タグ ASEAN が登録されている動画 : 301 件中 193 - 224 件目
種類:
- タグ
- キーワード
対象:
山口百恵『ありがとうあなた』北京語版1…李采霞「赤的疑惑」
中華圏で一番有名な日本人と言えば、山口百恵。その主演ドラマ『赤い疑惑』は、香港では1983年に「赤的疑惑」のタイトルで放送され、中国では84年に「血疑」のタイトルで放送されて爆発的な人気を呼びました。香港では当時「香港の山口百恵」として売り出し中の梅艶芳(アニタ・ムイ)がドラマ主題歌の広東語カバー(sm22758400)を歌い、人気スターになりましたが、マレーシアではその北京語版のカバーが登場。ちなみに香港ではその後、「赤的疑惑」という言葉がすっかり定着してしまい、中国政府や共産党と親しい関係にあると疑われる人を、マスコミが「赤的疑惑!」と報道。選挙になれば対立する候補者や政党を「赤的疑惑(=中国政府の手先)」と非難するのがお決まりのパターンw
都はるみ『大阪しぐれ』北京語版2…黃清元「濛濛秋雨」
『大阪しぐれ』は都はるみが1980年に出した歌ですが、日本以上に演歌ファンが多い台湾ではたちまち無数のカバーソングが出現。台湾語版が「夜雨思情(sm23362981)」「夢中人(sm23363126)」「盲人的心声(sm23367202)」「大阪之雨(sm23367265)」「飮酒消愁愁更愁」「異郷夜雨」に、北京語版が「夜雨(sm23367866)」「秋雨濛濛(sm23367959)」「秋色慕情(sm23367987)」「只要你心裡有我(sm23368011)」と、10種類確認しましたが、他にもまだあるかも。。。
岸田智史『比叡おろし』北京語版2…康成「愛的夢」
岸田智史(現在は岸田敏志)の『比叡おろし』は1980年の曲ですが、香港でなぜかウケて、翌81年から82年にかけて「落雁(sm24067737)」「愛情味道(sm24068785)」「愛和夢(sm24068805)」と、3つのカバーが相次いで出現しました。一方で、北京語版は台湾で出た「悲劇(sm27379795)」やマレーシアで出た「愛的夢(sm27379823)」、中国で出た「愛与夢」「風雨送別」などがあります。
『真っ赤な夕陽が燃えている』福建語版…小萍萍「福建Rock & Roll」
『真っ赤な夕陽が燃えている』はセメントミキサーズが1989年に『いかすバンド天国』に出場した時に歌った曲。セメントミキサーズは翌90年に、この曲も収録されたアルバムを1枚出したきりで解散してしまいましたが、91年に香港で李克勤(ハッケン・リー)が出した広東語版「護花使者(sm28507064)」が大ヒット。その後マレーシアでは福建語版の「福建Rock & Roll(sm31159689)」や、客家語版の「見人講鬼話(sm28507203)」、北京語版の「愛人,快回来吧(sm28568071)」などが次々と出てます。92年に「福建Rock & Roll」を出した小萍萍は福建語と北京語で歌っていたマレーシアのちびっ子歌手で、現在は呉泓君と改名した模様。東南アジアの福建語は、台湾語とほぼ同じです。
フィリピン学校教科書シリーズ 数学教科書篇
omb66氏(引退)が過去に投稿した動画を、転載しています。
氏の動画をご覧になりたい方は、omb66タグをクリックすれば一覧が出ます。
『真っ赤な夕陽が燃えている』客家語版…張少林「見人講鬼話」
『真っ赤な夕陽が燃えている』はセメントミキサーズが1989年に『いかすバンド天国』に出場した時に歌った曲。セメントミキサーズは翌90年に、この曲も収録されたアルバムを1枚出したきりで解散してしまいましたが、91年に香港で李克勤(ハッケン・リー)が出した広東語版「護花使者(sm28507064)」が大ヒット。その後マレーシアで出た客家語カバーが「見人講鬼話」。タイトルを訳せば「相手を見てアヤシイ言葉を話す」で、外国人に会えば外国語をイロイロ話すけど、一番苦手なのが官話(公用語=マレー語)で、2番は客家語とマレー語のチャンポン。マレーシアで客家人はサバやサラワクに多く住んでいる模様。張少林は香港の広東語ソングを片っ端から客家語のコミックソングにしている人。
都はるみ『大阪しぐれ』北京語版5…龍飄飄「秋雨濛濛」
『大阪しぐれ』は都はるみが1980年に出した歌ですが、日本以上に演歌ファンが多い台湾ではたちまち無数のカバーソングが出現。台湾語版が「夜雨思情(sm23362981)」「夢中人(sm23363126)」「盲人的心声(sm23367202)」「大阪之雨(sm23367265)」「飮酒消愁愁更愁(sm27507478)」「異郷夜雨(sm27507457)」に、北京語版が「夜雨(sm23367866)」「濛濛秋雨(sm23367959)」「秋色慕情(sm23367987)」「只要你心裡有我(sm23368011)」「秋雨濛濛(sm27507531)」と、11種類確認しましたが、他にもまだあるかも。。。龍飄飄は台湾人ですが、マレーシアのレコード会社を拠点にもっぱら台湾語の演歌を共通語の北京語でカバーし直して活躍した人で、いわば東南アジアに演歌を広めた功労者。
山口百恵『走れ風と共に』北京語版…黄鶯鶯「衝激」
『走れ風と共に』は山口百恵と三浦友和の主演ドラマ『赤い衝撃』の挿入歌。黄鶯鶯は台湾出身で、シンガポールに拠点を移して黄鶯鶯(トレーシー・ホァン)の名で活躍した歌手。
藤島桓夫『俺らは東京へ来たけれど』北京語版3…林淑容[媽媽請妳多保重]
『俺らは東京へ来たけれど』は藤島桓夫が1957年に歌った曲。日本ではとっくに忘れ去られた曲ですが、台湾語カバーの「媽媽請你也保重(sm26024542)」は、台湾では誰もが知ってる大ヒット曲。で、その北京語版としてシンガポールで黒縁メガネがトレードマークの黃清元が歌ったのが「媽媽請你多保重(sm28528568)」。一方、マレーシアでは歌詞が少しだけ異なる「媽媽請你多保重(sm28835005)」と、歌詞が丸っきり違う「媽媽請你多保重(sm28835028)」、それに「媽媽請你也保重(sm26024629)」などの北京語版が出ています。
『こんなベッピン見たことない』北京語版3…荘学忠「忘也忘不了」
『こんなベッピン見たことない』は芸者歌手・神楽坂はん子が1953年に歌ったヒット曲。台湾では台湾語カバー「美姑娘仔」と北京語カバー「忘也忘不了」が出ました。「忘也忘不了」はいろんな歌手が歌いましたが、67年に陳淑樺が歌った「忘也忘不了(sm26985398)」と、鄧麗君(テレサ・テン)が70年に歌った「忘也忘不了(sm26985469)」は少し歌詞が異なります。マレーシアやシンガポールでは現在もカバーされ続けていて、歌詞は陳淑樺版とテレサ版のごちゃ混ぜ。ただし♪你丟下了我♪(あなたは私を捨てた)の部分が♪你抛棄了我♪になっていて、意味は同じでもわかり易い表現(?)になってます。荘学忠はマレーシアの歌手。
渡辺はま子『いとしあの星』北京語版1…黄清元「盲目的愛情」
『いとしあの星』は1939年の日本と満州国の合作映画『白蘭の歌』の主題歌。映画では李香蘭が歌ってましたが、翌40年にレコードを出したのは渡辺はま子。戦後、香港で「白蘭之恋(sm25462072)」、台湾で「星月知我心(sm26408371)」、シンガポールで「盲目的愛情(sm25461761)」「愛人(sm26408277)」などの北京語カバーが出現してます。「盲目的愛情」は1963年に張小鳳が歌った曲で、現在までシンガポールやマレーシアの歌手が何回もカバーを続けてる模様。
杏里『CAT'S EYE』北京語版2…黄泰倫「誘惑」
原曲は1983年のアニメ『キャッツ♥アイ』の主題歌。香港で出た広東語カバーは「甜蜜的禁果(sm22978960)」。
平尾昌章『星は何でも知っている』北京語版2…呉剛「星星之夜」
『星は何でも知っている』は1958年に平尾昌章が歌ったヒット曲で、台湾では北京語版の「星星知我心」と台湾語版の「星星知我心」が出現しました。台湾ではその後、北京語版はすたれて台湾語版が歌われてますが、シンガポールやマレーシアでは「星星之夜」というタイトルに変わって生き残り、現在もいろんな歌手が北京語版を歌い、新作のMVも出しています。北京語版の「星星知我心」と「星星之夜」は、歌詞は同じ。ちなみに中国語でシンガポールの略称は「星」。
『ツーレロ節』福建語版…邱清雲+江夢蕾「亜伯跳迪斯可」
『ツーレロ節』はドリフの歌が流行りましたが、昭和30年代には小林旭が歌い、さらに遡ると戦前に海軍の『シャンラン節』を、芸者歌手の美ち奴がレコード化してヒットしたもの。で、その『シャンラン節』は「台湾民謡」だそうですが、台湾では『ツーレロ節』は日本の歌ということになっていて、お互いにルーツをなすり付けている状態。『ツーレロ節』の台湾語版は小林旭のバージョンをカバーした軽快な「心心相愛(sm25183182)」がメジャーですが、もう1つのカバー「春宵舞伴(sm25184607)」はどのバージョンをもとにしたのか謎。さらにそれをマレーシアで現代風?にアレンジしたのが「亜伯跳迪斯可」。タイトルを訳せば「おっさんディスコで踊る」。邱清雲は客家語の歌で人気が出た「客家歌王」ですが、実は福建人。
八代亜紀『女心は港の灯』北京語版…岳雷「粉紅色的腰帶」
『女心は港の灯』は1981年の曲。台湾では台湾語カバーの「粉紅色的腰帶(sm27886889)」がテレビ人形劇の挿入歌となりヒットしましたが、シンガポールでは「北京語普及政策」の一環で台湾語や広東語などの方言ソングは放送禁止。そこで北京語でカバーし直した「粉紅色的腰帶」が出たという次第。
西城秀樹『傷だらけのローラ』北京語版5…康喬「噢!羅娜」
1970年代後半から80年代前半にかけて、中華圏で人気絶大だった西城秀樹。その代表曲と言えば♪ローラ♪ですが、カバー曲も北京語版はマレーシアで「羅拉Laura(sm24978638)」と「羅娜(sm25388535)」「噢!羅娜(sm30455736)」、中国でも「羅拉(sm25199553)」と「羅娜(sm25388504)」が出て、香港では広東語版の「羅娜(sm23104977)」が出ました。羅拉はローラですが、羅娜はローナになるはず?中国人は「ラ」と「ナ」の発音がごっちゃになるみたい…。1983年に「噢!羅娜」を歌った康喬は、70年代末から80年代にかけて活躍したマレーシアの歌手で、当時のあだ名は「舞台帯道者」、たぶんヒデキのような派手なステージで歌っていたんでしょう。現在では歌手を引退して花屋の社長とか。
上原敏+結城道子『裏町人生』広東語版3…鄭錦昌「夢裡人」
『裏町人生』は1937年のヒット曲。上原敏は後にニューギニアで戦死しています。
ザ・ピーナッツ『情熱の砂漠』広東語版09…郭炳堅+方琳「人細鬼大」
『情熱の砂漠』はザ・ピーナッツが1973年に歌った曲ですが、その年に欧陽菲菲が「熱情的沙漠」として北京語でカバー。台湾では♪ア~♪という声が「青少年に悪影響を与える」と、政府によって禁止歌曲に指定されてしまいましたが、香港や東南アジアで爆発的にヒットし、広東語のカバーも続々と作られました。マレーシアで出た「熱情的男女」は、デートに行きたいけど親に怒られそう…という少女を、男があれこれなだめすかしてこっそりデートに行くという内容。マレーシアで歌詞を北京語化した「熱情的男女(sm32661996)」が出たり、中国で歌詞を一部変えた「寡佬戯玉人(sm26251337)」が出たりしてます。
