タグ ASEAN が登録されている動画 : 301 件中 65 - 96 件目
種類:
- タグ
- キーワード
対象:
『黄色いさくらんぼ』北京語版2…南虹「不知道」
♪若いむすめが、ウッフ~ン♪って、1970年にデビューしたゴールデン・ハーフの歌かと思っていたら、それより前の59年にスリー・キャッツが歌っていたそうで…。台湾でカバーが出たのは台湾語版「黄桜桃(sm24882485)」が62年、北京語版「黄色的小桜桃(sm24882431)」が66年なので、スリー・キャッツのカバーと言うことになりそう。一方マレーシアで出た「不知道」はゴールデン・ハーフのカバー。南虹は70年代に活躍したマレーシアの歌手。
軍艦行進曲の系譜 ミャンマー・ドゥーイェ・タッマドゥ Myanmar Tot Ya Tatmadaw
ミャンマー(旧ビルマ)国軍で歌い継がれるミャンマー・ドゥーイェ・タッマドゥです。
軍艦行進曲のメロディーがそのまま採用されています。
Myanmar (Burma) Army march "Myanmar Tot Ya Tatmadaw"
Music: Toukiti Setoguti (Japanese Navy march).
転載 http://www.youtube.com/watch?v=ZSmqdf6N4n8
南シナ海紛争 専門家「中国は敗者」
Youtubeから 元動画のURL: http://www.youtube.com/watch?v=3LSK5pStdC0 ming700913ji さんが 2011/07/24 にアップロード 『【新唐人2011年7月25日付ニュース】中国と東南アジア諸国連盟は先日、この海域をめぐる争いの解決に向け、「南シナ海行動宣言」の実施で合意。これについて評論家は、中国は明らかに敗者だと言い切りました。「南シナ海行動宣言」の実施で中国と東南アジア諸国連盟が合意した点を、専門家は評価。軍事評論家 文昭さん:「少なくとも最近の衝突で中国を交渉のテーブルに戻しました。まだ実質的な結果はありませんが、この流れは間違いなく南シナ海各国が団結し、国際社会の支持を得て、大国に介入してもらい、中国に圧力をかけようとしています…』
南シナ海紛争 専門家「中国は敗者」
【新唐人 HP:http://www.ntdtv.jp/ 2011年7月23日付ニュース】中国と東南アジア諸国連盟は先日、この海域をめぐる争いの解決に向け、「南シナ海行動宣言」の実施で合意。これについて評論家は、中国は明らかに敗者だと言い切りました。「南シナ海行動宣言」の実施で中国と東南アジア諸国連盟が合意した点を、専門家は評価。......新唐人テレビがお伝えしました。http://www.ntdtv.com/xtr/gb/2011/07/22/atext563135.html.(中国語)-评论:南海冲突-中共是输家.html
ピンキーとキラーズ『恋の季節』北京語版3…羅賓「恋愛的季節」
『恋の季節』は1968年の大ヒット曲。台湾ではすぐに北京語カバーの「恋愛季節(sm22748186)」が出ていろんな歌手がレコードを出し、文化大革命真っ最中の中国を除く中華圏全体に拡がりましたが、シンガポールやマレーシアでは「恋愛的季節」という別バージョンの北京語カバーが出現し、何人もの歌手が歌ってました。羅賓はマレーシアの歌手。
北島三郎『ジャンスカ節』北京語版1…龍飄飄「娶新娘」
北島三郎の『ジャンスカ節』は1963年の曲ですが、冒頭に♪土方ころすにゃ、はものはいらぬよ、雨の三日も降ればいい♪というセリフが入るので、今なら放送禁止?。台湾語カバーの「内山姑娘要出嫁(sm22769260)」は花嫁行列を追いかける男の歌で、台湾では伝統的な祭りに欠かせない民謡と化してすっかり定着してますが、マレーシアで出た北京語版が「娶新娘」。ただしなぜか歌詞が異なる2つのバージョン(sm26029684とsm26030167)があるようです。龍飄飄は台湾人ですが、シンガポール人と結婚してマレーシアに定住し、台湾語演歌の北京語版を次々とリリースして、東南アジアに演歌を広めた歌手。
畠山みどり『無情念仏』北京語版5…張小英「我心碎了」
畠山みどりの『無情念仏』は1965年の曲。台湾語版の「給無良心的人(sm26583798)」は悪どい商売をしている人を諌める説教ソングですが、北京語版はアタシを捨てた良心のない男に対する恨み節で、「没有良心的人(sm26589042やsm26589070)」や「没良心的人(sm26816963やsm26816983)」のタイトルで香港・台湾・シンガポールで歌詞が異なるバージョンがいくつも出てます。別タイトルの北京語版「我心碎了(sm28092214)」もシンガポールやマレーシア、香港の歌手が歌った男に対する恨み節ですが、こちらの歌詞は♪父親がいない子供は可哀想~♪って、子ども作ってから捨てられた?
三橋美智也『古城』北京語版2…韓宝儀「夕陽紅」
三橋美智也の『古城』は1954年の大ヒット曲。レコードが300万枚も売れたとか…ホントか?台湾では台湾語カバーの「落葉思情(sm26854004)」が、香港では北京語カバーの「夕陽紅(sm26854024)」が出て、「夕陽紅」はマレーシアやシンガポールではいろんな歌手が現在までリリースし続けていますが、香港版とマレーシア・シンガポール版(sm26854446)は、歌詞がなぜか一文字だけ異なっていて、♪看見夕陽紅(赤い夕陽を見る)→♪再見夕陽紅(再び赤い夕陽を見る)になってます。韓宝儀は台湾出身のマレーシアの歌手。
ザ・ピーナッツ『情熱の砂漠』広東語版09…郭炳堅+方琳「人細鬼大」
『情熱の砂漠』はザ・ピーナッツが1973年に歌った曲ですが、その年に欧陽菲菲が「熱情的沙漠」として北京語でカバー。台湾では♪ア~♪という声が「青少年に悪影響を与える」と、政府によって禁止歌曲に指定されてしまいましたが、香港や東南アジアで爆発的にヒットし、広東語のカバーも続々と作られました。マレーシアで出た「熱情的男女」は、デートに行きたいけど親に怒られそう…という少女を、男があれこれなだめすかしてこっそりデートに行くという内容。マレーシアで歌詞を北京語化した「熱情的男女(sm32661996)」が出たり、中国で歌詞を一部変えた「寡佬戯玉人(sm26251337)」が出たりしてます。
上原敏+結城道子『裏町人生』広東語版3…鄭錦昌「夢裡人」
『裏町人生』は1937年のヒット曲。上原敏は後にニューギニアで戦死しています。
西城秀樹『傷だらけのローラ』北京語版5…康喬「噢!羅娜」
1970年代後半から80年代前半にかけて、中華圏で人気絶大だった西城秀樹。その代表曲と言えば♪ローラ♪ですが、カバー曲も北京語版はマレーシアで「羅拉Laura(sm24978638)」と「羅娜(sm25388535)」「噢!羅娜(sm30455736)」、中国でも「羅拉(sm25199553)」と「羅娜(sm25388504)」が出て、香港では広東語版の「羅娜(sm23104977)」が出ました。羅拉はローラですが、羅娜はローナになるはず?中国人は「ラ」と「ナ」の発音がごっちゃになるみたい…。1983年に「噢!羅娜」を歌った康喬は、70年代末から80年代にかけて活躍したマレーシアの歌手で、当時のあだ名は「舞台帯道者」、たぶんヒデキのような派手なステージで歌っていたんでしょう。現在では歌手を引退して花屋の社長とか。
八代亜紀『女心は港の灯』北京語版…岳雷「粉紅色的腰帶」
『女心は港の灯』は1981年の曲。台湾では台湾語カバーの「粉紅色的腰帶(sm27886889)」がテレビ人形劇の挿入歌となりヒットしましたが、シンガポールでは「北京語普及政策」の一環で台湾語や広東語などの方言ソングは放送禁止。そこで北京語でカバーし直した「粉紅色的腰帶」が出たという次第。
『ツーレロ節』福建語版…邱清雲+江夢蕾「亜伯跳迪斯可」
『ツーレロ節』はドリフの歌が流行りましたが、昭和30年代には小林旭が歌い、さらに遡ると戦前に海軍の『シャンラン節』を、芸者歌手の美ち奴がレコード化してヒットしたもの。で、その『シャンラン節』は「台湾民謡」だそうですが、台湾では『ツーレロ節』は日本の歌ということになっていて、お互いにルーツをなすり付けている状態。『ツーレロ節』の台湾語版は小林旭のバージョンをカバーした軽快な「心心相愛(sm25183182)」がメジャーですが、もう1つのカバー「春宵舞伴(sm25184607)」はどのバージョンをもとにしたのか謎。さらにそれをマレーシアで現代風?にアレンジしたのが「亜伯跳迪斯可」。タイトルを訳せば「おっさんディスコで踊る」。邱清雲は客家語の歌で人気が出た「客家歌王」ですが、実は福建人。
平尾昌章『星は何でも知っている』北京語版2…呉剛「星星之夜」
『星は何でも知っている』は1958年に平尾昌章が歌ったヒット曲で、台湾では北京語版の「星星知我心」と台湾語版の「星星知我心」が出現しました。台湾ではその後、北京語版はすたれて台湾語版が歌われてますが、シンガポールやマレーシアでは「星星之夜」というタイトルに変わって生き残り、現在もいろんな歌手が北京語版を歌い、新作のMVも出しています。北京語版の「星星知我心」と「星星之夜」は、歌詞は同じ。ちなみに中国語でシンガポールの略称は「星」。
杏里『CAT'S EYE』北京語版2…黄泰倫「誘惑」
原曲は1983年のアニメ『キャッツ♥アイ』の主題歌。香港で出た広東語カバーは「甜蜜的禁果(sm22978960)」。
渡辺はま子『いとしあの星』北京語版1…黄清元「盲目的愛情」
『いとしあの星』は1939年の日本と満州国の合作映画『白蘭の歌』の主題歌。映画では李香蘭が歌ってましたが、翌40年にレコードを出したのは渡辺はま子。戦後、香港で「白蘭之恋(sm25462072)」、台湾で「星月知我心(sm26408371)」、シンガポールで「盲目的愛情(sm25461761)」「愛人(sm26408277)」などの北京語カバーが出現してます。「盲目的愛情」は1963年に張小鳳が歌った曲で、現在までシンガポールやマレーシアの歌手が何回もカバーを続けてる模様。
『こんなベッピン見たことない』北京語版3…荘学忠「忘也忘不了」
『こんなベッピン見たことない』は芸者歌手・神楽坂はん子が1953年に歌ったヒット曲。台湾では台湾語カバー「美姑娘仔」と北京語カバー「忘也忘不了」が出ました。「忘也忘不了」はいろんな歌手が歌いましたが、67年に陳淑樺が歌った「忘也忘不了(sm26985398)」と、鄧麗君(テレサ・テン)が70年に歌った「忘也忘不了(sm26985469)」は少し歌詞が異なります。マレーシアやシンガポールでは現在もカバーされ続けていて、歌詞は陳淑樺版とテレサ版のごちゃ混ぜ。ただし♪你丟下了我♪(あなたは私を捨てた)の部分が♪你抛棄了我♪になっていて、意味は同じでもわかり易い表現(?)になってます。荘学忠はマレーシアの歌手。
藤島桓夫『俺らは東京へ来たけれど』北京語版3…林淑容[媽媽請妳多保重]
『俺らは東京へ来たけれど』は藤島桓夫が1957年に歌った曲。日本ではとっくに忘れ去られた曲ですが、台湾語カバーの「媽媽請你也保重(sm26024542)」は、台湾では誰もが知ってる大ヒット曲。で、その北京語版としてシンガポールで黒縁メガネがトレードマークの黃清元が歌ったのが「媽媽請你多保重(sm28528568)」。一方、マレーシアでは歌詞が少しだけ異なる「媽媽請你多保重(sm28835005)」と、歌詞が丸っきり違う「媽媽請你多保重(sm28835028)」、それに「媽媽請你也保重(sm26024629)」などの北京語版が出ています。
山口百恵『走れ風と共に』北京語版…黄鶯鶯「衝激」
『走れ風と共に』は山口百恵と三浦友和の主演ドラマ『赤い衝撃』の挿入歌。黄鶯鶯は台湾出身で、シンガポールに拠点を移して黄鶯鶯(トレーシー・ホァン)の名で活躍した歌手。
