タグ 中国語カバーソング が登録されている動画 : 6285 件中 1 - 32 件目
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【神居謡を中国語アレンジ】 戏言 【妖言君】
最初聴いた時余りの完成度の高さに笑ってしまいました。
原曲をここまで自分の物にしてもらうと作者としても嬉しいです。
曲名:戏言
詞:五子
歌:妖言君
台詞:高木原野
MIX:HITA
張善為 -鶴拳- (元歌:イーアルカンフー メインテーマ)
台湾の歌手、張善為の歌です。イーアルカンフーのあの曲がサンプリングされています。今度Wiiのバーチャルコンソールに登場すると聞いて、懐かしくなったので、アップしてみました。
月光 - 王心凌
imeem.comより転載。「亜麻色の髪の乙女」の中国語版。たぶん中華年記念音楽祭の映像かな?画質が微妙ですみません・・・その他の王心凌動画はこちら。mylist/379994/3619831
王心凌(シンディ・ワン)日本公演実現に向けての署名
http://www.shomei.tv/project-968.html
タイミング~時期~ 中国語版
ニコに無かったので、つべより輸入。日本語版と映像も結構違います。 Relax(ビビアンVer)→sm11081948
逆逆再生 はたらく くるま
ちゃんと歌わせてくれた人がいる!→sm42696966
iMovieだと限界があるからこういうの嬉しい
はたらくくるまシリーズマイリスト↓
mylist/75911323
大事MANブラザーズバンド『それが大事』北京語版…李克勤「紅日」
『それが大事』は1991年から翌年にかけての大ヒット曲。香港では92年に李克勤(ハッケン・リー)が広東語版の「紅日(sm24934160)」を出したところ、これも爆発的に大ヒット。そこで台湾や東南アジア市場を狙ってか、北京語版の「紅日」も出しましたが、なんだかカラオケで歌ってるみたいです。。。
檄!帝国華撃団-中国語版【小春六花】
無料アプデで中国語も歌えるようになってる六花ちゃん
元ネタ→bilibiliの歌ってみた動画
https://www.bilibili.com/s/video/BV1hs411o7kF
歌詞の参考データ
http://animesprache.blog.fc2.com/blog-entry-196.html
https://twitter.com/usagi_utan
全動画Part1集→mylist/68922673
玉置浩二が『ワインレッドの心』を広東語版で歌ってみた
安全地帯の『ワインレッドの心』は、香港で譚詠麟(アラン・タム)が「酒紅色的心」というタイトルの広東語カバー(sm23333260)や北京語カバー(sm23333326)を歌っていましたが、なぜか玉置浩二が譚詠麟と一緒に広東語でレコーディングしていた(??)。玉置さんの広東語はにわかに信じがたいほど発音がキレイです。譚詠麟が「日本で新しい友達と知り合いました」とか言っているので、どうやら日本でのレコーディング光景みたいです。この後、玉置浩二と友達になった譚詠麟は、勢い余って中森明菜の『サザンウインド』まで広東語カバー(sm23245808)してしまいますw
大事MANブラザーズバンド『それが大事』広東語版…李克勤「紅日」
『それが大事 』は1991年から92年にかけての大ヒット曲ですが、香港では92年に李克勤(ハッケン・リー)が広東語でカバーして、これも爆発的に大ヒット。勢い余って北京語版(sm24934730)も出しますが…。
『水戸黄門OP主題歌』広東語版…関正傑「侠骨無情剣」
水戸黄門の主題歌って『あゝ人生に涙あり』でしたっけ。その時々の助さん格さんが歌ってたと思いますが。。。香港では地上波テレビは1967年にやっと開局したので、まだドラマの自主製作能力が低かった70年代はやたらと日本のドラマを流していました。日本で高視聴率を誇った『水戸黄門』も78年から「俠骨無情劍」の名で放送していて、主題歌を歌ったのは關正傑(マイケル・クワン)。台詞はもちろん広東語吹き替えで、クライマックスで印籠かざしての決め台詞は、「跪低!快D跪低!響你哋面前呢位老人家、就係欽差大臣"黃德門"」だったとか。天下の副将軍じゃ香港人には意味不明なので、役職?は欽差大臣(清朝皇帝の全権委任大臣)となり、黄門様こと徳川光圀は「黃徳門」という中国人みたいな名前になりましたとさw
久保田早紀『異邦人』北京語版1…艾敬「異郷人」
1998年の曲。艾敬(アイ・ジン)は中国の瀋陽(昔の奉天)出身の歌手で、1992年に「我的1997」でデビュー。「香港が1997年に中国へ返還されたら、自由に香港へ行けるから楽しみ~♪」みたいな歌で、中国で大評判となり、香港で大ヒンシュクをかいました。ま、本人は96年にアメリカへ留学して、その後はニューヨークを中心に活動しているみたいですが。。。90年代にはしばしば日本でもテレビに出たり、コンサートを開いたりもしています。『異邦人』は80年に香港の徐小鳳(ポーラ・チョイ)が広東語(sm23132090)で、甄妮(ジェニー・ツェン)が北京語(sm32650201)でカバーしていますが、広東語ポップスは一般的に硬い文語調の歌詞なのに対して、北京語ポップスは話し言葉に近くわかり易い傾向にあります。
『新オバケのQ太郎OP』広東語版…張徳蘭(テレサ・チョン)「Q太郎」
香港のテレビでも広東語吹き替えで放映されていた『オバQ』は大人気でした。うまい具合に広東語では「Q」=キュート=カワイイと言う意味で、太郎(タイロン)は典型的な日本人の名前(実際にはほとんどいないけど…)としても知られていたので、Q太郎というネーミングが受けたのでしょう。OP曲は張德蘭(テレサ・チョン)が原曲を広東語で歌ってましたが、EDの絵描き歌は香港特製の別の曲で、Q太郎の絵もやたらと下手糞でした。O次郎が「バケラッタ」しかしゃべらないのは同じですが、声優がオヤジ声でこれも不気味…。普段は暗い歌(sm23602580)が多い張徳蘭も精一杯可愛い声で歌ってますが、ラストの♪レイガ~♪の声がSEXY!
松田聖子『赤いスイートピー』北京語版1…松田聖子「火紅色的香豌豆」
アイドル全盛期の1980年代は、日本のアイドルが香港や台湾、東南アジアでも人気を集めた黄金時代でもありました。そんな当時、ライバル明菜に中華圏での人気に大きく水を開けられてしまった聖子が、20年経って放った爆弾が、往年のヒット曲の本人歌唱による中国語カバー。歌詞の内容はオリジナルとほぼ同じですが、肝心な中国語の発音はというと、『夏の扉』のカバー(sm22922857)の方がもっと良かったとはいえ、かなりのレベル。それにしても、聖子は才女ですね!
荻野目洋子『ダンシング・ヒーロー』広東語版1…陳慧嫻「跳舞街」
1986年頃の映像です。陳慧嫻(プリシラ・チャン)は当時香港でカワイ子ちゃんアイドルとして人気絶頂で、日本語のシングルも出してたびたび日本のテレビ番組にも出演していました。MVのロケ地は、当時の香港で一番「ナウい場所」だった尖東(チムサーチョイ・イースト)の埋立地。「跳舞街」の大ヒットで気を良くしたプリシラは、88年に北京語版の「舞動的心(sm23601833)」も歌って台湾進出を図りますが。。。
中島みゆき『世情』北京語版…田希仁「此情此世」
『世情』は1978年の中島みゆきのアルバム曲ですが、台湾で北京語カバーが出たのは1990年になってから。歌ってる田希仁は香港人ですが、台湾の大学を卒業して台湾で歌手になり、星座占いの本などで作家としても活躍した人。
『8時だヨ!全員集合OP&ED』北京語版…「喜劇学院OP&ED」
中国の山東省のテレビ局で「喜劇学院」というコメディ番組をやってて人気だそうですが、オープニングもエンディングも聴いたことある曲が…w。「全員集合!」ならぬ「全体集合!」の掛け声で始まるOP曲の内容は、ほとんどオリジナルの直訳で、♪それからどうした♪は♪然后怎么样♪といった感じ。歌のコーナーはないくせに、♪歌声也很快楽(歌も楽しく)♪なんてバカ正直に訳してます。。。ついでに番組も観てみましたが、最後のNG集に少し映っているように、「教室コント」とか、志村けんとすわしんじがやってたようなコントとか。
中島みゆき『空と君のあいだに』北京語版1…「一個人的我依然会微笑」
『空と君のあいだに』は1994年のテレビドラマ『家なき子』の主題歌。中華圏では北京語版が「一個人的我依然会微笑(sm25291170)」「謝謝你愛過我(sm25291246)」「完美的女人(sm26523801)」、広東語版が「朋友心(sm26523669)」と、4種類のカバーが出ました。林佳儀(ミラ・リン)が95年に歌った「一個人的我依然会微笑」は、タイトルを訳せば「ひとりの私は依然として微笑むことができる」で、台湾で放送された『家なき子』の北京語吹き替え版「無家可歸的小孩」の主題歌に。同じ95年に香港人歌手の劉小慧(ウィニー・ラウ)がしっとりしたアレンジの北京語版「謝謝你愛過我」を歌ってましたが、聴き比べてみると北京語の発音は林佳儀が、歌は劉小慧の方が上?
テレサ・テン『時の流れに身をまかせ』北京語版1…鄧麗君「我只在乎你」
『時の流れに身をまかせ』は1986年にヒットした鄧麗君(テレサ・テン)の後期の代表曲で、翌87年には北京語カバーの「我只在乎你」をテレサ自身が歌ってリリース。中華圏でも代表曲の1つになってます。で、日本語と中国語の歌詞の内容はほとんど同じですが、中国語の方が1・5倍くらい内容が詰まっている感じ?他に台湾語版の「茫渺情(sm24618925)」、福建語版の「我心裡只有你(sm25219721)」、広東語版の「我只在乎你(sm24619475)」「譲我愉快的愛一次(sm25219760)」もあって、これらは他の歌手が歌ってます。
月光(亜麻色の髪の乙女)
もうシンディーに夢中 Honey sm2412377 Butterfly sm2412564 Love Meal (Dancing Version) sm2412771 Spirit of Love sm2412974 Honey (Dancing Version) sm2413213 Rainbow Smile sm2416158 Ai Ni sm2420668 That Summer's Tranquil Sea sm2436585
松田聖子『夏の扉』北京語版1…松田聖子「夏天的門外」
1980年代に中森明菜が片っ端から中国語カバーされたのに比べて、松田聖子はあまりカバーされませんでした。特に香港では明菜派一辺倒という状態。中国には昔から「愛想笑いしてる奴にロクな奴はいない」だか「誠実な者はヘラヘラ笑わない」だかいう格言があるようで、中華圏では一昔前まで店員も無愛想だったので、ブリッコ聖子よりもニコリともせずに歌う明菜に人気が集まった?ま、明菜=名菜=おいしい料理という名前がウケたのかも知れませんが。。。それから20年経って聖子が放ったのが、なんと本人歌唱による中国語カバー!聖子の北京語はかなりのレベルで、来日したての頃のアグネス・チャンの日本語の歌並みかも?『赤いスイートピー(sm22945091)』や『瑠璃色の地球(sm22990624)』のカバーもやりました。
宮里久美『背中ごしにセンチメンタル』広東語版…譚詠麟「愛情陷阱」
『背中ごしにセンチメンタル』はアニメ「メガゾーン23」の主題歌ですが、ほぼ同時にリリースされた広東語版を歌った譚詠麟(アラン・タム)は、80年代当時の香港で人気絶頂のスーパースター。「愛情陷阱」はその代表作として、香港のみならず東南アジアの中華圏でも大ヒット。当時、香港のテレビ番組で流されたMVは、愛の罠という意味のタイトル通りの内容ですが、スーパースター自らSMまがいのプレイ(?)を熱演してます。
『ズンドコ節』台湾語版…葉啓田「真快楽」
ズンドコ節って、小林旭やドリフターズ、氷川きよし等いろんな人が歌詞やアレンジを変えて歌ってましたが、元歌は戦争中の『海軍小唄』だそうで。で、台湾でも「宝島歌王」こと台湾語演歌の帝王にして、元殺人教唆犯かつ元国会議員の葉啓田先生が台湾語でカバーしていますが、たぶん小林旭のバージョンをもとにしているようです。香港ではドリフの『ズンドコ節』の北京語カバー「你去了哪裡(sm27971586)」が出てました。
杏里『CAT'S EYE』広東語版1…張国栄(レスリー・チェン)「甜蜜的禁果」
原曲は1983年のアニメ『キャッツ♥アイ』の主題歌で、レスリーが広東語でカバーしたのは85年。ちなみに『キャッツ♥アイ』のアニメ自体が香港で放送されたのは1990年のこと。香港では「猫之眼」のタイトルだったけど、台湾では「猫眼」、中国大陸では「猫眼三姐妹」だったとか。大陸のタイトルが中国語的に一番語呂が良さそうな気がします。。。
加山雄三『旅人よ』広東語版…許冠英(リッキー・ホイ)「流浪之歌」
日本でも映画『Mr.BOO』シリーズで有名になったホイ3兄弟。兄の許冠文(マイケル・ホイ)はコメディの巨匠、弟の許冠傑(サミュエル・ホイ)は広東語ポップス界の歌神なのに比べて、許冠英(リッキー・ホイ)はいまいちパッとしませんでしたが、コメディ映画の主役をやり、歌も出していました。『旅人よ』は加山雄三の1966年のB面曲ですが、リッキーがカバーしたのは五輪真弓の『恋人よ』が流行っていた頃の80年。そういえば私は90年代半ば、香港の某ホテルのトイレで小便をしていたら、隣にプレスリーみたいな恰好の人が来て小便を始め、誰かと思ったらリッキーだった!2011年に心臓麻痺で逝去。
近藤真彦『ギンギラギンにさりげなく』北京語版1…曹西平「一切有我」
日本のアイドルが香港や台湾、東南アジアを席巻した1980年代。香港では聖子ちゃんカットならぬMatchy頭(マッチカット)が流行していましたが、台湾では81年にMatchy頭の男性アイドル・曹西平がデビュー。ちゃんとバンダナもしてますw。映像はシンガポールでテレビ出演した時のもので、歌っているのは別の曲(「野性的青春」というデビュー曲)。しかし歌声を聴いてみると、マッチのようなハチャメチャさはなくて、なんかお行儀がいい。。。それもそのはずで、曹西平は5人兄弟(上から北平、東平、南平、西平、中平らしいw)で、父親と4人の兄や弟はみんな医師というエリート一家。育ちの良さが歌に出てしまったようで。
村下孝蔵『初恋』広東語版…林志美(サマンサ・ラム)「初恋」
日本がアイドル全盛期だった1980年代、香港でもいろんなアイドルが出現しました。80年代前半に活躍した林志美(サマンサ・ラム)もその1人でしたが、いまひとつパッとしないままでした。やはり香港のタレントは映画にも出ないとダメでしょう。村下孝蔵の『初恋』は1983年のヒット曲ですが、広東語カバーの「初恋」は84年に登場。
爆風スランプ『東京ラテン系セニョリータ』広東語版…「火熱動感 LaLaLa」
1992年。とあるレコード会社が香港でこれから売り出していこうと考えていた郭富城(アーロン・コック)、許志安(アンディ・ホイ)、鄭秀文(サミー・チェン)梁漢文(エドモンド・レォン)の4人を組ませて、やたらとノリがいいこの曲を歌わせたところ大ヒット。歌よりもむしろ4人が踊るMVが人気でしたが「やっぱりアーロンがカッコいい!」とダンスのレベルの差が目立ってしまいました。この曲のおかげで4人ともメジャーになりましたが、梁漢文は後にテレビで放送禁止用語を言ったとかで干されてしまうことに。20年以上経って許志安と鄭秀文が結婚するそうです。