キーワード 7/22 が含まれる動画 : 2750 件中 1 - 32 件目
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2026/07/22 21:30【かなた@ニコ生】【2026年ver】ぶるぶるしみしみおでん!シミ取りダウンタイム!
【2026年ver】ぶるぶるしみしみおでん!
シミ取りダウンタイム!
2026/7/22(水) 21:30開始(1時間13分)
https://live.nicovideo.jp/watch/lv351006671
#ニコ生 #かなた
【映像の左右反転】【ゆのんちゃん】「お買い物魔界^_^」 ②【2026/7/22】【第566回】
お買い物魔界^_^
2026/7/22(水) 18:36開始(1時間)
https://live.nicovideo.jp/watch/lv351013602
①sm46579502 ②sm46579524
※回数表示は不正確(自主的な番組削除あり?)
※本家タイムシフト非公開の動画は非公開にしています
※この動画は、N Airでキャプチャーしたタイムシフトをダウンロードして、アップロードしたものです。
【通常コメント版】【部分的に映像の左右反転】【ゆのんちゃん】「お買い物魔界^_^」【2026/7/22】【第566回】
お買い物魔界^_^
2026/7/22(水) 18:36開始(1時間)
https://live.nicovideo.jp/watch/lv351013602
①sm46579502 ②sm46579524
※回数表示は不正確(自主的な番組削除あり?)
※本家タイムシフト非公開の動画は非公開にしています
※この動画は、N Airでキャプチャーしたタイムシフトをダウンロードして、アップロードしたものです。
【映像の左右反転】【ゆのんちゃん】「お買い物魔界^_^」 ①【2026/7/22】【第566回】
お買い物魔界^_^
2026/7/22(水) 18:36開始(1時間)
https://live.nicovideo.jp/watch/lv351013602
①sm46579502 ②sm46579524
※回数表示は不正確(自主的な番組削除あり?)
※本家タイムシフト非公開の動画は非公開にしています
※この動画は、N Airでキャプチャーしたタイムシフトをダウンロードして、アップロードしたものです。
ケッコンカッコカリ 野崎改
1940/7/22 南海/野崎進水日
もうその存在で周りがキラキラになる
ただの映像記録です
mylist/67550819
ケッコンカッコカリ 南海
1940/7/22 南海/野崎進水日
もうその存在で周りがキラキラになる
ただの映像記録です
mylist/67550819
ケッコンカッコカリ 伊201
1944/7/22 伊201進水日
居住性? 実際確かめてみましょうね~
ただの映像記録です
mylist/67550819
右に左に回せ回せ のののパズルちゃいリアン 実況プレイ part5
ギリギリ世界一周
《前回》→sm46555813│Part1→sm46553970│《次回》→sm46573064(7/22 20:00公開予定)
《前作・ちっちゃいエイリアン》→sm46494138
《同時進行中・オクトパストラベラー0》→sm46041675
《ちっちゃいエイリアン マイリス》→mylist/79477901
《part1シリーズマイリス》→mylist/44570619
《YouTube》→https://x.gd/IO0rn
《X(Twitter)》→http://twitter.com/gattsunnn
【7/22占い】ずんだもんのショートタロット占い【1日1枚タロット】【2026年版】
毎日更新。タロットの大アルカナカード22枚を使い1分で1日の運勢を占います。
1.月曜日から日曜日まで1日1枚、計7枚のカードを引きます。
2.引いたカードと上下の向きを見て、一週間の運勢の流れを読みます。
3.一週間の流れも意識しつつ、1日ごとの運勢を占っていきます。
その他のタロット関連動画は↓こちら↓
【今週の3分タロット占い】ずんスピード! めっためたタロット占い!(series/525365)
タロット超入門(sm41801136)←タロットのことを知らない人もどうぞ。
タロット大アルカナ解説動画シリーズ(series/389544)
【新年の運勢】2026新春おみくじタロット占い【中国うさぎ】(sm45785940)
※ ショートタロット占い結果をカード別に見たい場合
【PC版・スマホブラウザ版】
https://www.nicovideo.jp/user/126491910/mylist/
→見たいカードのリストを選択
【ニコニコアプリ版】
user/126491910
→「公開マイリスト」から見たいカードのリストを選択
◆BGM:Dancing on the road:Ys PEMIUM MUSICBOX in FELGHANA (Ys-THE OATH IN FELGHANA PRE ARRANGE VERSION) Copyright© Nihon Falcom Corporation
◆東北ずん子・ずんだもんプロジェクトHP:https://zunko.jp/
【7/22占い】ずんだもんのショートタロット占い【1日1枚タロット】【2026年版】
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過去の指輪の物語 オクトパストラベラー0 実況プレイ part132
また知らない言語だ
※ネタバレあり
《前回》→sm46556860│Part1→sm46041675│《次回》→sm46556903(7/22 19:00公開予定)
《同時進行中・のののパズルちゃいリアン》→sm46553970
《オクトラ0 マイリス》→mylist/79274744
《オクトラ2 マイリス》→mylist/74695531
《オクトラ 大陸の覇者 マイリス》→mylist/69877079
《オクトラ マイリス》→mylist/69238375
《part1シリーズマイリス》→mylist/44570619
《YouTube》→https://x.gd/IO0rn
《X(Twitter)》→http://twitter.com/gattsunnn
© SQUARE ENIX
変態ディストピア青年アキチュウ mp5
次回→sm46576707
前回→sm46561237
mp6→7/22 18:00
mp7→7/23 18:00
mp8【終】→7/24 18:00
献文禅位! 明帝は暴虐【夕刊シチ 7月21日号 470年12月】
【470年12月】
資治通鑑原文4210文字(91/365位)
【登場人物】
・メインキャスト
7/1-蕭道成-8/1
7/5-馮太后-8/10
7/17-拓跋宏-8/19
・準メインキャスト
6/27-劉彧-7/22
7/16-蕭賾-8/14
【できごと】
初っ端が明帝の大粛清祭です。自身の弟たちを、次々と殺して回ります。しかもさも不慮の事故で死んでしまったかのごとく糊塗してきます、まあ臣下からは「お前が殺してんじゃん」とバレバレであったそうですが。ここまで皇帝が兄弟を殺さないと安心できないとか、もはやこの国の皇帝になることなんて、皇帝自身にとっても罰ゲームであったとしか思えません。まあ臣下にとってはそれ以上のとばっちりですが。この振る舞いを受けて司馬光さんは沈約および裴子野の史論をそれぞれ長々と引きます。とはいえ言っていることは「弟殺しとか自分で国の寿命縮めてんじゃん」程度のもの。個人的には「なぜそこまで弟たちを殺し続けるようなシステムが確立してしまったのか」を掘ってほしいのですが、それを検証するには文帝孝武帝時代の記録が欠けすぎています。
また、明帝は自身の寿命を悟ったか、後継体制を整え始めます。ここで名が挙がったのは蔡興宗、褚淵、袁粲、そして蕭道成。ここで蕭道成は外鎮から中央に召喚を受けたのですが、「これに応じれば殺さるだけではありませんか?」と恐れる配下に「情勢を見極めろ、ここで行かねば却って殺される」と返し、建康入りしています。ちなみに何名かの臣下はこのあたりの忠誠度テストに失敗して誅殺されています。
風雲急を告げている感じの宋ですが、北魏でもとんでもない事件が起こっています。拓跋宏、すなわち孝文帝の即位です。と言って献文帝が崩じたわけではありません。禅位をなしたのです。一応ここの動きに合わせて献文帝が老荘に耽溺したため隠棲志向になったであるとか、そもそも病弱であったという話も載りはするのですが、それにしたって献文帝18歳、孝文帝4歳。ちょっと意味がわかりません。ここではじめ叔父の拓跋子推に帝位を譲ろうとしているので、単純に帝位を退きたかった、というのも一つはあるのでしょう。ただじつは直前に「献文帝が馮太后の愛人を誅殺した」という事件が紛れています。どのタイミングで行き違っかたはさておき、両名の懸隔はただならぬものであり、それもまた献文帝に譲位を決断させる動機だった、のかもしれません。なお臣下らはみな、譲位そのものには反対しませんでした。これもまた、なかなかに闇が深い。
夜鷹(米津玄師)【琴葉葵】【歌うボイスロイド】
新作ということで居ても立っても居られず早速作りました。
お借りした動画→
https://youtu.be/qZ3za9ax63w?si=Gsr8VBy9ZdFRqb80
7/22追記 タイトル、タグを修正しました。コメントありがとうございました。
+無知なゆっくりがelonaを実況プレイ+^1532(^2350)
YouTubeに6周年記念動画を投稿してますd( 'ω')b →(無知なゆっくりがelonaを実況プレイ^1~51) https://youtu.be/oO6D-xhOPKE
Elin発売記念!d( 'ω')b →(無知なゆっくりがelonaを実況プレイ^52~103) https://youtu.be/sDJys3vww6U
無知緩りElona+3周年記念→(無知なゆっくりがelonaを実況プレイ^104~151)
https://youtu.be/Vm0JhwnF0WE
無知緩りElona^2000本記念→(無知なゆっくりがelonaを実況プレイ^152~^200)
https://youtu.be/_oPMeZsFsXw
①ゲームを楽しむ
②wikiを見ない
③編集を頑張る
④情報源は友人のみ
⑤『かつて無知と呼ばれた伝説』と称される
ー以上
追加:収録の度に友人からヒントを貰う。
無印part1→sm33728305 ★part1→sm38482798 +part1→sm40169647
前→sm46547534 次→sm46547595(7/22)
マイリスト(無知ゆっくりElona)→mylist/63105073
マイリスト(★無知緩りElona)→mylist/70762929
マイリスト(無知緩りElona+)→mylist/72820877
マイリスト(無知緩りElona+^2)→mylist/75468719
マイリスト(無知緩りElona+^3)→mylist/77378749
マイリスト(無知緩りElona+^4)→mylist/79454977
広告ありがとうございますd( 'ω')b コメントは友人を介してネタバレにならないものを伝えて貰ってます。
すっぴんのYoutubeチャンネル → https://www.youtube.com/channel/UC2iV2foqM0rwLSvCxK2IxhA/
芸術家って大変だね…|ぽこ あ ポケモン #19
メインストは進まない回だと思って油断してたよ。
前回(last time)→sm46554014
次回(next time)→7/22目安!
『ぽこあポケモン』再生リスト(playlist)→https://www.nicovideo.jp/series/566003
Switch2ソフト『ぽこ あ ポケモン』の実況動画です。
ゲーム内容のネタバレを含みます。
©2026 Pokémon. ©1995-2026 Nintendo/Creatures Inc./GAME FREAK inc.
©2026 KOEI TECMO GAMES
ポケットモンスター・ポケモン・Pokémonは任天堂・クリーチャーズ・ゲームフリークの商標です。
---・M・---・M・---・M・---・M・---・M・---
素材利用
OKUMONO https://sozaino.site
DOVA-SYNDROME https://dova-s.jp/
効果音ラボ https://soundeffect-lab.info/
OtoLogic https://otologic.jp
使用BGM(作曲者敬称略)
ゆったり、まったり(Sakuttipanda)
https://dova-s.jp/bgm/detail/23313
変態ディストピア青年アキチュウ mp4
終わらせましょうこのシリーズ。
次回→sm46561238
前回→sm46335090
mp5→7/21 18:00
mp6→7/22 18:00
mp7→7/23 18:00
mp8【終】→7/24 18:00
柔然再始動! 応じる北魏【夕刊シチ 7月20日号 470年01月】
【470年01月】
資治通鑑原文1638文字(255/365位)
【登場人物】
・メインキャスト
7/1-蕭道成-8/1
7/5-馮太后-8/10
7/17-拓跋宏-8/19
・準メインキャスト
6/27-劉彧-7/22
7/16-蕭賾-8/14
【できごと】
西方戦線の話が載ります。吐谷渾を攻め、押し込み、吐谷渾拾寅が使者を発して貢納品を収めようとしたら、その使者を収監。北魏の態度が強硬と言うよりも、東方線戦の大成果を前に西方陣営に焦りが出た、と見るほうが正確そうです。この頃の仇池の話、宋書魏書を紐解けば拾えるんでしょうかね。なんだかんだで北魏にとってどでかい楔になっていそうです。
宋では、先日ちらりと名前を挙げた袁粲が尚書右僕射となりました。ようは宰相です。ちなみに荀彧の末子、荀粲リスペクトのあまり改名したというエピソードは拾っておくべきでしょう。名の文字を重ねる、は、字を犯す以外に敬仰を示すニュアンスも出る、と確認できますので。もちろん、これは同時代人相手にはできないでしょうけれど。
一方で、このひとの名も挙がります。蕭道成。任地にあって「天子の相あり」と評されたがために明帝より疑われ、中央に召喚されかけています。後に皇帝となったという結果から史書記述が構築されている以上あまりうっかり拾い切るわけにもいきませんが、この段階で隠然たる力を持ちつつあったことまでは拾って良さそうです。
北では、しばらくおとなしかった柔然が再び動き始めます。献文帝はこの動きに対し、親征にて対応。柔然を大破します。更に帰還すると、北魏がこれまで抱えていた俸禄問題に手を付けます。とは言っても献文帝自身は臣下を厳しく締め付ける方向で対応を考えていたのですが、臣下からの諌めもあり、この対応を取りやめた、というのがその内容です。ここで諌めの言葉を投げかけた張白澤の言葉が重要だと思ったので取り上げておきましょう。「昔、周の下士でさえ耕作代行の禄がありました」。つまり俸禄とは、あくまで国事に身体を取られて農事に従事できない、そのぶんの補償であった、というわけです。もちろんそんな名目はほかならぬ周の時点で吹っ飛んでいたことでしょうけれど、このカビ臭い名目論を敢えて持ち込まなければならないレベルで北魏における俸禄が問題外と認識されていたらしい、とは拾えそうです。 また青州戦線の主将であった慕容白曜が乙渾に味方していた、という理由から誅殺されました。これ、逆に言えば乙渾がそれだけ凄まじい実権を握っていた、となりそうですね。ともあれ、献文帝の権力が徐々に高まりつつあるのを感じます。対する馮太后は、いったいどのように動くのでしょうか。
明帝針の筵! 北も宮城も【夕刊シチ 7月19日号 469年01月】
資治通鑑原文1117文字(305/365位)
【登場人物】
・メインキャスト
7/1-蕭道成-8/1
7/5-馮太后-8/10
7/17-拓跋宏-8/19
・準メインキャスト
6/27-劉彧-7/22
7/16-蕭賾-8/14
【できごと】
北魏に包囲されている東陽での攻防が続いています。この城の守将は沈文秀。しかし宋の軍事史を語ろうとすると呉興沈氏祭になっていますね。誰が誰やらで混乱しそうです。ひとまずここにいる沈文秀は相当の求心力を持った将であったようで、三年間の防衛戦で装備が痛んだりシラミがわいたりしても、それでも兵らが戦意を阻喪することがなかった、と紹介されます。とは言え、ついに陥落。この時沈文秀はとらえられ、慕容白曜のもとへとひっ立てられると、特に頭を下げようともしません。その理由は「我らともにそれぞれの国の臣であろう」とのこと。その意気に感嘆した慕容白曜は礼遇の上平城に送致しました。平城では献文帝が「北魏を煩わせたこと」を糾弾しますが、やはりここでも動じません。ついには臣下として抱えるに至ります。宋は青州・冀州の地とともに、この名将をも喪失してしまった、というわけです。なおこの戦いのあと、ようやく宋は北魏との国交を正式に開始したそうです。ただし宋書の書き方は「遣使献方物」と、まるで属国からの献上扱いです。そういうとこだぞまじで。
北魏による南方侵攻も、ここでひと段落です。その作戦を主導した慕容白曜の爵位は王に進められました。その統治は非常に優れたものであり、新たに獲得した国土の民を大いに安んじたそうです。また献文帝はこの兵役のひと段落をきっかけに、租税を見直し、その徴収を緩めました。ここまでに飢饉や干ばつも頻繁に発生していたということですので、新たな国土の獲得はこうした災害で困窮した民の食い扶持を稼ぐ、という意味合いもあったのかもしれません。あわせて沙門統の曇曜が仏寺における貯蓄を状況に応じて民に分配したり、重罪を犯した官吏などを寺院での小間使いとして用いたい、と上奏し、承認されています。この内容からするに、北魏は宋よりもやや寺院と朝廷の距離が近かったのかもしれません。そして、拓跋宏が太子に立てられます。なお資治通鑑には載っていませんが、当たり前のように拓跋宏の生母である李氏は子貴母死の慣例に基づき殺されています。殺す人が違う気もしますが、まぁまぁまぁ。
さて、宋では明帝の兄、劉禕が謀反を企んでいます。このひとは文帝諸子の中で最も凡庸と評されており、ともなれば劉義宣のごとくおだてられ担がれた、と見なすのが良いのでしょう。目論見はすぐに露見、劉禕も降格ののち追放、そして自殺させられます。
【実況】けものティータイム DAY13【たんざく】
心を開くのは難しいよね
●前回→sm46540288
●次回→7/22(水)予定
●次回実況『仕事終わりにあの店で-ジェーウェ編-』→sm46565958
けものティータイム 実況 シリーズ
▷series/561912
けものティータイム ©FURYU Corporation.
▷https://store.steampowered.com/app/2698470/_/
北魏南進! 宋は混沌【夕刊シチ 7月18日号 468年02月】
通鑑902文字(321/365位)
【登場人物】
・メイン
7/1-蕭道成-8/1
7/5-馮太后-8/10
7/17-拓跋宏-8/19
・準メイン
6/27-劉彧-7/22
7/16-蕭賾-8/14
【できごと】
北魏の浸透軍略が進みます。この年には東陽にまで侵攻したそうです。山東半島の根本、泰山の北東。青州の奥地と呼んで差し支えありません。宋は海路づてでの支援を送ろうとしましたが、間に合いません。各地で宋の領域が削減されますが、許昌だけは撃退に成功しています。許昌を抜かれると襄陽に向かうルートも生まれてしまうので、宋も必死だったのでしょう。
しかも悪いことに、交州、宋の南端でも乱が勃発します。当地では中央から派遣されていた官僚が殺されたりもしつつ、最終的には鎮圧。これで規模が拡大していたらどうなっていたか、と言う感じですね。
そして、この頃の中央人事についての紹介がなされます。もともと南朝といえば武帝が南渡貴族らによって即位したのですが、文帝、孝武帝、明帝と代がくだるに従い、徐々に名族とは絡まない人物がその枢要に立ち始めていました。中でも明帝は、自身を擁立した派閥がほぼそうした庶民とも呼びうる人物たちであり、しかも孝武帝の時代と同じように、こうした人物はみずからの権力を確保するためにも貨殖に励みます。こうしたところを見ていると名族たちは「もともと確かな生活基盤がある」からこそいわゆる賂にも強かった、と言えるのかもしれません。もちろん、どちらがいいか、とは簡単に言いきれる話でもありませんけれど。ただ当たり前ですが、こうした積み重ねで得る力は到底権威と呼べるものでもありません。ともなればこの時代、南渡貴族らは中央を見限り、自身の経営する地にて貨殖を進め、建康には申し訳程度の人材を送るようにしていた、のかもしれません。こうなってくると正史よりも地誌の方に有力な世族たちの名前が残ったのかもしれませんね。まあ地誌はのきなみ滅んでいますけど。とにもかくにも元嘉年間からこのあたりに至るまでつくづく実感するのは「まともにこの当時の状況を把握できる史料が存在していなさそう」です。隋の時代までは結構残っていたみたいなんですけど。
北魏については、淮北戦線のイケイケぶり以外だと中央の人事再編が細々と載る程度です。この中で見過ごせないのが、昌黎王の馮熙が太傅となった、と言うもの。馮熙は馮太后の兄に当たります。これはもう、かなり馮氏による権勢がどぎつくなってきた、ということができるでしょう。献文帝から見て、これはどのような状況だったのか、と思うと空恐ろしいですね。
孝文誕生! 次代への動き【夕刊シチ 7月17日号 467年03月】
【467年03月】
資治通鑑原文3395文字(126/365位)
【登場人物】
・メインキャスト
7/1-蕭道成-8/1
7/5-馮太后-8/10
拓跋宏-8/19
・準メインキャスト
6/27-劉彧-7/22
7/16-蕭賾-8/14
【できごと】
ここで北魏側の青州攻略軍について紹介しておきましょう。主将は慕容白曜。慕容皝の玄孫ということですから、これまで名前が出てきた慕容儁以下とは別口の子の子孫なのでしょう。その副官が、酈范。この人自身も活躍はしますが、どちらかと言えば子が弩級クソ野郎兼地誌の化け物たる酈道元であることで有名です。淮北を獲得したとは言え当然一枚岩であるはずがなく、両名は硬軟様々な手を織り交ぜて北魏統治の浸透を進めます。
ここで尉元というひとの上奏が淮北の地理を整理するのに便利なので紹介しておきましょう。特に重要なのが彭城で、ここの守りを固めておくことが肝要。ついで、その東にある下邳が南から彭城や青州に至る重要拠点である、としています。その他にも城は挙がるのですが、特に重要とされるのがこの二城、とのことです。淮水や長江の下流域は湿地帯が多く、行軍ルートがどうしても限定されざるを得ないのが伺われます。
宋としても、みすみす淮北を北魏のなすがままにさせられるはずもありません。明帝は沈攸之に彭城の奪還を命じます。ここで沈攸之は「不可能です!」と言いましたが、聞く耳を持ちません。沈攸之、やむなく出征します。またこのとき、蕭道成には淮陰、つまり淮水南岸エリアの守備が言い渡されます。ここで蕭道成のもとに豪傑が集い始めたと書かれます。それはそう。大きな国境線の変更に伴い、ひとの流動はかなり激しかったでしょうから、こうしたタイミングで求心力を持つ人物のもとに人が集まるのは自然なことなのでしょう。一方の沈攸之ですが、もとより無茶な派兵計画です。当然勝てるはずもなく、しかも沈攸之は重傷を負います。明帝は後悔し、沈攸之に帰還するよう命じました。
イケイケの北魏ですが、このとき宮中でも慶事があります。拓跋宏、すなわちのちの孝文帝の誕生です。このとき馮太后自ら拓跋宏を養育したことからこの両名が実は親子だったのではないか、と言う俗説ができましたが、まあここまでの流れから見れば献文帝の正統性を認めつつも献文帝と次の皇帝とを切り離したかった、と見るのが良いのでしょう。いやあ、これではなんのための子貴母死なのかよくわかりませんね! ともあれここで馮太后は献文帝に政務を返還しました。この動きが、将来の親子政争に繋がります。
自毀淮北【夕刊シチ 7月16日号 466年03月】
資治通鑑原文9247文字(11/365位)
【登場人物】
・メインキャスト
7/1-蕭道成-8/1
7/5-馮太后-8/10
・準メインキャスト
6/27-劉彧-7/22
蕭賾-8/14
【できごと】
建康の明帝のもとには、劉子勛側の勢力につく人々の家族も多くいました。明帝は彼らの罪を問わず、また指揮系統を殷孝祖という将のもとに一本化します。しかしながら、初戦でこの殷孝祖が戦死。ともなれば副将が主将に繰り上がるのが流れです。通常ここが紛糾するのですが、明帝軍に限っては江方興にスムーズに軍権が移譲されました。このため、次の戦いでは初戦の勝利におごっていた劉子勛軍を大破し、主導権を握り返します。
ここで始まり、終わる戦いですから、とっとと総覧してしまいましょう。明帝軍は江方興のもと、沈攸之という将が前線総督としてよく兵らを取りまとめ、秩序だった軍略を展開します。対する劉子勛軍にもまた劉胡という叩き上げの名将がいたのですが、すでに書いたとおりその上層部はろくな統率力をもっていません。つまり頼りにならない上層部を背負いながら統率の取れた敵軍に立ち向かわねばなりませんでした。局地戦にこそ勝利しますが徐々に戦局不利に追い込まれ、ついには戦場放棄。これがきっかけとなり劉子勛軍は大混乱に陥り、ついには劉子勛も捕らえられ、斬首。その首級が建康に送られると、各地の劉子勛派も次々に投降。そうした中で劉胡は酒を一杯かっ喰らったのち、自刃して果てました。その首級はやはり建康に送られています。ちなみにこの戦いの中で蕭道成、およびその嫡子である蕭賾が明帝派として戦っています。
こうして明帝は即位早々のピンチを乗り越えることができたのですが、これは危うい成功体験ともなってしまったようです。まず、建康で何をやったか。孝武帝の子らを皆殺しとしました。ここは残虐無比ですが、明帝のように兄の子らにもろもろ追い詰められたことを思えば、心情的に理解できなくもありません。しかし、問題は次です。劉子勛派の中には薛安都をはじめとした北方守備隊もいたのですが、明帝、彼らを許すのではなく威圧的な対応をとってしまいます。このため薛安都らは北魏側に寝返り、結果としてこれまで何とか跳ね返してきていた青州への北魏侵攻が、この年あっさりと成功してしまいます。
この結果を受け、資治通鑑は裴子野の史論を引きます。いわく「明帝は即位当初こそ誠実な姿勢によって人心を得て天下を平定したが、勝利後は驕慢となり、そのために本来保持できたはずの北方領土を失った」と。一般的には、この明帝の失策が宋を衰退させた、と評されます。もちろんその種まきは孝武帝だと思いますけれど。
【ワンス・アポン・ア・塊魂】友人を巻き込んでごろごろ実況プレイ #11
最近コンビニのおにぎり食べてないなぁ…
すべて巻き込む系の見落とした時の絶望よ
【X(旧twitter)】http://twitter.com/skpamin (うp告知や近況報告などはこちらでやっております。)
【メール】[email protected] (質問・お便りなどがあればこちらへ)
前→sm46526669 次→7/22(水)夜 マイリスト→mylist/79365325 実況まとめ→mylist/16248703
コミュ→co1721608
[エルデンリング] 攻撃禁止縛り 遺灰使い捨て part33
攻撃頻度が高すぎる
前:https://www.nicovideo.jp/watch/sm46531103
次:7/22 18:00→最終回との兼ね合いで7/25 18:00に延期します すみません
▼音声
VOICEVOX:雨晴はう https://voicevox.hiroshiba.jp/
G4-67:矢張政志を思い知らされる回/華麗なる逆転-その8【逆転裁判3】【女性ゲーム実況】
今までちょっとヤハリ君のこと勘違いしていたよ。
見方を改める必要がありそうです。
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次回の更新は7/22の予定です。
献文帝明帝 ダブル即位!【夕刊シチ 7月15日号 465年04月】
【465年04月】
資治通鑑原文11098文字(8/365位)
【登場人物】
・メインキャスト
7/1-蕭道成-8/1
7/5-馮太后-8/10
・準メインキャスト
6/27-劉彧-7/22
【できごと】
これまでほぼ記述のなかった北魏でいきなり文成帝が崩御。献文帝が立ちました。すると献文帝のもとで乙渾というよくわからないひとが実権を握り、文成帝時代の重臣を抹殺した直後、今度はその乙渾が馮太后によって誅殺されます。まるで経緯がわからないので妄想するしかありませんが、アンチ文成勢力が育ってきて爆発したけど乙渾というとかげの尻尾切りを経て献文を担ぐようになり、残された文成帝派は馮太后と高允が束ねるようになった、でいいんでしょうか。孝武帝のくだらないおいたを書いてる暇があったらこっちの情勢を残しとけってキレたい気分ですが、まあ無いものは無い。将来の史料発見を心待ちとしましょう。
では南朝です。資治通鑑南北朝期でも屈指のクソ長さなんですが、要は「前廃帝が廃されて明帝が立った」です。改めて包み隠さぬ気持ちをお伝え申し上げます、その長さいる?
では追っていきましょう。前廃帝は本当にむちゃくちゃで、自分の側近を殺したかと思えば、廃位を図った劉義恭・柳元景・顔師伯らを誅殺。このときに彼らと不和であった沈慶之が前廃帝に密告したため一網打尽となっています。で、直後に沈慶之も誅殺されます。このとき蔡興宗から「あなたが動かなくてどうするんですか!」と発破をかけられているのですが、「わしは忠に殉じる」とよくわからないことを言っています。享年80。とはいえここまできれいに「派手に晩節を汚した」という物語が成立しており、更にはこの頃すでに宋書編者の沈約が現役世代であったことを思うと、なかなかにこの経緯も生ぬるい目で見ざるを得ません。同じ呉興沈氏でこそありますが、両家には微妙に距離を感じるのですよね。その距離感がこの沈慶之の末期に出ていたとしても不思議ではないのです。
こうした中、前廃帝は太っていた叔父の劉彧を「豚王」と呼び、裸に剥いて殺そうとまでします。こうした事態に初めに堪忍袋の緒が切れたのは前廃帝の側近たちでした。宴に託け、前廃帝を斬り殺します。その後に立てられたのが、豚もとい劉彧でした。明帝です。ただこのとき、前廃帝の弟である劉子勛こそが正統の皇帝である、として立てられ、南西の尋陽にて挙兵した勢力がありました。しかも、ほぼ劉子勛に輿望が集まるような状態でした。ただし内部統制はぐずぐずであったとも書かれます。というわけで、明帝はまずこの大勢力と対峙することになったのです。
孝武崩御! 子はさらに【夕刊シチ 7月14日号 464年05月】
【464年05月】
資治通鑑原文1236文字(289/365位)
【登場人物】
・メインキャスト
7/1-蕭道成-8/1
7/5-馮太后-8/10
・準メインキャスト
6/14-劉駿-7/14
6/27-劉彧-7/22
【できごと】
ようやく孝武帝が崩御しましたバンザイ。ようやくこれであのグダグダ紹介ぶりから解放されます。最期なのでもう少しだけ付き合っておきましょう。刺史や太守が任地から戻ってきたときにその財貨を収奪したり、あと常に酒を飲んで酔っ払い続けていたけれど、奏上を聞くときは威厳をしっかり取り繕っていたそうです。と言うわけで崩御。後事は劉義恭・柳元景・沈慶之・顔師伯・王玄謨に委ねました。沈慶之さん、全然引退できていなくて悲惨です。太子の劉子業が即位します。前廃帝です。と言うわけでここから前廃帝の悪行が始まるわけですが、正直「頼むから目新しい悪行でお願いします」という気分です。
まず、即位。いきなり服喪をしません。ここで即位の儀を執り行った蔡興宗が「家国の禍は、まさにここから始まろう」と言っています。孝武のアレは災いじゃなかったんだ。ともあれ前廃帝は孝武帝が治世中になした改革のいくつかを撤廃、文帝時代のものに戻しました。そうすると蔡興宗は「先帝のなさりようはアレであったが、それでも三年はそのありようを改めぬのが孝ではないのか?」と言い出しています。なんというか蔡興宗、前廃帝のやることなすこと全部ダメ出しマンだったんじゃないの、という気もしてなりません。
その後も蔡興宗の怒りは続きます。前廃帝の側近の権勢を嫌がった劉義恭や顔師伯は朝政を放棄、その政務をすべて前廃帝の側近に丸投げしていました。むしろ側近および前廃帝に阿り続けるありさま。孝武帝が在りし時にすら孝武帝から恐れられていた蔡興宗にしてみれば、当時の朝政はもはや底が抜けたようにしか感じなかったことでしょう。劉義恭らに「なぜあなた様がまともに政務をお取りにならないのです!」と叱責。こうして蔡興宗は前廃帝や劉義恭からも憎まれることとなり、ひとたびは外地に出されかけましたが、結局は建康に留め置かれました。
前廃帝ははじめから不孝フルスロットルです。母である王太后の病が篤くなったため前廃帝を呼んだところ「病人から鬼を移されてなるものか」と、前廃帝は拒否。王太后は死んでやる! と半狂乱の上、崩御しました。
いやー、前廃帝、初っ端から飛ばしていますね。なお北の話は柔然で郁久閭吐賀新が死亡して子の郁久閭予成が立った、くらい。何があったのか、もう少し詳しく教えてもらいたいところです。
田舎ジジイ! 孝武の呪詛【夕刊シチ 7月13日号 463年05月】
通鑑884文字(323/365位)
【登場人物】
・メイン
7/1-蕭道成-8/1
7/5-馮太后-8/10
・準メイン
6/14-劉駿-7/14
6/27-劉彧-7/22
【できごと】
孝武帝が見過ごせない詔勅を下します。「刺史・太守・県令が軍事行動を起こす際は、手詔を経て施行すること」。軍事行動は孝武帝の承認を得なければならない、というわけです。火急の件はその限りではないとされますが、これで孝武帝は、仮に火急であってもその正当性を認めなければ大逆と見なすことができるようになりました。
ここで、一人の人物が登場します。袁粲。宋書六十列伝の中で、たった六人にしか許されていない単巻単名の列伝を持つ人物です。もっとも六人の中で最も記述が薄いのですが。この人物は宋のその衰運、および滅亡を占う人物である、と言えます。その名前は時を追うごとに蕭道成のカウンター的存在として示されることになりますので、ぜひ拾っておいてください。
いよいよ次回に死亡する孝武帝ですので、もう少しだけそのおいたぶりにお付き合いください。今回紹介されるのは、二点です。
一点目。これまで臣下らに罵倒させ合っていた孝武帝でしたが、ここに来てご本人も手ひどく臣下を罵倒なさっていたと書かれます。またケツバット要員を抱えてだいたいの臣下にケツバットを見舞っていた、とも。その中で蔡興宗というひとだけは怖くてできなかったそうです。けっ、チキンが。
二点目。祖父の武帝すら罵っています。宋書武帝紀がエピソードのラストに持ってきた「武帝の暮らしぶりの慎ましさを目の当たりにして、田舎ジジイがうっかり皇帝になりやがって! と吐き捨てた」というエピソードを、孝武帝の最晩年に敢えてもってきています。なおその直後には「孝武帝の頭の良さや文学的才能は凄まじかった」とも書かれます。これは悪行への免責と言うよりも、「その罪がより重い」ことを主張したい感じなのでしょう。
……というか、孝武帝の来歴を思えば、自身が皇室に生まれたこと、そのものに対して恨みを抱いていそうです。なにせ、どうにかして穏当な逃げ道を探そうとしたところを沈慶之によって潰されていますしね。ともなれば、皇帝に「させられた」ことに対する恨みは、孝武帝にとっての重要な判断基軸なのでしょう。
武帝の即位を「過ち」と嘲ったことには、孝武帝の先祖に対する呪詛を見出すのが正着なのでしょう。もっとも、その呪詛によって痛い目にあう赤の他人からすれば、ふざけんな、以外の感想もなさそうだよな、と思えてならないのです。
ともあれ、次話、ついに孝武帝崩御。その息子、さらにすごいです。
おいたが続くぜ 孝武帝【夕刊シチ 7月12日号 462年06月】
通鑑932文字(319/365位)
【登場人物】
・メイン
7/1-蕭道成-8/1
7/5-馮太后-8/10
・準メイン
6/14-劉駿-7/14
6/27-劉彧-7/22
【できごと】
ここまで資治通鑑を追ってきて、はっきりと言えることがあります。司馬光さんにとって最悪の君主、間違いなく孝武帝です。もちろん五胡の、たとえば石虎あたりとかって様々な国の情勢とかも書かなきゃいけなかった以上しつこく書いている余裕もなかったりはしたんでしょうけど、それにしたって孝武帝に対するおいたの入念な紹介ぶりにはもうびっくりするしかありません。これ司馬光さんの仁宗・英宗・真宗あたりに対するなんらかの投影が入っていると考える以外にない気がします。とは言えこのあたりをあんまり語りすぎても仕方がないので、このあたりで。とりあえず少し孝武帝のおいたのこと紹介する文字数を減らせたのでよしとします。
さて孝武帝ですが、ここで過去に庾冰や桓玄が持ち出していた「僧侶にも皇帝に対して拝礼をさせるべきである」という提議を改めて持ち込んでいます。このあたり、もはや孝武帝にとって仏教とは「特殊な何か」ではなく、皇帝の統治のもとに組み込むべきなにかであるという認識になっているのを感じます。このあたりも明らかに武帝文帝とは認識が違います。この提議は採用され、施行されるのですが、のちの前廃帝の時代には元に戻されたとも書かれます。あるいは「孝武帝の先もあまり長くないので、ひとまず言うことを聞いたふりをする」としたのかもしれません。いや廃位しろや。また妃のひとり殷氏の死亡を悲しみ、南朝の妃の中で最も豪勢極まりない葬儀をあげ、従事する民をこき使った末多く死に追いやった、とも書かれます。
また後世に天文学の天才として知られることになる祖沖之が、ここで『元嘉暦』に誤りが多いため、新たな暦法を算出の上孝武帝に上奏しました。孝武帝はこの暦法に対して論難させようとしたが誰も論破が叶わなかったそうです。では、ならば施行、とは、しかしなりませんでした。引き延ばしの末孝武帝の死によってなし崩し的になかったことにされたのです。
さらに孝武帝の悪趣味がここでも紹介されます。孝武帝は宴会の場において臣下らにお互いを罵倒させ合い、それを見物しては楽しんでいたそうなのです。こうした「遊び」に迎合できなかった人物もいました。江智淵と言い、元凶によって文帝とともに殺された江湛のいとこに当たります。江智淵は孝武帝に同僚の罵倒を求められたとき「そのような戯れはすべきではありません!」と諫めました。すると孝武帝は江智淵を盛大に罵倒。やがて江智淵は憂悶の上死亡です。いやー、やってますねえ。
