・・・。
寂地峡、五竜の滝=sm37527628