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都はるみ『大阪しぐれ』北京語版5…龍飄飄「秋雨濛濛」
『大阪しぐれ』は都はるみが1980年に出した歌ですが、日本以上に演歌ファンが多い台湾ではたちまち無数のカバーソングが出現。台湾語版が「夜雨思情(sm23362981)」「夢中人(sm23363126)」「盲人的心声(sm23367202)」「大阪之雨(sm23367265)」「飮酒消愁愁更愁(sm27507478)」「異郷夜雨(sm27507457)」に、北京語版が「夜雨(sm23367866)」「濛濛秋雨(sm23367959)」「秋色慕情(sm23367987)」「只要你心裡有我(sm23368011)」「秋雨濛濛(sm27507531)」と、11種類確認しましたが、他にもまだあるかも。。。龍飄飄は台湾人ですが、マレーシアのレコード会社を拠点にもっぱら台湾語の演歌を共通語の北京語でカバーし直して活躍した人で、いわば東南アジアに演歌を広めた功労者。
『真っ赤な夕陽が燃えている』客家語版…張少林「見人講鬼話」
『真っ赤な夕陽が燃えている』はセメントミキサーズが1989年に『いかすバンド天国』に出場した時に歌った曲。セメントミキサーズは翌90年に、この曲も収録されたアルバムを1枚出したきりで解散してしまいましたが、91年に香港で李克勤(ハッケン・リー)が出した広東語版「護花使者(sm28507064)」が大ヒット。その後マレーシアで出た客家語カバーが「見人講鬼話」。タイトルを訳せば「相手を見てアヤシイ言葉を話す」で、外国人に会えば外国語をイロイロ話すけど、一番苦手なのが官話(公用語=マレー語)で、2番は客家語とマレー語のチャンポン。マレーシアで客家人はサバやサラワクに多く住んでいる模様。張少林は香港の広東語ソングを片っ端から客家語のコミックソングにしている人。
フィリピン学校教科書シリーズ 数学教科書篇
omb66氏(引退)が過去に投稿した動画を、転載しています。
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『真っ赤な夕陽が燃えている』福建語版…小萍萍「福建Rock & Roll」
『真っ赤な夕陽が燃えている』はセメントミキサーズが1989年に『いかすバンド天国』に出場した時に歌った曲。セメントミキサーズは翌90年に、この曲も収録されたアルバムを1枚出したきりで解散してしまいましたが、91年に香港で李克勤(ハッケン・リー)が出した広東語版「護花使者(sm28507064)」が大ヒット。その後マレーシアでは福建語版の「福建Rock & Roll(sm31159689)」や、客家語版の「見人講鬼話(sm28507203)」、北京語版の「愛人,快回来吧(sm28568071)」などが次々と出てます。92年に「福建Rock & Roll」を出した小萍萍は福建語と北京語で歌っていたマレーシアのちびっ子歌手で、現在は呉泓君と改名した模様。東南アジアの福建語は、台湾語とほぼ同じです。
岸田智史『比叡おろし』北京語版2…康成「愛的夢」
岸田智史(現在は岸田敏志)の『比叡おろし』は1980年の曲ですが、香港でなぜかウケて、翌81年から82年にかけて「落雁(sm24067737)」「愛情味道(sm24068785)」「愛和夢(sm24068805)」と、3つのカバーが相次いで出現しました。一方で、北京語版は台湾で出た「悲劇(sm27379795)」やマレーシアで出た「愛的夢(sm27379823)」、中国で出た「愛与夢」「風雨送別」などがあります。
都はるみ『大阪しぐれ』北京語版2…黃清元「濛濛秋雨」
『大阪しぐれ』は都はるみが1980年に出した歌ですが、日本以上に演歌ファンが多い台湾ではたちまち無数のカバーソングが出現。台湾語版が「夜雨思情(sm23362981)」「夢中人(sm23363126)」「盲人的心声(sm23367202)」「大阪之雨(sm23367265)」「飮酒消愁愁更愁」「異郷夜雨」に、北京語版が「夜雨(sm23367866)」「秋雨濛濛(sm23367959)」「秋色慕情(sm23367987)」「只要你心裡有我(sm23368011)」と、10種類確認しましたが、他にもまだあるかも。。。
山口百恵『ありがとうあなた』北京語版1…李采霞「赤的疑惑」
中華圏で一番有名な日本人と言えば、山口百恵。その主演ドラマ『赤い疑惑』は、香港では1983年に「赤的疑惑」のタイトルで放送され、中国では84年に「血疑」のタイトルで放送されて爆発的な人気を呼びました。香港では当時「香港の山口百恵」として売り出し中の梅艶芳(アニタ・ムイ)がドラマ主題歌の広東語カバー(sm22758400)を歌い、人気スターになりましたが、マレーシアではその北京語版のカバーが登場。ちなみに香港ではその後、「赤的疑惑」という言葉がすっかり定着してしまい、中国政府や共産党と親しい関係にあると疑われる人を、マスコミが「赤的疑惑!」と報道。選挙になれば対立する候補者や政党を「赤的疑惑(=中国政府の手先)」と非難するのがお決まりのパターンw
『真っ赤な夕陽が燃えている』北京語版1…王詩惠「愛人,快回来吧」
『真っ赤な夕陽が燃えている』はセメントミキサーズが1989年に『いかすバンド天国』に出場した時に歌った曲。セメントミキサーズは翌90年に、この曲も収録されたアルバムを1枚出したきりで解散してしまいましたが、91年に香港で李克勤(ハッケン・リー)が出した広東語版「護花使者(sm28507064)」が大ヒット。その後マレーシアで出た北京語カバーが「愛人,快回来吧」。マレーシアでは他に客家語カバーの「見人講鬼話(sm28507203)」や福建語カバーの「福建Rock & Roll(sm31159689)」も出てます。
JUNK『鵜戸参り』北京語版2…羅賓「無奈」
『鵜戸参り』は1975年にJUNKというバンドが歌った曲ですが、JUNKはほどなく解散してしまい、埋もれた曲に。ところが81年に香港で徐小鳳(ポーラ・チョイ)が広東語カバーの「無奈(sm23760380)」を歌ったところ、たちまち大ヒット。『鵜戸参り』のカバーと言うより、広東語版「無奈」の北京語版カバーがマレーシア(sm23761316)、シンガポール(sm23761397)、中国(sm23761431)で続々と出現することに。羅賓(ロビン)はマレーシアの歌手ですが、マレーシアの華人は広東系のほか、福建系、潮州系、客家系、海南系といろいろいるので、香港の広東語ヒット曲や台湾の台湾語演歌を、共通語の北京語でカバーするということがよくあります。
北島三郎『ジャンスカ節』 北京語版5…劉秋儀「漂亮的新娘」
北島三郎の『ジャンスカ節』は1963年の曲ですが、冒頭に♪土方ころすにゃ、はものはいらぬよ、雨の三日も降ればいい♪というセリフが入るので、今なら放送禁止?。台湾語カバーの「内山姑娘要出嫁(sm22769260)」は花嫁行列を追いかける男の歌で、台湾では伝統的な祭りに欠かせない民謡と化してすっかり定着してますが、マレーシアで出た北京語版「娶新娘(sm26029684とsm26030167)」「新春嫁個如意郎(sm27337255)」「漂亮的新娘(sm32305611)」は花嫁を迎えるメデタイ歌に。歌詞の内容は変われど、原曲にはない♪ヘイショ!ヘイショ!ヘイショ!♪という日本語のお囃子が入るのは、「内山姑娘要出嫁」以来のお約束。
都はるみ『大阪しぐれ』北京語版1…林淑容「夜雨」
『大阪しぐれ』は都はるみが1980年に出した歌ですが、日本以上に演歌ファンが多い台湾ではたちまち無数のカバーソングが出現。台湾語版が「夜雨思情(sm23362981)」「夢中人(sm23363126)」「盲人的心声(sm23367202)」「大阪之雨(sm23367265)」「飮酒消愁愁更愁」「異郷夜雨」に、北京語版が「夜雨(sm23367866)」「秋雨濛濛(sm23367959)」「秋色慕情(sm23367987)」「只要你心裡有我(sm23368011)」と、10種類確認しましたが、他にもまだあるかも。。。「夜雨」は81年に陳芬蘭が歌ったバージョンですが、林淑容はマレーシアのレコード会社から発売したようで、中森明菜の『少女A(sm23277350)』のカバーを歌った時と同じケース。
水前寺清子『娘ざかり』北京語版2…黄清元「愛的苦酒」
水前寺清子の『娘ざかり』は1965年の曲。中華圏では台湾語のカバー「舊皮箱的流浪兒(sm26279643)」が大ヒットしましたが、東南アジアでは北京語カバーの「愛的苦酒」がヒットしました。しかしなぜか香港版(sm26461450)とシンガポール版(sm26461459)、マレーシア版(sm26461470)では歌詞が少しづつ異なってます。黃清元は70年代から80年代にかけてシンガポールで活躍した黒縁メガネがトレードマークの歌手。
新沼謙治『村祭りの前に』北京語版2…張小英「別了我的愛人」
『村祭りの前に』は新沼謙治が1977年に歌った曲ですが、台湾では翌78年に人気歌手の鳳飛飛が北京語カバー「做個快楽歌手(sm26203384)」(=楽しい歌手になる)を歌ってヒット。一方で、ライバルの甄妮(ジェニー・ツェン)が歌ったもう1つの北京語カバーが「別了愛人」(=さらば、恋人)で、こちらはその後、シンガポールの張小英やマレーシアの羅賓など、東南アジアの歌手がカバーし続けているようです。張小英が歌ってるバージョンはyタイトルが「別了我的愛人」ですが、歌詞は全く同じ。
西城秀樹『傷だらけのローラ』北京語版4…戚舜琴「羅娜」
1970年代後半から80年代前半にかけて、中華圏で人気絶大だった西城秀樹。その代表曲と言えば♪ローラ♪ですが、カバー曲も北京語版はマレーシアで「羅拉Laura(sm24978638)」と「羅娜(sm25388535)」、中国でも「羅拉(sm25199553)」と「羅娜(sm25388504)」が出て、香港では広東語版の「羅娜(sm23104977)」が出ました。羅拉はローラですが、羅娜はローナになるはず?中国人は「ラ」と「ナ」の発音がごっちゃになるみたい…。戚舜琴は70年代後半から80年代にかけて活躍したマレーシアの歌手で、Chik Soon Comeという英文表記からすると広東系の人。とっくに歌手は引退して、現在は仏教出版社の社長とか。
中森明菜『銀河伝説』北京語版…黄小琪「是你」
1980年代に香港はじめ中華圏で大ブームを巻き起こした中森明菜。シングルのみならずB面やアルバム曲まで片っ端から中国語でカバーされてましたが、『銀河伝説』は82年に出したファーストアルバムに入っていた曲で、明菜が『少女A』でブレイクする前の曲。なぜこんなマイナー曲が香港や台湾ではなく、マレーシアで中国語カバーされたんでしょう??
アベノミクス効果で外国人観光客が激増...ただし中国人は激減w
アベノミクス効果(円安)等でで国内外海外の旅行者が増えているそうです。特にASEANタイ・フィリピン・インドネシアからは前年比に比べ70%以上増えているらしいです。
春日八郎『苦手なんだよ』北京語版1…龍飄飄「風塵」
春日八郎の『苦手なんだよ』は1957年の曲。台湾語カバーの「人客的要求(sm25457511)」ば客のリクエストに応えて故郷の歌を歌ったら、故郷にいた頃を思い出して涙がこぼれそう…という水商売の女の心情の歌。で、マレーシアで出たその北京語版が「風塵」。水商売の女のことを中国語で風塵女郎と書きますが、内容は「人客的要求」とだいたい同じ。龍飄飄は台湾人ですが、シンガポール人と結婚し、マレーシアを拠点に活動していた歌手。
細川たかし『北酒場』北京語版3…岳雷「愛的小路」
『北酒場』は細川たかしが1982年に歌った大ヒット曲。中華圏でも台湾では「愛的小路(sm27044833)」「北酒場(sm27044881)」などの台湾語カバーが出て、香港ではなぜかテレサ・テンが広東語版の「遇見你(sm24686086)」を歌い、マレーシアやシンガポールでは北京語版の「層層相思(sm27582055)」「曽聴説(sm27584251)」「愛的小路(sm27582174)」などが出ました。シンガポールでは80年代から「北京語普及政策」によって広東語や台湾語の曲がすべて放送禁止になったため、台湾でヒットした台湾語ソングの北京語版が続々と出てましたが、この曲も台湾語カバーの「愛的小路(sm27044833)」を北京語で再カバーしたもの。岳雷は80年に歌手オーディション番組で優勝しデビューしたシンガポールの歌手ですが、2011年に鼻腔癌で亡くなってます。
ヒデとロザンナ『愛は傷つきやすく』北京語版2…「晴天布満了晚霞」
ヒデとロザンナの『愛は傷つきやすく』は1970年のヒット曲。翌71年に香港で北京語カバー「愛的創痕(sm28652254)」が出ましたが、80年代にマレーシアで出たもう1つの北京語カバーが「晴天布满了晚霞」。歌ってるのは魏漢文と尤菁で、デュエット形式になってます。
