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美空ひばり『大川流し』北京語版1…秦詠「水長流」
美空ひばりの『大川流し』は1959年の曲。北京語カバーの「水長流」は、69年に台湾の姚蘇蓉、陳芬蘭、鄧麗君(テレサ・テン)、青山や、香港の甄秀儀(エミー・イン)、劉鳳屏らが歌って競作になりましたが、台湾では「風紀を乱す」という理由で永らく放送禁止になっていたとか。とてもそんな歌詞には見えませんが…。現在でも台湾やシンガポールなどでは新たにカバーし続けている歌手がいて、秦詠はマレーシアの人。
『浪花節だよ人生は』北京語版3…劉珺児「美麗的期待」
『浪花節だよ人生は』は日本では多くの歌手が歌って1984年に大ヒットしましたが、中華圏でもカバーがやたらと多く、台湾語版は最もポピュラーな「望月想愛人(sm22836825)」をはじめ「愛情像流水(sm22836473)」「美麗的期待(sm23630147)」「酒場痴情夢(sm23630204)」「堂堂好丈夫(sm23630490)」の5種類、北京語版はマレーシアやシンガポールで出た「盼你回頭(sm23527365)」「美麗的期待(sm23527341)」「教我難忘記(sm23527151)」「愛情像浮萍(sm23527120)」「朋友別介意(sm23915482)」「相思樹(sm23915552)」の6種類…まだあるかも知れません。劉珺兒はマレーシアの歌手で「広東語ソングの女王」ですが、89年当時は珍しく北京語でも歌っていた模様。「美麗的期待」は広州でも発売されたとか。内容は旅立つ男に対して成功して帰って來ると期待してるわという歌。
DREAMS COME TRUE:「Love Love Love」の中国語カバー
歌うのは柯以敏(ミンディー・クー、Mindy Quah)。
1972年3月30日生まれ、マレーシア出身。
1991年、「The power of love」という曲でコンテストで2位入賞しデビュー。
1993年には、1stシングルがマレーシアで中国語歌曲部門で
3週連続ヒットチャー ト1位を獲得する。
1994年には3つの金曲奨で新人賞に選ばれ、
マレーシア記者協会主催の娯協奨では、新人賞と十大金曲賞を受賞。
H25/3/12 【ASEAN諸国防衛当局次官級会合出席者による表敬】
くそおやじのブログ「今日の国会中継速報」→http://kuso-oyaji.jugem.jp/
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喜納昌吉『花』福建語版…小萍萍「花心」
1994年。小萍萍は福建語と北京語で歌っていたマレーシアのちびっ子歌手で、現在は呉泓君と改名した模様。東南アジアの福建語は、台湾語とほぼ同じです。
中森明菜『少女A』北京語版3…林淑容「単身女郎」
中華圏で1980年代に圧倒的な人気だった中森明菜。大部分の作品は香港や台湾でカバーされましたが、最初の頃は注目されなかったのか『スローモーション』はカバーされず、『少女A』のカバーが出たのはシンガポール(sm22954697)とマレーシア、そして中国の雲南省(sm22924517)と、C-POP二大中心地の香港と台湾ではカバーされず(90年代に入って台湾でカバーが出現=sm23464208)。林淑容は台湾人ですが、マレーシアのレコード会社にスカウトされて活動。85年にデュエット曲「無言的結局」でブレイクしました。で、「単身女郎」とは独身女性のことで、当時流行った「翔んでる女」「結婚しない女」を謳歌する内容。少女じゃなくて大人の女性の歌です。中森明菜の中国語カバーソング集→mylist/42416560
中島みゆき『ひとり上手』北京語版4…蘇家玉「愛綿綿」
1970年代から80年代にかけて、台湾を中心に日本、香港、東南アジアと、アジアを股にかけて活動した歌姫・鄧麗君(テレサ・テン)の香港での代表曲といえば、83年に歌った『ひとり上手』の広東語カバー「漫歩人生路(sm23036626)」。テレサ・テンはなぜか北京語で歌わなかったので、中国で「快楽人生路(sm24451534)」「美麗新一天(sm24451569)」「漫歩人生路(sm24451766)」などの北京語カバーが出ましたが、マレーシアで出た北京語カバーが「愛綿綿」。歌ってる蘇家玉は中国・江西省出身の歌手で、海南島でデビューし、失恋して(?)マレーシアに拠点を移した人。
西城秀樹『傷だらけのローラ』北京語版1…秦詠「羅拉Laura」
1970年代後半から80年代前半にかけて、中華圏で人気絶大だった西城秀樹。スタンドマイクをひっくり返して激しく歌う姿が衝撃的だったみたいで、許冠傑(サミュエル・ホイ)や譚詠麟(アラン・タム)など、香港の男性シンガーたちも真似してマイクをひっくり返していましたw。74年のヒット曲『傷だらけのローラ』は、広東語カバーが香港(sm23104977)、北京語カバーがマレーシアや中国で出現。秦詠はマレーシアの歌手で、86年にデビューした人ですが、おそらくデビューしたての頃に出した曲です。
ザ・ピーナッツ『情熱の砂漠』広東語版02…張少林「大家捞得起」
『情熱の砂漠』はザ・ピーナッツが1973年に歌った曲。日本ではとっくに忘れ去られた歌ですが、中華圏では欧陽菲菲が北京語でカバーした「熱情的沙漠(sm24200947)」が爆発的にヒットし、今も70年代を代表する曲の1つとして現役の流行歌です。広東語版はかつて香港でお国自慢ソングの「我在高山上(sm24201248)」が出ましたが、2010年にマレーシアで出た広東語版が「大家捞得起」。タイトルを訳せば、「みんな稼げるよ!」で、♪一生懸命やって、友達同士助け合えば、必ず儲かる!福が来る!♪という景気が良い旧正月ソング。張少林はマレーシアの客家系コメディアンで、たまにマレー語が混じる広東語や客家語ののコミックソングを歌ってます。
春日八郎『苦手なんだよ』北京語版2…黃清元「人客的要求」
春日八郎の『苦手なんだよ』は1957年の曲。台湾語カバーの「人客的要求(sm25457511)」ば客のリクエストに応えて故郷の歌を歌ったら、故郷にいた頃を思い出して涙がこぼれそう…という水商売の女の心情の歌。で、シンガポールで出たのが北京語版の「人客的要求」。客のことを台湾語では「人客」と言いますが、北京語では「客人」のはずなんですけどねぇ。マレーシアでは別タイトルの北京語版「風塵(sm25457578)」が出てます。
ヒデとロザンナ『愛は傷つきやすく』北京語版2…「晴天布満了晚霞」
ヒデとロザンナの『愛は傷つきやすく』は1970年のヒット曲。翌71年に香港で北京語カバー「愛的創痕(sm28652254)」が出ましたが、80年代にマレーシアで出たもう1つの北京語カバーが「晴天布满了晚霞」。歌ってるのは魏漢文と尤菁で、デュエット形式になってます。
細川たかし『北酒場』北京語版3…岳雷「愛的小路」
『北酒場』は細川たかしが1982年に歌った大ヒット曲。中華圏でも台湾では「愛的小路(sm27044833)」「北酒場(sm27044881)」などの台湾語カバーが出て、香港ではなぜかテレサ・テンが広東語版の「遇見你(sm24686086)」を歌い、マレーシアやシンガポールでは北京語版の「層層相思(sm27582055)」「曽聴説(sm27584251)」「愛的小路(sm27582174)」などが出ました。シンガポールでは80年代から「北京語普及政策」によって広東語や台湾語の曲がすべて放送禁止になったため、台湾でヒットした台湾語ソングの北京語版が続々と出てましたが、この曲も台湾語カバーの「愛的小路(sm27044833)」を北京語で再カバーしたもの。岳雷は80年に歌手オーディション番組で優勝しデビューしたシンガポールの歌手ですが、2011年に鼻腔癌で亡くなってます。
春日八郎『苦手なんだよ』北京語版1…龍飄飄「風塵」
春日八郎の『苦手なんだよ』は1957年の曲。台湾語カバーの「人客的要求(sm25457511)」ば客のリクエストに応えて故郷の歌を歌ったら、故郷にいた頃を思い出して涙がこぼれそう…という水商売の女の心情の歌。で、マレーシアで出たその北京語版が「風塵」。水商売の女のことを中国語で風塵女郎と書きますが、内容は「人客的要求」とだいたい同じ。龍飄飄は台湾人ですが、シンガポール人と結婚し、マレーシアを拠点に活動していた歌手。
アベノミクス効果で外国人観光客が激増...ただし中国人は激減w
アベノミクス効果(円安)等でで国内外海外の旅行者が増えているそうです。特にASEANタイ・フィリピン・インドネシアからは前年比に比べ70%以上増えているらしいです。
中森明菜『銀河伝説』北京語版…黄小琪「是你」
1980年代に香港はじめ中華圏で大ブームを巻き起こした中森明菜。シングルのみならずB面やアルバム曲まで片っ端から中国語でカバーされてましたが、『銀河伝説』は82年に出したファーストアルバムに入っていた曲で、明菜が『少女A』でブレイクする前の曲。なぜこんなマイナー曲が香港や台湾ではなく、マレーシアで中国語カバーされたんでしょう??
西城秀樹『傷だらけのローラ』北京語版4…戚舜琴「羅娜」
1970年代後半から80年代前半にかけて、中華圏で人気絶大だった西城秀樹。その代表曲と言えば♪ローラ♪ですが、カバー曲も北京語版はマレーシアで「羅拉Laura(sm24978638)」と「羅娜(sm25388535)」、中国でも「羅拉(sm25199553)」と「羅娜(sm25388504)」が出て、香港では広東語版の「羅娜(sm23104977)」が出ました。羅拉はローラですが、羅娜はローナになるはず?中国人は「ラ」と「ナ」の発音がごっちゃになるみたい…。戚舜琴は70年代後半から80年代にかけて活躍したマレーシアの歌手で、Chik Soon Comeという英文表記からすると広東系の人。とっくに歌手は引退して、現在は仏教出版社の社長とか。
新沼謙治『村祭りの前に』北京語版2…張小英「別了我的愛人」
『村祭りの前に』は新沼謙治が1977年に歌った曲ですが、台湾では翌78年に人気歌手の鳳飛飛が北京語カバー「做個快楽歌手(sm26203384)」(=楽しい歌手になる)を歌ってヒット。一方で、ライバルの甄妮(ジェニー・ツェン)が歌ったもう1つの北京語カバーが「別了愛人」(=さらば、恋人)で、こちらはその後、シンガポールの張小英やマレーシアの羅賓など、東南アジアの歌手がカバーし続けているようです。張小英が歌ってるバージョンはyタイトルが「別了我的愛人」ですが、歌詞は全く同じ。
水前寺清子『娘ざかり』北京語版2…黄清元「愛的苦酒」
水前寺清子の『娘ざかり』は1965年の曲。中華圏では台湾語のカバー「舊皮箱的流浪兒(sm26279643)」が大ヒットしましたが、東南アジアでは北京語カバーの「愛的苦酒」がヒットしました。しかしなぜか香港版(sm26461450)とシンガポール版(sm26461459)、マレーシア版(sm26461470)では歌詞が少しづつ異なってます。黃清元は70年代から80年代にかけてシンガポールで活躍した黒縁メガネがトレードマークの歌手。
都はるみ『大阪しぐれ』北京語版1…林淑容「夜雨」
『大阪しぐれ』は都はるみが1980年に出した歌ですが、日本以上に演歌ファンが多い台湾ではたちまち無数のカバーソングが出現。台湾語版が「夜雨思情(sm23362981)」「夢中人(sm23363126)」「盲人的心声(sm23367202)」「大阪之雨(sm23367265)」「飮酒消愁愁更愁」「異郷夜雨」に、北京語版が「夜雨(sm23367866)」「秋雨濛濛(sm23367959)」「秋色慕情(sm23367987)」「只要你心裡有我(sm23368011)」と、10種類確認しましたが、他にもまだあるかも。。。「夜雨」は81年に陳芬蘭が歌ったバージョンですが、林淑容はマレーシアのレコード会社から発売したようで、中森明菜の『少女A(sm23277350)』のカバーを歌った時と同じケース。
北島三郎『ジャンスカ節』 北京語版5…劉秋儀「漂亮的新娘」
北島三郎の『ジャンスカ節』は1963年の曲ですが、冒頭に♪土方ころすにゃ、はものはいらぬよ、雨の三日も降ればいい♪というセリフが入るので、今なら放送禁止?。台湾語カバーの「内山姑娘要出嫁(sm22769260)」は花嫁行列を追いかける男の歌で、台湾では伝統的な祭りに欠かせない民謡と化してすっかり定着してますが、マレーシアで出た北京語版「娶新娘(sm26029684とsm26030167)」「新春嫁個如意郎(sm27337255)」「漂亮的新娘(sm32305611)」は花嫁を迎えるメデタイ歌に。歌詞の内容は変われど、原曲にはない♪ヘイショ!ヘイショ!ヘイショ!♪という日本語のお囃子が入るのは、「内山姑娘要出嫁」以来のお約束。
JUNK『鵜戸参り』北京語版2…羅賓「無奈」
『鵜戸参り』は1975年にJUNKというバンドが歌った曲ですが、JUNKはほどなく解散してしまい、埋もれた曲に。ところが81年に香港で徐小鳳(ポーラ・チョイ)が広東語カバーの「無奈(sm23760380)」を歌ったところ、たちまち大ヒット。『鵜戸参り』のカバーと言うより、広東語版「無奈」の北京語版カバーがマレーシア(sm23761316)、シンガポール(sm23761397)、中国(sm23761431)で続々と出現することに。羅賓(ロビン)はマレーシアの歌手ですが、マレーシアの華人は広東系のほか、福建系、潮州系、客家系、海南系といろいろいるので、香港の広東語ヒット曲や台湾の台湾語演歌を、共通語の北京語でカバーするということがよくあります。
『真っ赤な夕陽が燃えている』北京語版1…王詩惠「愛人,快回来吧」
『真っ赤な夕陽が燃えている』はセメントミキサーズが1989年に『いかすバンド天国』に出場した時に歌った曲。セメントミキサーズは翌90年に、この曲も収録されたアルバムを1枚出したきりで解散してしまいましたが、91年に香港で李克勤(ハッケン・リー)が出した広東語版「護花使者(sm28507064)」が大ヒット。その後マレーシアで出た北京語カバーが「愛人,快回来吧」。マレーシアでは他に客家語カバーの「見人講鬼話(sm28507203)」や福建語カバーの「福建Rock & Roll(sm31159689)」も出てます。
